優れた作詞家はたくさんいるが、ディランには唯一無二のスゴさがあると語るピーター・バラカン氏

ダイナマイトを発明した人の賞なんてディランが受け取るわけがない――という一部のファンの“期待”を裏切り、ボブ・ディランは約2週間にわたる沈黙を破って、ノーベル文学賞受賞の喜びを表明した。

「アメリカの偉大な歌の伝統の中で新たな詩的表現を生み出した」というのが受賞理由だが、英語を話せない日本人にはイマイチわかりにくい。

そこで、『ロックの英詞を読む』などの著書を持ち、テレビやラジオで活躍するブロードキャスター、ピーター・バラカン氏に、ディランの「本当のスゴさ」を解説していただいた――。

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―受賞辞退も“期待”された今回の騒動を、バラカンさんはどう見ていましたか?

バラカン 2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹さんが先日、日本は自国の人のノーベル賞受賞について「騒ぎすぎ」と言っていました。オリンピックのメダルもそうですが、日本人は海外の権威に弱い部分がありますよね。

ディランがノーベル文学賞を受賞するのでは?という噂は2、3年前からありましたが、ノーベル賞は選考過程に透明性がありません。誰がどういう基準で選んでいるのかわからないので、個人的にはあまり興味がないんですよ。

しかし、ディランがソングライティングに革命を起こしたことは間違いない。僕が興味を持ったのは、ソングライティングが「文学」として認められたということです。これまで彼の詞が文学であると捉(とら)えていた人はあまりいないと思う。何が文学で、何がそうでないのか、定義することに果たして意義があるのかどうか、わからないけど(笑)。

―ディランはなぜ、約2週間も沈黙していたのだと思いますか?

バラカン おそらく対応に困っていたんじゃないでしょうか。誰だって権威ある賞に選ばれれば悪い気はしないはずだけど、ディランは騒がれるのが嫌いな人ですから。1960年代には、家の中にファンが侵入したり、ゴミ箱を漁(あさ)られたり、散々な目に遭ってきましたからね。基本的にディランという人は全然、社交的じゃないですし。

ディランは「タイト・コネクション」(85年)という曲のミュージックビデオを東京で撮影したことがあるんです。ポール・シュレイダーが監督して、倍賞美津子とかも出ている妙なビデオなんですけど。その時、僕は撮影現場を覗(のぞ)かせてもらったんですが、ディランはこっちの存在をまったく認めていないというか、完全無視で(笑)。ああ、この人は本当に極めて非社交的な人なんだなって思いました。

ライブでもひと言も話さないですからね。最後に客席を凝視するだけで会釈もしないで帰っていくことが多い。「サンキュー」とか言ったら、もうお客さんは大騒ぎですよ(笑)。

―そんな人だから、受賞後の騒動がイヤで黙っていたんでしょうか?

バラカン あくまで推測ですが、そうだと思います。60年代に、同世代の代弁者として祭り上げられたのが彼にとっては苦痛だったわけで、放っておいてほしいというのが本音だったんじゃないかな…たぶん。

―「ディランはダイナマイトを発明した人の賞なんか受け取らない」と言っていた人もいましたが。

バラカン 僕はディランを代弁することはできないけど、それは関係ないんじゃないかな。近年、彼は政治的な発言はしていないし、自分を説明することもない。新作を発表する時、歌詞カードを付けないんですよ。日本国内盤ではレコード会社が歌詞を手に入れて対訳を付けるんだけど。英語の歌詞は後から自身のホームページに載せますが、新曲を出したら、まずは音として捉えて聞いてほしいと、彼は明らかに思っている。

だから、ディラン本人も自分の歌詞が文学だとは思っていなかったでしょう。かつて「自分を詩人だと思っているか?」と問われて、「自分はソング&ダンスマンだ」と答えたこともありました。大衆芸能の伝統の上に自分は立っているという意識なんだと思います。

歴史上の名言のように、彼の言葉が引用される

―そんなアメリカの大衆音楽においてディランが成し遂げた革命とは、具体的になんでしょう?

バラカン ポピュラーミュージックでラブソング以外の題材を扱ったことでしょう。これをやったのはディランが初めてだったと思う。もちろん、ブルーズやフォーク、カントリーにはある程度そういうものはありましたけど。

「風に吹かれて」(63年)に代表されるプロテストソングが有名ですが、ディランがプロテストソングに傾倒していたのは、主に62年から63年までの1年くらいにすぎない。ユダヤ教からキリスト教に改宗して宗教的メッセージを色濃くした時代もありましたし、彼がDJ番組をやっていた時には、アメリカのルーツミュージックや、フランク・シナトラが歌うスタンダードなんかもよくかけていたんですよ。そのへんのソングライティングの技術もすごく研究していて、職人とも言えます。

歌詞についてい言えば、ディランは短いフレーズでガツンと印象を残すことが上手い。例えば、「イッツ・オールライト・マ」(65年)という曲に、「money doesn’t talk, it swears」という歌詞があります。「money talks(金がモノを言う)」という表現は元々ありますが、「金はモノを言うんじゃなくて、罵(ののし)るんだ」というわけです。すごく毒のあるひと言ですよね。

この歌の中には「he not busy being born is busy dying」という歌詞もある。「一生懸命生まれようとしていないヤツは一生懸命死のうとしている」というような意味で、要するに、生まれてきて勢いに乗って上り調子になるけど、その勢いがなくなったらもう終わりだと。難解な単語を用いずに、たった1行ですごくカッコよく表現するんです。

このように、ディランはキャッチコピーの天才とも言えます。僕は昔から座右の銘を問われると、「ライク・ア・ローリング・ストーン」(65年)の最後のほうに出てくる「When you got nothing, you got nothing to lose」を挙げています。「何も持っていないヤツは失うモノもない」――これは最高の言葉だと思う。最悪に落ち込んだ時、何も持ってない。でも失うモノもないから次のステップを踏める、冒険心を持つことが大事だと僕は解釈しているけど、ディランはそれをすごく俗っぽい言葉で見事に表現している。

もうひとつ、ディランのスゴイところは、歴史上の名言のように、いろんな場面で彼の言葉が引用されるということ。例えば、裁判官が判決文を読み上げる時にディランの歌詞を拝借することがあるそうです。ディランを聞いてきた世代にとっては、何かを表現したい時、ポイントをわかりやすく伝えるために彼の言葉が頭に浮かんでくることは確かにあります。

―そこまで言われると、ノーベル賞は相応(ふさわ)しい気もしてきます(笑)。そんな風に歌詞を引用されるミュージシャンって、他にいるんですか?

バラカン おそらくディラン以外にはいないんじゃないかな。もちろん優れた作詞家はたくさんいますが、どうだろうね。じゃあニール・ヤングにそういう言葉があるかっていえば、ディランのようにはないと思う。ジョン・レノンだったら若干あるかな…。

―裁判官のような教養人から一般の人まで、言葉が浸透しているっていうのは本当にスゴイですね。

バラカン ディランの表現は常に大衆芸能的というか、スラングってわけでもないけど、口語的な言い回しが多い。文学的な表現はあまりしないけど、だからこそノーベル賞となるとディラン以外には出てこないと思いますよ。

ディランはまだ元気にやっていますけど、もう75歳。デイヴィッド・ボウイやプリンスが若くして亡くなったように、人間はいつどうなるかわからないから、生きているうちに表彰するなら今だ…とスウェーデンアカデミーは判断したのかもしれませんね。まあ、これも全部推測に過ぎないけど(笑)。

●Peter Barakan(ピーター・バラカン)1951年ロンドン生まれ。74年に来日。ブロードキャスターとしてテレビ・ラジオを中心に活動。「ウィークエンドサンシャイン」(NHK-FM)、「Barakan Beat」(InterFM)などの司会を担当。著書に、『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社+α文庫)、『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)などがある

●『ロックの英詞を読む―世界を変える歌』(集英社インターナショナル 1500円+税)音楽には世界を変える力がある――ジョン・レノン、スティーヴィー・ワンダー、ビリー・ホリデイらの名曲に隠された真の意味とは? 反戦、人権問題、普遍の愛などについて書かれたメッセージ・ソングを独自に翻訳し、行間に隠されたメッセージに迫る

(取材・文/週プレNEWS編集部)