4年18億円超ともいわれる契約で阪神へ移籍する糸井。金本監督のように、「FA選手は活躍できない」というジンクスに打ち勝てるか

プロ野球FA(フリーエージェント)の今年の目玉、糸井嘉男がオリックスから阪神へ移籍した。金本知憲監督が「俺にとって初めての恋人や」と口説き落としたわけだが、阪神電鉄(親会社)の本社内では獲得に否定的な声があったことも事実だ。

来季36歳を迎える年齢と、各所から「自由奔放」と伝わってきた性格がその理由ではあったが、金本監督は「いい意味での自由人なら問題ない」と歓迎している。

プロ入り後、打率3割を7度クリアし、2014年には首位打者のタイトルを獲得。ゴールデン・グラブ賞を7度受賞するなど、実績に疑問符をつける者はいない。金本監督はすでに「2番・センター」での起用をほのめかすなど、12年ぶりVを目指すキーマンに指名しているが、実力を発揮できるかどうかは、虎ファンが疑心暗鬼にならざるをえないデータが横たわる。

“虎のFA戦士”は糸井で11人目になるが、主戦として獲得した選手でファンの期待に応えたのは、03年、05年のリーグ制覇に貢献した金本(現監督)くらい。近年では新井貴浩や小林宏之など、実績のある選手がタテジマに袖を通すと低迷し、ブーイングの対象になってしまう。

阪神にやって来た大物FA選手は活躍できない──その理由はひとつではないが、07年に広島からFA移籍した新井は「阪神で4番を打つ重圧はカープのそれと比べものにならない」と語ったことがある。関西では報知を除くスポーツ4紙が、連日1面から3面(多いときは5面、終面)まで“阪神ネタ”で埋め、チームの負けが込めば容赦なく“戦犯”探しが始まる。

今季、広島で優勝の立役者となり、リーグMVPを獲得した新井の輝きを見ていると、とても2年前に阪神を(事実上の)戦力外になった選手とは思えない。

06年に阪神からヤンキースに移籍した井川慶は、ニューヨークで現地の巨大メディアについて問われ、「担当記者は阪神のほうが多い。甲子園球場では通路の角を曲がるたびに記者が立っていた」と、周囲を笑わせたことがある。

また、10年に楽天からFAで阪神入りした近鉄出身の藤井彰人(あきひと)は「阪神でヒットを1本打てば、近鉄で100本以上打つ選手よりはるかに有名になる(笑)」と皮肉ったほど。

当の糸井は入団会見で阪神の印象を問われ、小声で「記者が多い」と答えた。四方からメディアの標的となる環境は経験がないだけに、まずは「見られすぎるプレッシャー」に平常心を保てるかどうかが試される。

主将を務めたオリックスでキャプテンマークの重みについて聞かれ、「軽い素材なんで」とそのマークの材質について答えるなど、その天然ぶりから、近畿大学時代に“宇宙人”とも呼ばれるようになった糸井。

だが、オリックス在籍時から親交の厚い平野恵一(阪神新一軍打撃コーチ)は「嘉男は宇宙人じゃない。すごくまともだし、礼儀正しい男」と評する。

筆者が知る限り、新井も小林宏も性格が優しく、繊細だったように思う。“世界一の重圧”に打ち勝つには“まとも”ではないほうがよさそうだ。金本監督は糸井に「あまり気を使わないように」と助言する。いっそのこと宇宙人になりすますことが、阪神で活躍する条件かもしれない。

(取材・文/吉田 風)