今回のカジノ解禁について「日本の国会はどうして“韓国の失敗”から学ぼうとしないのか、その点が残念」と語る金惠京氏(撮影/細野晋司)

12月26日、「統合型リゾート施設(IR)整備推進法」(カジノ解禁法)が公布、施行された。

「ギャンブル依存症対策が置き去りにされている!」などと議論不足を指摘する声も上がっているが、そもそもカジノ解禁は成長戦略になり得るのかさえ疑問である。

隣国・韓国は約半世紀前にカジノを解禁したが、それによって経済は潤ったのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第60回は、ソウル出身の国際法学者で、様々なメディアで活躍する金惠京(キム・ヘギョン)氏に話を聞いた――。

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―韓国は、1968年に外貨獲得を目的としてソウル市郊外に「パラダイスカジノ・ウォーカーヒル」を開業しました。“カジノ解禁の先輩”韓国の現状を教えてください。

 今回の「カジノ法案」成立は、日本と韓国が協調して輝かしい未来を築くことを願うひとりとして、非常に残念です。なぜなら、韓国が行なったカジノ解禁は、社会に対してプラスよりもマイナスの影響が大きかったからです。日本の国会はどうして“韓国の失敗”から学ぼうとしないのか、その点が残念でなりません。

ご指摘の通り、1968年にオープンした「パラダイスカジノ・ウォーカーヒル」は外貨獲得を目的としたもので、韓国人は遊戯できない施設でしたが、2000年に韓国人も遊戯できる「江原(カンウォン)ランド」が開業し、現在では国内17ヵ所でカジノが営業しています。

これらのカジノがもたらした経済効果に目を向けてみますと、日本のカジノ法案も主に中国の富裕層など海外からの観光客をターゲットにインバウンド効果を狙ったものと考えられますが、韓国ではそれとは全く逆の結果となっています。韓国国内の17ヵ所のカジノのうち、韓国人にも遊戯が許されているのは「江原ランド」だけですが、客の99%が韓国人である「江原ランド」の売上は他の16ヵ所の売上総計よりも多いのです。

つまり、韓国のカジノでお金を使っているのは、海外からの観光客よりも圧倒的に韓国国民が多いということです。外貨獲得やインバウンド効果には繋がっておらず、カジノが黒字になるとしても、それは自国民がカジノで負けた、つまり税金を免れた国民の所得がカジノを通じた国の収入に変わったことと同じなのです。

日本人と韓国人はギャンブル依存症に陥りやすい

─韓国の日刊紙『ハンギョレ』の日本語版(2014年9月3日)にも次のような記事がありました。韓国を訪れる一般観光の外国人は、ひとり当たり137万8千ウォン(約13万7800円)を使うが、カジノに来た外国人観光客が使う額は46万1千ウォン(約4万6100円)に過ぎない。2013年にカジノでの遊戯を目的に韓国を訪れた外国人観光客は全体(1217万5550人)の22.2%で、カジノ産業を通じた外貨収入は、観光産業全体の収入(143億300万ドル)の8.7に過ぎない…というものです。

 また、インバウンド効果と併せて、今回の法案成立の背景には「カジノによる街おこし」「地方創生」も考えられているようですが、これも難しいでしょう。

世界的に見て成功しているカジノは、シンガポールの「マリーナ・ベイ・サンズ」のように都心部からのアクセスが良く、立地条件の整った施設です。加えて、観光客を呼び込むためにはカジノだけでなくスポーツや音楽などの世界的イベントをしばしば開催するなど、他のエンターテインメント要素も充実した施設でなければ成功は難しいと言えます。山間部にある「江原ランド」と「マリーナ・ベイ・サンズ」の比較で言うと、施設全体の売上に占めるカジノの割合は、前者が95%であるのに対し、後者は81%です。

日本政府も「カジノはIR(統合型レジャー施設)の一要素である」という説明をしていますが、カジノ以外の条件を整えるのは地方では難しいでしょう。むしろ、地方にIRを作れば、結果的に“箱もの”だけが残り、今以上に地方の財政が悪化する危険もあると考えるべきです。

加えて、「江原ランド」も元々、炭鉱で栄え、その後に廃鉱となった地域を再開発するという名目で造られましたが、実際に地元に還元されたのは設備投資のわずか3.5%(2011年)に過ぎません。

─韓国の外国人専用カジノの総売上(2013年)は1兆3685億ウォン(約1368億5千万円)ですが、そのうちの18.6%にあたる2550億ウォン(約255億円)が租税および基金に充当されています。しかし、この2550億ウォンのうち、地方税は128億ウォン(約12億8千万円)に過ぎません。つまり、カジノ解禁による財政的恩恵のほとんどは中央政府に流れ、地方は潤わないというのが韓国が示す実例ですね。では、ギャンブル依存症などの社会的悪影響についてはどうでしょうか?

 実態を見てみると、「江原ランド」ではカジノの周辺に質屋や中古車業者が建ち並んでいます。これは「江原ランド」に限らず、ラスベガスなどでも見る光景ですが、そうした店舗が数多く営業しているということは、カジノで所持金だけでなく、持ち物すべてを換金してまでギャンブルにつぎ込む人が大勢いるという証明です。そして、前述の通り、韓国ではそうした人のほとんどは自国民なのです。

また、これはカジノとの因果関係が証明されているわけではありませんが、韓国ではカジノが解禁されて以降、違法賭博の摘発が年々増加の傾向にあります。2015年には違法賭博で169兆ウォン(約16兆9千億円)が違法賭博で摘発されています。

─カジノ解禁によってギャンブル一般が身近になってしまい、違法賭博に対する意識が希薄になった結果かもしれませんね。それにしても、169兆ウォンというのは外国人専用カジノの総売上の100倍超の数字ではないですか!

 もうひとつ、これも日本の皆さんに是非とも認識しておいてもらいたいのですが、日本人と韓国人には「他地域の人よりもギャンブル依存症に陥りやすい」という傾向が調査によって明確になっています。

2010年に韓国で国務総理所属の射幸産業統合監視委員会が発表した数字によると、韓国の成人の賭博中毒有病率は6.1%にも上っています。日本の場合、厚生労働省が2015年に発表した数字では、成人の約4.8%(約536万人)がギャンブル依存症患者とされています。これらの数字は欧米諸国の調査結果に比べて3、4倍も高いのです。

カジノと反社会勢力は繋がりやすい

─カジノで海外からの観光客をカモにしようと企んでも、「ミイラとりがミイラになる」可能性が高いということですね。

 これは両国民の民族的特性というよりも、仕事に懸命である一方で、そのストレスを発散できない社会的な要因に注目すべき事象だと思います。そして社会的な問題で言えば、今回の日本における「カジノ法案」成立の際にマネー・ロンダリング対策という議論がほとんど見られなかったことも心配です。

「カジノと反社会勢力は繋がりやすい」ということはFATF(マネー・ロンダリングに関する金融活動作業部会)などの国際機関も指摘しているところで、同機関は国際的な勧告(通称:40の勧告)の中でカジノを「顧客管理が必要な組織」の冒頭に挙げています。米国でも連邦法である「銀行秘密法」のほかに、ラスベガスのあるネバダ州では州法も設けてカジノを舞台としたマネー・ロンダリングに規制を加えています。

そして、FATFなどの国際機関による日本のマネー・ロンダリング法制への評価は、先進国の中でも非常に低いのです。果たして、そのようにマネー・ロンダリング規制の緩い日本でカジノを解禁して問題はないのかと、私は心配しています。テロリストは数百万円もあれば同時多発的な無差別テロを実行することが可能です。カジノ解禁がテロ組織に利用されたならば、たとえ経済効果があったとしても肯定的に評価されることはないでしょう。

─そもそも、世界的に見てカジノは「時代遅れ」ではないでしょうか? 米国のトランプ次期大統領がアトランティック・シティで営業していたカジノも閉鎖されました。経済活動そのものが投機的になりギャンブル化している世界の現状は、わざわざカジノに足を運ぼうという人を減らす傾向にあると思いますが。

 カジノに軽度の関心を示す人が減っていることは確かでしょう。一方で、カジノが身近になることで依存症対策をしなければ、身を持ち崩す人は増えていく可能性も高いのです。

最後に、韓国人として、これからカジノ解禁に向かう日本の皆さんに申し上げておきたいことがあります。ギャンブルという行為自体は新たな文化的価値を生み出すことはありませんが、その周辺にあるものやその背景を無視したり、「なかったこと」にしてしまうのは危険なのではないかということです。

例えば、これまで日本人にとって最も身近なギャンブルのひとつであったパチンコと在日コリアンの歴史が挙げられます。パチンコ店を経営して財を成した在日コリアンも少なくありませんが、その背景には彼らが日本の社会で疎外され、一流大学を卒業したとしても、それに見合った就職ができず、パチンコ業などの他には生活の手段を選ぶことが難しかった現実があります。彼らが、時には遊戯者を破滅に追い込むこともあるギャンブルをどのような思いで仕事にしてきたのかについて、今一度、向き合ってほしいと思います。

また、自著の『涙と花札-韓流と日流のあいだで』(新潮社)の中でも書いたことですが、韓国では現在も日本による植民地支配の時代に根づいた花札が定着していて、葬儀の際には悲しみに暮れる遺族を元気づけようと、参列者が控室で花札を打つ光景が見られます。そして、花札の台に使われているのは色鮮やかな韓国式の座布団ではなく、朝鮮戦争後、長年駐留を続ける米軍の払い下げ、あるいは徴兵帰りの男性が持ち帰った深緑色のクッション生地であることが多いのです。

つまり、表面的には賭け事が定着しているだけに見える韓国の花札には、「情」や「悲しい歴史」が込められています。カジノ法案が注目を集め、各種の社会的要因を再検討しなければならない今だからこそ、ギャンブルと社会の間にある背景や歴史にも目を向けるべきなのではないでしょうか。

●金惠京(キム・ヘギョン)国際法学者。韓国・ソウル出身。高校卒業後、日本に留学。明治大学卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科で博士号を取得。ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学韓国研究センター客員教授、明治大学法学部助教を経て、2015年から日本大学総合科学研究所准教授。著書に『涙と花札-韓流と日流のあいだで』(新潮社)『柔らかな海峡 日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル)、『無差別テロ 国際社会はどう対処すればよいか』(岩波現代全書)などがある

(取材・文/田中茂朗)