国民皆保険の財政破綻は、日本の公的保険行政が原因だと指摘する古賀茂明氏

年間約40兆円にも及ぶ日本の医療費。国民皆保険の財政破綻が叫ばれて久しいが、『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏は、日本の公的保健行政こそが、その危機の最大の原因ではないかと問題提起する。

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抗がん剤の「オプジーボ」が注目されている。皮膚がんや肺がんに目覚ましい効き目がある一方で、患者1人当たり年間3500万円もの高額な薬代がかかるといわれていた。

しかし10月5日、政府は製薬団体に薬価の改定を提案。その結果、来年から最大25%を引き下げる方向で検討することが決まった。

日本の医薬費は年間約40兆円。公的保険の負担額も膨大だ。医療費削減は国民皆保険を維持するためにも不可欠なテーマである。そして、薬価が安くなれば、保険財政は節約され、患者の経済的負担も小さくなる。その意味で、国が製薬会社に薬価の引き下げを求めるのは当然のことだ。

ただ、今回の方針を手放しでは喜べない。そこには3つの疑問がある。ひとつ目は「オプジーボ」の価格引き下げを「緊急的な対応」として、あくまでも「前例とはしない」ことになった点だ。

薬価は2年に1度、改定される。前回は16年度で、次回は18年度に実施される予定だ。それが「オプジーボ」だけ来年(17年)に改定されることになったのは、この薬を使用する患者数が急増したからだ。

そもそも「オプジーボ」はメラノーマ(悪性黒色腫)の治療薬として開発された薬で、予想患者数は年間470人にすぎなかった。しかし、昨年末に肺がん治療薬としての使用も認められたことで、予想患者数が1万5千人に増えた。

薬価は開発費用や予測患者数を参考に算出される。「オプジーボ」が高額になったのは、患者数が少なく、薬価を高くしないと開発費用などを回収できないためだが、予想患者の大幅増によって価格の引き下げが可能になった。

製薬業界は自民党の有力スポンサー

このような背景を踏まえれば、確かに「オプジーボ」は“極端なケース”かもしれない。しかし、このように売り上げが大きく伸びる医薬品には「市場拡大再算定」と呼ばれる特別な値下げルールがある。

当初予想よりも大きく売り上げが伸びた場合、その程度によって25%から50%薬価を引き下げるのだ。それも2年に1回の改定の際に行なわれる決まりになっているが、日進月歩の医薬業界では、今回のような事態は今後も起きる。だから、緊急値下げは例外ではなく、随時行なうことにすべきなのだ。

ふたつ目の疑問は、予想患者数が30倍にもなるのになぜ値下げ幅が25%なのかと。これも、ルールの見直しが必要だ。

3つ目の疑問は、そもそも、なぜ薬価改定が2年に1回しか行なわれないのかということだ。薬価は年々下がるのが普通だ。私は、この一件をきっかけに、薬価改定は「2年に1回」というルールを廃止し、「毎年見直し」に変えるべきだと思う。

もともと国会でも薬価改定は1年ごとにすべきとの主張は根強かった。政府がこの改革に踏み切れなかったのは、来年早々にも予想される解散・総選挙を安倍政権が意識したせいだろう。製薬業界は自民党の有力スポンサーだ。それだけに総選挙を前に製薬業界の反発を恐れたのだ。

しかし、15年度の医療費は対前年比3.8%と、ますます増大している。日本の国民皆保険の財政破綻が叫ばれて久しいが、「オプジーボ」の価格引き下げを「緊急対応」でしか決められない日本の公的保険行政こそが、この危機の最大の原因ではないだろうか?

●古賀茂明(こが・しげあき)1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元幹部官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して2011年退官。著書『日本中枢の崩壊』(講談社)がベストセラーに。近著に『国家の暴走』(角川oneテーマ21)