「アメリカ一辺倒、中国敵視の政策ではいずれ、日本の外交は行き詰まる」と指摘する古賀茂明氏

アメリカのトランプ次期大統領が、「大統領就任初日にTPPを離脱する」ことを表明した。

安倍首相は各国の先頭に立って説得していく構えだが、『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏は、「アメリカ一辺倒ではない、したたかな外交をすべき」と訴える。

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TPP離脱を宣言しているアメリカのトランプ次期大統領に、安倍政権がしきりに再考を促している。

TPPはアベノミクス成長戦略の目玉であり、その発効を前提に農業対策などの巨額予算が組まれている。その予算をばらまくことで、次の衆院選を有利に戦うというのが安倍政権の思惑だった。それらの予算の根拠がすべてなくなってしまうので、TPPは諦めましたと宣言できないのだろう。

しかし、懇願すればするほどトランプ氏から「安倍政権はオレに逆らえない」と、その足元を見透かされ、今後の様々な日米交渉で過大な譲歩を要求されかねない。ならば、ここはトランプ次期政権を逆に突き放すような外交も必要ではないか?

例えば、同じくTPP参加国のオーストラリアは「アメリカがTPPを承認しない場合、それによって生じた空白はRCEP(アールセップ)(東アジア地域包括的経済連携)によって埋められることになるだろう」(ビショップ外相)と牽制している。

RCEPは中国が締結を目指す経済連携構想で、16ヵ国(ASEAN10ヵ国+日中韓+オーストラリア、ニュージーランド、インド)が参加している。実現すれば人口34億人、GDP20兆ドルの巨大経済圏となるが、そこにアメリカの姿はなく、TPPによって締結の見通しは立っていなかった。

つまり、オーストラリアはアメリカと中国を天秤(てんびん)にかける姿勢をちらつかせ、トランプ次期政権から外交的妥協を引き出そうとしているのだ。

オーストラリアだけではない。多くのアジア諸国が同じ戦略を採用している。中国になびくと見せかけてはアメリカから支援を引き出し、アメリカ支持をちらつかせては中国の援助を手中にしているフィリピンのドゥテルテ大統領はその好例だろう。

TPP離脱宣言をチャンスととらえよ

なのに、安倍政権はアメリカ一辺倒で、中国に対しては敵意むき出しの姿勢を崩さない。TPPも中国封じ込め策として推進してきた。しかし、トランプ氏が大統領選に勝利したことで、潮目は変わった。日本も、したたかな外交をしないといけない。そのひとつは、オーストラリアと同じくRCEPへの参加をチラつかせることだ。

日本がRCEPに接近すれば、アメリカの不興を買うと心配する声もある。しかし、おそらくトランプ氏はマルチ交渉よりも2国間交渉を好む大統領だ。アメリカは大国だけに、交渉者を増やして利害関係を複雑にするより、“サシ”の交渉のほうが有利に「商談」をまとめられると、ビジネスマン特有の感覚で判断するだろう。

それだけに、16もの国が参加するRCEPへの関心は薄くなるはずだ。オバマ政権が安倍政権と組んで敵視していたAIIB(アジアインフラ投資銀行)などの中国主導の仕組みも、それを使って米国企業のビジネスチャンスが増えると見れば、日本をおいて加盟する可能性も十分にある。

2030年前後には中国のGDPがアメリカを抜き、世界一になるとの予測がある。各国は長期的な視点に立って、米中の間でいかに自国の利益を確保するかを模索しながら、戦略の転換を図っている。安倍政権のような近視眼的、アメリカ一辺倒、中国敵視の政策ではいずれ、日本の外交は行き詰まる。

トランプ氏のTPP離脱宣言をチャンスととらえ、日本は米中両睨(にら)みの天秤外交へとシフトすべきだ。RCEPはその第一歩となる。

●古賀茂明(こが・しげあき)1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元幹部官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して2011年退官。著書『日本中枢の崩壊』(講談社)がベストセラーに。近著に『国家の暴走』(角川oneテーマ21)