なぜか「レインメーカー」ポーズを決める川尻達也。RIZINに金の雨を降らすか?

“世界標準”の日本人総合格闘家が年末、RIZINのリングに立つ――。

かつて五味隆典や魔裟斗らトップファイターたちと数々の激闘を繰り広げ、米UFCでも活躍した“クラッシャー”川尻達也だ。再び日本のリングを選んだ38歳の男の覚悟を聞いた!

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「20年前の僕が聞いたら、たぶんビックリするでしょうね」

12月31日のRIZINで対峙するクロン・グレイシーのセコンドには、クロンの父であるヒクソンがつくだろうという話になった時、川尻達也はポツリと呟いた。

「クロンのコーナーにヒクソンがいるというだけで、僕は感動して試合に集中できないかもしれない(笑)」

20年前──1996年、川尻はプロレスが大好きな高校3年生だった。マッチョな現在の姿からは想像できないが、当時の体重は60㎏程度。その2年前には、日本で初めてマウントポジションやパウンドを披露してセンセーショナルな日本デビューを果たしたヒクソンを見て衝撃を受けていた。

「バーリトゥードって何?」

バーリトゥードとはポルトガル語で「なんでもあり」を指す。総合格闘技がMMAと呼ばれる前はこの名称が一般的だった。まだ世の中では総合格闘技とプロレスとの間に明確な線引きはされておらず、グレイシー柔術が神秘性を帯びていた時代だった。

翌年、大学生になった川尻は東京ドームで行なわれたヒクソンvs高田延彦をTVで観た。大好きだったプロレス団体「UWFインターナショナル」のエースだった高田が何もできずに負ける結末に鳥肌が立った。

1ヵ月後には同じ東京ドームで行なわれたK-1ワールドGPをライブで観た。最も印象に残っているのはトーナメント準決勝で組まれたアーネスト・ホーストvsフランシスコ・フィリォだったという。お互い手数が少ない視殺戦だったが、東京ドームの一番上の席で見ていた川尻のところまでその緊張感は伝わってきた。

「格闘技はものすごい力を持っている」

自分でも格闘技をやってみたいと思うのに時間はかからなかった。2000年にプロデビューした後、修斗世界ウェルター級王者となり、PRIDEやDREAMでも活躍。2014年からは闘いの場を米UFCに移し、世界フェザー級でランキング入りも果たした。

いまや川尻は日本を代表する選手となったが、ヒクソンや高田が憧れの存在であることに変わりはない。昨年のRIZINの中継ではゲストとして招かれ、高田やタレントの小池栄子と並び、解説を担当した。

「あの高田さんと小池さんに挟まれている自分に『マジかよ?』と問いかけたくなりました。夢みたいな気分でしたよ」

屈強ながら、人のいい近所のお兄さん――川尻のイメージはそんな感じだろうか。本人もそれを否定しない。

「僕は格闘技が好きで『すげぇ』と思って始めた人間。つまりファンからスタートしているので、自分が特別だとは思わない」

「UFCは川尻を必要としているし、本当はリリースしたくない」と…

「UFCは川尻を必要としている」と言われても、UFCへの不信感は消えず、離脱を決意した川尻達也

怒られることを覚悟で、「川尻さんの試合だったら、いずれも負けの試合――五味隆典、魔裟斗、青木真也戦が印象に残っている」と伝えると、川尻は開き直ったように笑った。

「確かに、僕は何回も天下を獲り損ねている。逆にそこまで負けているのに、生き残っている僕ってすごいなと思います(笑)」

しかしながら、川尻は大晦日の格闘技イベントでは2006年から2012年までの間に計6回出場して5勝1敗という高い勝率を残している。大晦日はゲンのいい舞台なのだ。

「ただ、ここ3年間は(UFCに参戦していたので)大晦日に試合がなかった。それまでは年末にビシッと締めくくって新年を迎えるというのが当たり前だったので、なんか変な感じでしたね」

UFCでの通算戦績は3勝3敗。最後は自らリリースを申し出たことが話題となった。団体側からクビを宣告されることはあっても、逆のケースは極めて異例のことだったからだ。新天地として川尻はPRIDEやDREAMの流れをくむRIZINを選択した。

自らアメリカのメジャー契約を解除して日本に復帰したというのは、大リーグから古巣の広島東洋カープにUターンした黒田博樹氏を想起させる――そう水を向けると、川尻は謙遜しながら、まんざらでもない微笑を浮かべた。

「黒田さんとはファイトマネーも桁が違いますよ(笑)。でも確かに、UFCに出たいとアピールしても、日本人選手はなかなか出られない状況ですからね」

それにしても、なぜ自ら契約を破棄してまでRIZINで闘おうと思ったのか。それは微妙な判定で敗れた8月6日のカブ・スワンソン戦がきっかけだったという。試合後、川尻はSNSに英文で判定に対する不服を書き綴(つづ)った。UFC側にも正式文書で「リリースなのかどうかだけでもハッキリしてほしい」と迫った。

マネージメントを通して戻ってきた答えは「あと1週間待ってくれ」だった。それからもやりとりを続けたが事態は進展せず、最終的にUFCサイドは「ドーピング検査の結果が2ヵ月後に出るからそれまでは判断できない」と通達してきたーー。川尻は不信感を募らせた。

「ドーピング検査の結果と、僕が必要か否かは別問題。ドーピングには絶対引っかからないけど、仮に引っかかったとしても、そこで罰則を受ければいいだけの話じゃないか…」

その後、9月24日に届いたメールを見て、川尻はUFCからの離脱を決意した。カブ・スワンソン戦の試合内容は全く評価されておらず、双方の見解にズレを感じたからだ。

「おまえはUFCに必要だからリリースはないというひと言があれば、僕は迷いなくUFCでの次の試合に向けてもう1回やり直すだけだったでしょう。でも、その文面から自分は必要とされていないと受け取ったんですよ」

だが、自ら「リリースしてほしい」というメールを送ると、UFC側は態度を翻(ひるがえ)した。

「UFCは川尻を必要としているし、本当はリリースしたくない」

それでも、もはや決意が揺らぐことはなかった。現在38歳。現役としてのXデーが迫っていることも背中を押した。

「たぶん、ここ1、2年が勝負でしょう。そういう意味ではタイミング的に悪くはなかったかなと思いますね」

「一発目の相手がグレイシーということで、ド派手に勝ちたい!」

猛練習の証拠である「ギョウザ耳」に無精ヒゲ…激闘を重ねた格闘家の凄みが漂ってきた

現在、RIZINはミルコ・クロコップ、ヴァンダレイ・シウバらかつてPRIDEで活躍したレジェンド系、山本アーセン、才賀紀左衛門(さいが・きざえもん)ら新世代系、そしてRENA、村田夏南子(かなこ)らがリードする女子が軸となっている。そうした中、川尻は自らのポジションを“現役バリバリ”というカテゴリーに置く。

「RENAちゃんとか、可愛いのに強いという感じで格闘技に詳しくないお客さんに向けてどんどんアピールしてRIZINは盛り上がってきている。僕はそういう大衆向けというより、コアなファンに熱狂してもらえるような“ホンモノのMMA”をお見せしたい。今のMMAを表現できるファイターは少ないので、僕が入ればRIZINも一本、筋が通って締まるかなと。それが僕の役割だと思う」

アメリカから持ち帰った最先端のMMAを見せるにあたり、クロンはうってつけの相手だろう。クロンはかつてUFCやPRIDEで最強伝説を築き上げたグレイシー柔術の継承者で、グラップリング(打撃なしの総合格闘技)では青木真也から一本勝ちを収め、MMAでは一昨年12月のデビュー以来、所英男や山本アーセンらを相手に3戦全勝をマークしている。川尻自身、「ノーギ(裸)のグラップリングのレベルでは大人と子供の差がある」と認識している。

「だから、グラップリングで勝負する気はない。RIZINのルールで使える技を自由に、柔軟に駆使して真っ向勝負でKOしたい」

一方、川尻が日本を留守にしている間に、日本の格闘技界は大きく様変わりした。その状況を川尻はアメリカからどう見ていたのか?

「ここ数年、日本では道場やジムの数は増えているので、格闘技を楽しむ人は増えている。全体的な裾野は広がっているんですよ。ただ、それがプロ興行の興隆に結びついていない」

では、「プロ興行」に必要なものとは何か? 川尻はUFCでの経験を通し、ひとつの答えを見つけている。

「結局はUFCも興行なので、強いだけでは稼げない。自分で話題やストーリーを作れる選手がどんどん稼げる世界になっている。強ければ大金を稼げるという考えだけでアメリカに乗り込もうと思ったら、それは間違い。もし本当に成功したいなら、向こうに住んで、ある程度英語を話せるようになるとか、強さ以外の部分も必要になってくる。

強いだけで自己満足していたら意味がないんです。強いならそれを周りに知ってもらうためにさらに努力すべき。今はSNSを通して自己プロデュースができる時代になったんだから、もっと積極的に自分をPRすればいい。僕は若い選手にとっての“気づき”になればいいと思っています」

旗揚げして1年に満たないRIZINでは、川尻の主戦場であるフェザー級の選手層はまだ薄い。それだけに、クロンとの一戦は実質的な「フェザー級最強決定戦」と言えるだろう。

「クロンに勝ったら、来年からの自分の試合を“勝手にRIZINフェザー級GP”と名付けて、ひとりずつ倒していきましょうか(笑)。でも、天下を獲るという欲はもちろんありますけど、そこにこだわらずに僕は僕のやりたいように楽しんで、お客さんとドキドキワクワクを共有したい。

ひとりひとりのファイターがそれぞれの闘う理由をアピールしつつ、お客さんと楽しめればRIZINはすごくいい舞台になる。僕が引っ張るとかではなく、せっかくいい選手がたくさんいるんだから、みんなでいい舞台にしようよ、と思います。僕はまず、一発目の相手がグレイシーということで、ド派手に勝ちたいですね!」

ファンの気持ちを失わない“世界標準”の格闘家、川尻達也。格闘技はものすごい力を持っていることを改めて証明するために、彼は4年ぶりにさいたまスーパーアリーナのリングに立つ。

●川尻達也(かわじり・たつや)1978年生まれ、茨城県出身。2000年に修斗でプロデビュー後、05年からPRIDE、08年からDREAMに参戦。元PRIDEライト級王者五味隆典や、元Strikeforceライト級王者ギルバート・メレンデスらと激闘を繰り広げ、K-1ルールでも武田幸三や魔裟斗とも対戦した。2014年からはUFCに参戦し3勝3敗の戦績を残した。16年10月、自らの意思でUFCを契約解除し、格闘技人生をかけてRIZINへの電撃参戦を発表した

●『Cygames Presents RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2016』12月29日&12月31日/さいたまスーパーアリーナ/最新情報は公式HPでチェック

(取材・文/布施鋼治 撮影/保高幸子)