中身のなかった提携会見。スズキの将来を案じた鈴木修会長がトヨタの豊田章男社長と提携の道筋だけでもつけたかった理由とは何か?

以前からウワサされていたトヨタスズキの業務提携が現実のものになった。

しかし、肝心の中身は一切ナシ! 「すべてが異例」と自動車ジャーナリストも話す今回の一件。両社は一体、何を胸に秘めつつ会見に臨んでいたのか? 自動車産業の勢力図を一変させる歴史的提携の内幕に迫る!

■一体、なんだ…? 不思議な提携会見

10月12日に開かれたトヨタとスズキによる「業務提携検討」の記者会見には、豊田章男社長と鈴木修会長が顔をそろえた。日本で1番目と2番目(?)に有名なカリスマ経営者が席を隣にしたのだ。

早い話が今回の提携は、「トヨタとその仲間たち」にスズキも加わるというものだ。

トヨタの傘下には、まず子会社のダイハツと日野がある。さらにトヨタは、いすゞや富士重工業(スバル)とも資本関係にあり、ハイブリッド供給や中南米生産などではマツダと業務提携を結んでいる。これでトヨタの仲間は(トヨタも含めて)合計7社にまで膨れ上がることになる。

国内主要自動車メーカーは、これらに日産と三菱、ホンダ、そして三菱ふそうやUDトラックスを加え全13社。今回の提携でその大半がトヨタの仲間になったことになる。

スズキはかつてGMと提携、その後VWと提携にこぎ着けるも、「イコールパートナー」というスズキの思いは通じることはなくドロ沼の末に破談

トヨタの完全子会社になり、気持ち新たにライバル・スズキと競おうとしていたダイハツ。心中穏やかではない!?

トヨタと資本関係にあるスバルと、資本関係はないがトヨタのハイブリッドシステムの供給を受けるマツダ。ここにスズキも加わることに

さて話は会見に戻って、章男社長と修会長という絵は見た目にも迫力満点だった。が、それとは裏腹に、肝心要(かんじんかなめ)の提携の中身は「これから話をしまーす!」ということだけ。そんな不思議な会見について、モータージャーナリストの国沢光宏(くにさわ・みつひろ)氏はこう語る。

「この提携は一体なんだ…?とは、自動車業界の人間も思っていることです。自動車メーカー同士の提携では、技術や商品、市場基盤など、互いに補完関係があるのが普通です。ところが、よりによってスズキはトヨタ傘下にあるダイハツ最大のライバル。まして、トヨタは8月にダイハツを完全子会社化して、『トヨタの弱点を今後はダイハツが補っていく』と発表したばかり。スズキが得意のインド市場にしても、スズキに対抗してダイハツが打って出るとしていたのです。

ほかにも会見で不思議なところはあって、この場に本来いるべきは新社長である鈴木俊宏さんでしょう」

この提携に対する各報道を見ても、「環境問題」や「自動運転」などのありがちなテーマを挙げつつ、最後は「~かもしれない」と結ぶ曖昧(あいまい)な論調のものが多い。ただ、自動車評論家の舘内端(たてうち・ただし)氏によれば、やはり提携のキモは「環境問題」だと言う。

「自動車産業の再編が必要になっているのです。なぜ今かというと、環境エネルギー問題により世界はクルマの“姿”を変えていかざるをえないからです。簡単に言うと、クルマを内燃機関から電気自動車(EV)にしなくてはいけないわけです。これは本当に切羽詰まった問題です」

とにかく「トヨタと組む」…そのキモは「環境問題」

人気小型車「アルトK10」などを販売し、インドで圧倒的なシェアを持つスズキ。いずれはスズキのクルマにトヨタのエンブレムが?

ダイハツも「アイラ」など、得意分野の小型車をアジアで販売。スズキ独壇場だったインド市場にも挑戦するはずだったが、どうなる?

■とにかく「トヨタと組む」

確かに、アメリカやヨーロッパなどでスタートした、自動車メーカーに一定以上のEV販売を義務づける規制は、今後より厳しいものになる。

「EVをきちんと開発するにはお金も時間もかかるし、優秀な人材も必要。小規模メーカーがいまさらEV技術を新開発するのは現実的に難しい。きちんと売れるEVをすぐに造れないメーカーは、2020年過ぎに経営が立ちゆかなくなると言っても過言ではありません。ブランド名は残っても、実質的にどこかの下請けになるしかないのです」(舘内氏)

確かに、スズキがEVを筆頭とする本格的な次世代車を開発しているという話は聞いたことがない。舘内氏も「おそらくスズキに即戦力のEV技術はない」と語る。

だが、提携相手であるトヨタにしても、自慢のハイブリッドや燃料電池車ではアドバンテージがあるが、純粋なEVには積極的ではないように見える。スズキにとって、今回の提携は本当にメリットがあるものなのか?

「トヨタは今の経営陣が“EV嫌い”ということもあって、自分で自分の首を絞めてしまっている状態です。ただ、そうはいっても内部ではバッテリーの開発をやっているでしょうし、資本提携しているスバルにもEV技術があります。経営の方向性さえ定まれば、EVを新たに開発し、生き残るだけの体力と技術は十分にあるでしょう」(舘内氏)

今回のトヨタに限らず、スズキはこれまでも大資本との提携を模索していた。かつては米ゼネラルモーターズ(GM)と資本関係にあったが、2008年に解消。翌09年には早くも独フォルクスワーゲン(VW)との資本提携を発表するも、VW側の強権的な姿勢に反発。訴訟に発展するドロ沼劇を経て、昨年やっと提携解消にこぎ着けた。

GMやVWに匹敵する巨大メーカーといえば、残るはトヨタくらいしかない。こうしたことから、スズキには焦りがあった…と考えられる。「このままEV時代になったとして、生き残る国内メーカーは巨大なトヨタと、EVに取り組んできた日産だけかもしれません。日産が、燃費不正問題で世間の信用を大きく失うも高いEV技術を持つ三菱と提携したのは見事でした。その動きを見て、スズキはさらに焦ったのかもしれません」(舘内氏)

スズキにとっては、とにかく「トヨタと組む」ということを世間に示し、既成事実化したかった。会見の中身がなかったのは、スズキのそうした事情と思惑があったと考えられないだろうか。

「今回の提携って結局のところ、スズキの修会長が燃費不正問題や自身の年齢(86歳)のこともあって、弱気になったんじゃないかと…。

スズキは、今後メーカーが生き残る上で重要となる環境や安全の面で自前の技術を持っていません。軽自動車市場もアタマ打ちで、イグニスやバレーノなど新しい小型車の売れ行きもいまひとつ。後継者問題にも不安がある。これらはすべて修会長自身のこれまでの経営方針によるものですが、スズキの将来をあらためて考えて、さみしくなったのかもしれません」(国沢氏)

「一匹狼」となったホンダの存在は?

スズキが今年、満を持して打ち出した新型小型車の「イグニス」

日本で売られる初のインド生産車「バレーノ」だったが、売れ行きはいずれもいまひとつ

■ゆる~い提携は章男社長のセンス?

では、トヨタ側にはどんな考えがあるのか?

「現時点ではスズキに資本を入れないトヨタですが、現在、それと似た関係であるマツダも含めて、いずれは傘下に収めるつもりでしょう。自動車産業というのは20世紀型資本主義の典型で、生き残るには拡大・成長を続けるしかない構造なんです。本来なら成長せずに持続できるビジネスモデルを見つけるべき時期ですが、どこも21世紀型の自動車メーカー像を見つけられていません」(舘内氏)

「トヨタの章男社長は仲間づくりにはウエルカムな性格で、修会長はトヨタの名誉会長である豊田章一郎さんとも親交が深い。トヨタ側とすれば、細かい損得勘定はひとまずおいて『いいよ、仲間になろう』という思いなのでは? つまり、実務を詰める前に、まずは修会長を安心させるために会見という形を取ったんじゃないでしょうか。

少なくともトヨタにとって、マイナスはない。なぜなら今後、スズキがダイハツに正面から噛(か)みついてくることはなくなるし、ダイハツも刺激を受けて“いいクルマ”を造ってくれればいいからです。『食うか食われるか』の欧米的な提携ではなく、いかにも日本的な提携ではないでしょうか。章男社長のセンスというかキャラクターによるところが大きいと思います」(国沢氏)

なるほど、最近のトヨタに見られる「ゆる~い提携」は、世界各社が巨大グループ化を競った20世紀末の再編バトルとはちょっと様相が違う。スバルやマツダの例を見れば、スズキがいきなり「トヨタ化」する心配も少ない。それにスズキが外資傘下になるくらいならトヨタと組んでくれたほうがいい…と思うのが大多数の日本人の気持ちだろう。

こうなると気になるのは、「一匹狼(おおかみ)」となってしまったホンダの存在だ。

「ホンダには次世代につながるEV技術が不足しています。ホンダは他社が買収するには大きすぎるし、今後は最も厳しい経営を強いられるかもしれません」(舘内氏)

「提携の輪が広がることで、逆に商品力や価格の競争が減ってしまうのは、一般ユーザーにとっていいことではありません。その意味ではホンダにはこれまで以上に独自の道を歩んでほしいですね。みんなで仲良くするのも日本人的なら、一匹狼を無条件に応援したくなるのも日本人ですから」(国沢氏)

今回のトヨタとスズキの提携会見は、専門家の間でも見立てが分かれる。ただ、その背景には激動の自動車産業における「生き残りへの不安」があるのは間違いない。その最終章ともいえる今の時代に、トヨタ創業家出身の章男社長のゆる~いお坊ちゃまキャラ(?)が、意外にも歴史を動かしそうでもある。さて、自動車産業の明日はどっちだ!?

(取材・文/佐野弘宗)

他社と手を組まず独立独歩を貫くホンダだが、再編の波に乗ることなく生き残れるのか心配する声も。頼みの綱はGMくらい?