映画化された『アズミ・ハルコは行方不明』などで多くの支持を得る、山内マリコが新作長編で描いた世界は…

『アズミ・ハルコは行方不明』も映画化されたばかりで人気の美人小説家・山内マリコが2作目の長編『あのこは貴族』(集英社)を11月に上梓、話題となっている。

舞台は東京。これまで一貫してアイデンティティを探す地方女子を描き、ファンを増やしていたが、自身の新しいステージとしてそこで繰り広げられる“結婚を巡る女たちの葛藤と解放”を上流階級のお嬢様×地方の一般女子という両極端な視点で映す力作だ。

生まれも育ちも東京で、資産家一族の箱入り娘として何不自由なく純粋に成長したご令嬢・華子の物語――。20代後半で彼氏にフラれて状況は一転、焦ってお見合いを重ねた末に由緒正しい血統のイケメン弁護士・青木幸一郎と出会うが、婚約したそのフィアンセには付かず離れずの関係を続けるビジネスウーマンの存在が…。

一方、地方出身の田舎育ちから脱皮すべく一念発起して上京、入学した慶応大学で“内部生”のレベルの違う裕福さにカルチャーショックを受け、水商売生活に流された美紀の物語が繋がり――。

帝国ホテルでの豪華な家族団らんから別荘の飾り付けまで、上流階級のディテール描写には金持ちの実態を覗き見るような楽しさも…。入り口は良家子女の婚活でありながら、日本に実は存在する階級社会をモチーフに鋭く現代を切り取った政治小説でもあった!?

そんな意欲作の舞台裏を探るべく、作者に直撃。キュートな笑顔に隠されたキレッキレの創作スピリットに迫った!

*  *  * ―デビュー初期から一貫してアイデンティティを探す女のコを描かれていると思いますが、自身を重ねている部分も?

山内 デビューした時から地方都市を舞台にして地方出身の…つまり自分と完全に同じタイプを描いてきたんですけど、今回は全然違う女のコを描こう、舞台も東京にしようと思って。じゃあせっかくなら東京にしかいない人たち、東京ならではの人種みたいなものを描こうというところにたどり着いた感じですね。

―その東京が舞台で、富裕層を描いた新境地ということで、取材もかなり意欲的に?

山内 そうですね。今回は生まれも育ちも違う特殊なタイプの人をゼロから取材したので、2年ぐらいかけてだんだん輪郭を掴んでいったという感じで。

―着想から2年!

山内 はい。デビュー直後に「長編小説を書きましょう」と声をかけてもらってから、2年書かなかったという(笑)。連載が始まってからも取材を続けて、計3年ぐらいかかったのかな…。

最初は、東京に住む代々お金持ちの家の話を『細雪』(谷崎潤一郎作)みたいに、ひたすら雅(みやび)に描写したいと思っていたんです。でも、取材を重ねるうちにもっと深く突っ込んでいって、社会の話や階層の話、それが繋がって政治の話にまでいくみたいな、世の中の写し鏡になっている構造が見えてきたので、その部分こそ描かなきゃと思いました。意外と誰も書いてなかった世界だなと。

今も家を継ぐとかを一番に置いて結婚をしている

―一方で、富裕層の男子の意外な不自由さも描写されていますが、それも取材を通して気づいた?

山内 はい、階級が上の男性ほど、取材しても思うように話してくれないところはありましたね。ある御曹司の方にお会いした時も、にこにこして感じはいいんだけど、心の壁が厚い。でもすごくいい方なんです。

お坊ちゃんとかお嬢さんって、裕福で苦労をしていないしガツガツもしていないから、人がいいんですよね。金持ちケンカせずでお互いに仲もいい。周りの友達も同じレベルの家のコばかりだから、「うちは普通」と本気で思っていて、特殊だってことに全く気がついていない。そして、外の人間に対してはあまりオープンではない。

こういう特殊な階級の人たちって、自分の家の自慢みたいなことをしないように躾(しつ)けられたんでしょうね。大阪の芸人さんは、自分の家の貧乏話なんかを面白いからネタにしてどんどん話す感じじゃないですか。その逆なのかなって。これはネットでも言えそうで、ヒエラルキーでいうと“下流”の話は投稿数が多いけど、上の話って絶対に誰も書こうとしませんよね。言っても叩かれるだけだから。

―そんな人達は晒(さら)すことによって危険な目に遭うのもわかって避けてる?

山内 逆にそうなんですよね。もう満ち足りているから、誰にも知られなくていいし。

―現状に不満があるから怒りをぶつけるわけで、裕福な人は特に認められる必要もないし、周りに対する関心も薄いのかも…。

山内 それはありますね。みんな小学校から私立にいっているから、人間関係が大人になっても変わらなくて、バックボーンの異なる新規の人とはなかなか深くはつき合わない。自分の世界の外にいる人間に対する好奇心はあんまりない印象でした。彼らもコンサバだけど、年齢がいくほど輪をかけて保守的で、親世代の価値観は完全に昔の人みたいなんですよね。

結婚にしても戦後、民主化が進んでからは自由恋愛がメジャーになって、ロマンティックラブイデオロギーが素晴らしいとされるようになったけど、でもこの貴族階級というかエスタブリッシュメントたちは、今も家を継ぐとかを一番に置いて結婚をしているんだなっていう。それは驚きでした。

―いまだ昭和的というか、連綿と古い日本がまだ残っている? ただ、この中でも幸一郎のエピソードで語られますが、最近では代々継ぐうちに相続で財産が目減りし、没落していく名家も出てきているという…。

山内 最近よく週刊誌でも、都内の一等地にお屋敷を持つ人たちの辛い生活などが書かれていたりしますよね。土地の評価額がめちゃくちゃ高いから、いざその相続税を納めるとなると現金がないっていう。でも、先祖から継承してきた土地を自分の代で売るのは忍びないという責任感で頑張ってるんだけど、とにかく大変らしくて。

入り口はお嬢様の婚活小説で、すごいところに辿り着いた

―政治家もそうですよね。親の代から世襲で継いで、責任感から地盤を受け継いでも、求められるプレッシャーが…。

山内 そう。この階級って、まさにそこに繋がるじゃないですか。今の政権もそうだけども、戦後ずっと同じ一族が同じ席に座っているような。

それを「世襲はどうなんだ!?」という都会のインテリ層もいるけれど、地方ではそんな言論なんて本当にファンタジーでしかなくて。ただただ無条件に息子や血縁者に引き継がれていくのが現実です。昔から政治をやっている一族に票を入れることこそが知的な行ないというか、善いことと信じ込まれている。政治に対する認識が昭和からアップデートされていないので、それに疑問を抱く人は少ない。

アメリカの大統領選でも都市部はみんな「青(民主党)」でヒラリーに入れてるけど、中西部とか南部は「赤(共和党)」でトランプに入れてますよね。土地によって何が正義なのかが違う。日本の状況も似ていて、私の地元も必ず保守政党が勝つんだけれども、アメリカと似たような…。それもこのテーマから俯瞰(ふかん)できるなと思ったら、話が引っ張られていきました。

―最初のイメージとは違って、長編として書いているうちに流れていった?

山内 最初から結構、見た目“ゆるふわ”だけど話は社会派にしたいっていうのはありました。だから入り口はお嬢様の婚活小説で、帝国ホテルのお正月の様子とか知らない世界の描写から読み物として楽しくめくっていくんだけれど、気がついたらとんでもない社会の仕組みとか世の中の見え方が変わるような気付きがあるものにしたいなって。

―特に後半は一気に世襲批判にもとれるシニカルな笑いが散りばめられつつ、実は政治小説の体になっている…と。

山内 よかった、狙いが成功してる(笑)! 割とミーハーな気持ちでエスタブリッシュメント層を取材してたんですけど、すごいところに辿り着いたなぁという感じで。今の社会の成り立ちというか、あまり知られていなかった背景を引き出すのに、もってこいの題材だったみたいです。

●後編⇒階級社会の男たちが使い分ける“妻にする女”と“遊びの女”。いまだこの国は昭和な価値観から逃れられない?

(取材・文/明知真理子、写真/首藤幹夫)

★山内マリコ1980年、富山県生まれ。08年に「女による女のためのR-18文学賞」で読者賞を受賞、12年に『ここは退屈迎えに来て』で単行本デビュー。地方に生きる女子たちのリアリティを描き、支持を得る。