「追い風に見えるトランプノミクスは、長期的には日本経済の“落とし穴”になる」と警鐘を鳴らす古賀茂明氏

日本市場はまるで「トランプ祭り」とでもいうべき円安・株高が続いている。

だが、『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏は、この状況には“落とし穴”がいくつも潜んでいると懸念する。

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日本の株式市場が“トランプ相場”で盛り上がっている。

トランプ氏は「大統領就任後、大規模な公共事業と減税を行なう」と公約した。これを実施すればアメリカの財政赤字が拡大し、金利が上昇する。このため、今後の日米の金利差拡大が予測され、急激な円売りドル買いを呼び込んだのだ。

11月23日現在、為替相場は1ドル112円台の円安、日経平均は1万8千円台にまで上昇した。このまま円安が進めば、輸出関連企業などでは、史上最高益を計上するところも出てくるかもしれない。

こうした状況を見て、トランプ氏の大統領就任による経済効果「トランプノミクス」で日本経済は上向くのではないか、という声が聞こえる。だが、楽観はできない。ここには落とし穴がいくつも潜んでいる。

まずはTPP。トランプ氏は大統領就任初日(来年の1月20日)に、TPPから離脱するとあらためて宣言した。これまで日本はTPP発効に備え、対策を打ってきた。そのひとつが農業改革だ。TPPによって海外からやって来る安価な農産品に対抗すべく、政府や農協は農地の大区画化や農産品のブランド化など、日本の農業力をアップさせる改革を進めつつある。

しかし、TPPがなくなれば、政府も農家もほっとひと安心し、改革をサボったり、先延ばしにすることだろう。その先に待つのは日本農業の衰退である。

輸出関連企業も安泰ではない。今は収益拡大が期待できても、「トランプノミクス」によって円安が“長く続きすぎる”と、企業は危機感が薄れる。付加価値の高い商品やサービスを開発する努力を怠れば、日本の国際競争力は、さらに低下する。

「働き方改革」にも暗い影が

長すぎる円安は、安倍政権の成長戦略の目玉「働き方改革」にも暗い影を落とす。もともと「働き方改革」は人手不足への対応という面が強い。今後、企業が人を集めるためには、長時間労働を是正し、高い賃金を払っても儲かるビジネスモデルに転換しなければならない。ところが、円安になると何もしなくても輸出産業は潤い、全体的に“景気がよさそう”に見える。そうなれば、改革の機運は萎(しぼ)むことになるだろう。

環境規制に冷淡なトランプ氏の姿勢も日本にはマイナスだ。排ガス規制は企業の生産活動に有害だとして、トランプ氏はオバマ政権が行なった環境規制の撤廃やパリ協定(気候変動枠組み条約)からの脱退を主張している。

こうした政策が実現すれば、CO2を排出しないEV(電気自動車)の開発競争で米国や中国に後れを取っているトヨタなどの自動車メーカーや、石炭火力を輸出しようとして世界中の環境NGOから批判されている重工メーカーにとっては、逆風が弱まることになる。

しかし、それは一瞬。日本企業がエコカー開発や厳しい環境規制への手を緩めれば、世界の先進企業に追いつくチャンスを失う。私は日本の自動車メーカーの技術力は、EVでも世界トップになれるポテンシャルがあると思っているが、トランプ氏にその芽を摘まれるかもしれない。

このように、一見追い風に見えるトランプノミクスは、長期的には日本経済の“落とし穴”になると私は考えている。

●古賀茂明(こが・しげあき)1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元幹部官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して2011年退官。著書『日本中枢の崩壊』(講談社)がベストセラーに。近著に『国家の暴走』(角川oneテーマ21)