テレビ討論会を見て、「トランプの集中力は40分が限界」という感想を持ったシムズ氏

10月19日(日本時間20日)、米大統領候補による最後のTV討論会が行なわれ、いよいよ11月8日の投開票を残すのみとなった。

共和党候補ドナルト・トランプと民主党候補ヒラリー・クリントンによる“史上最悪の大統領選”は、果たしてどんな結末を迎えるのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第51回は、大統領選を精力的に取材してきた米『フォーブス』誌ジャーナリスト、ジェームズ・シムズ氏に話を聞いた――。

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―10月は選挙戦のラストスパート。まず、4日に副大統領候補による討論会が行なわれました。

シムズ 共和党候補のマイク・ペンスと民主党候補のティム・ケインの討論会を見て思ったのは、「なぜ、このふたりが大統領候補じゃないんだ!?」ということです。ふたりは政治経験も豊富だし、確かな理念を持っていますから。

民主党のケインはトランプの様々な問題発言について厳しく追及しましたが、ペンスはトランプを擁護するのは得策ではないと判断したのか、追及をことごとく無視して共和党としての主張を述べ続けました。結果的にペンスのほうが論点が明確だったという印象です。彼は4年後、あるいは8年後、自分が共和党の有力な大統領候補になるということも視野に入れて臨んだのでしょう。

―その後、9日に大統領候補による第2回討論会が行なわれました。ヒラリーがトランプの「女性蔑視発言」を追及すれば、トランプはヒラリーの夫であるビルの大統領時代の不倫スキャンダルを蒸し返し、“史上最低の誹謗中傷合戦”と酷評されました。

シムズ これほど両候補が嫌われているのは前代未聞だし、今回の大統領選は普通の選挙ではないですよね。今のアメリカ社会は真っ二つに分断されてしまっている。それはもはや共和党支持/民主党支持かではなく、エスタブリッシュメント(既存の政治経済支配層)/非エスタブリッシュメントの対立構造の様相があるのです。

クリントンはエスタブリッシュメントの代表格で、打破すべき現状の象徴。一方のトランプは現状への不満の象徴として躍進しました。彼は政治家としては素人同然ですが、「プロの政治家ではない」ことがむしろ有利に働いていたのです。だから、様々な問題発言をしても、支持率に致命的な打撃を及ぼさなかった。

しかし、3回の討論会を終えた今、明暗は分かれたと言えるでしょう。一連の討論会を見て思ったのですが、トランプの集中力は1時間半続かないんですよね。40分くらいが限界なんじゃないでしょうか。子供の前にお菓子をひとつ置いて「5分待ったら2個あげる」と言っても、我慢できずに食べてしまう。トランプはそれと同じで、我慢できない。

19日の第3回討論会でも、序盤は政策を戦わせていましたが、クリントンの発言を遮(さえぎ)って、「なんてイヤな女だ」と言い放ち、ネットで大炎上しました。討論会を終えて、票はかなり固定されたと思います。トランプは元々の支持層の他に浮動層及び共和党中道派の票が必要でしたが、それを得ることはもうムリでしょう。

安倍政権がなぜTPPを優先するのかも疑問

―ということは、すでに勝負は決しましたか?

シムズ 第2回討論会後にロイターが実施した最新の世論調査によれば、クリントン支持が43%、トランプ支持が39%です。4%の差は誤差の範囲とも言えますし、未だ拮抗しているようにも見えますが、大半の州では1%でも多いほうが勝者を決める選挙人の総取りになるので、トランプの劣勢は間違いない。

ここにきてトランプは「この選挙では不正が行なわれている」と主張しています。すでに多くの州で始まっている期日前投票を含め、11月8日の投票日に向けて不正がはびこっていると。市民は投票するために有権者登録をするのですが、本来は登録できない人が登録しているなどとトランプは言っている。あるいは、民主党の候補は最初からクリントンありきで、バーニー・サンダースにはそもそもチャンスがなかったとも。国家レベルで不正が行なわれているというわけです。

1960年のニクソン対ケネディの時に、民主党が支配している州で不正疑惑がありましたが、以来、客観的に見ても選挙で不正はありません。さらにトランプは最後の討論会で、自分が負けた場合に選挙結果を受け入れるかどうか、明言を避けました。

大統領候補が選挙中にそんな行動をとるのは異例中の異例で、アメリカの選挙制度を、民主主義を否定する発言だと非難されています。トランプは投開票前から負けた時の言い訳の種を蒔(ま)いているとも言えますね。

―クリントンが勝ったとして、その後どうなりますか? 彼女にも様々な疑惑がありますが…。

シムズ 彼女も多くの重荷を抱えていて、過半数の人に信頼されていない。ウィキリークスからどんどんクリントン陣営のメールが漏洩(ろうえい)しています。クリントン財団はとんでもない独裁国家から献金を受け取っているとか。

夫のビルは財団を辞めると言っていますが、同じく幹部である娘のチェルシーは残るでしょう。財団は彼女が将来的に選挙に出る際の基盤になるわけですから。クリントンが大統領になったとして、共和党が両院、あるいは下院か上院を支配し続けた場合、厳しい追求は避けられないでしょう。

クリントンもそんな状況ですから、本来なら共和党は勝てたと思うんですよ、トランプ以外の候補だったら誰でも。先ほど「なぜペンスが大統領候補じゃなかったのか」と言いましたが、もっと自制できる候補だったら、完全に勝っていたと思いますよ。

―日本への影響はどうでしょうか?

シムズ 安倍政権は今国会でTPPの承認、関連法案の成立を目指していますが、クリントンもトランプも反対派だし、議会もこの政治情勢で承認するのは非常に難しい。大統領就任後にクリントンが翻意することはないと思いますから、安倍政権がなぜTPPを優先しているのか疑問ですね。

外交政策においては、オバマは「Don’t do stupid shit」(バカなことはするな)というスタンスでしたが、ネオコンに支持されるクリントンはオバマよりタカ派です。シリア内戦に参戦して泥沼化することが一番心配です。

日本の報道ではトランプの問題発言ばかりがクローズアップされていましたが、本当に目を向けるべきは格差、貧困、移民など社会に底流する諸問題です。私はそういった本質的な問題を今後も伝えていきたいと思います。

●ジェームズ・シムズ1992年に来日し、20年以上にわたり日本の政治・経済を取材している。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の東京特派員を務めた後、現在はフリーランスのジャーナリストとして『フォーブス』誌への寄稿をはじめ、様々なメディアで活動

(取材・文/田中茂朗)