安倍政権は「世界の真ん中で輝く日本」を掲げながら、「史上最悪」の日中関係への具体的な改善策を打ち出していないと指摘する李淼氏

1972年の国交正常化以来、日中関係は「史上最悪」と言われる状態が続いているが、中国にとって外交面での最重要課題は対アメリカ、その次に対ロシアで、日本に関しては二の次、三の次というのが実情だろう。

「週プレ外国人記者クラブ」第61回は、香港を拠点にする「フェニックステレビ」東京支局長の李淼(リ・ミャオ)氏に、2017年の日中関係の展望、そして国際社会における日本のプレゼンスについて聞いた――。

***

─まずは、2017年の日本の政治スケジュールで中国がどこに関心を寄せているかを教えてください。

 今年は日本の現行憲法が施行されて70周年という節目の年に当たります。1月5日の自民党年始会合でも安倍首相は、「新しい時代に相応しい憲法はどのような憲法か、議論を深め、形作っていく年にしたい」と改憲に向けた意欲を表明しました。

中国はこれまでも憲法9条が守られるのか、あるいは変わるとすればどのように変わるのか注目してきましたが、今年はさらに「改憲」が具体的かつ現実味を帯びてくる年だと考えています。

国会で憲法改正の発議をし、国民投票にかけるためには3分の2以上の勢力を確保しておく必要がありますが、今年は衆議院の解散・総選挙が行なわれることが必至の情勢です。時期が7月の都議選後にズレ込んでも自民党の勝利は動かないでしょう。今の自民党は「強すぎる」と言ってもいいほどで、安倍内閣の支持率も世論調査で約60%を維持しています。

─安倍政権の政策・国会運営を見ていると、例えば米国の撤退が必至でほぼ実現可能性がなくなったTPPの批准を急いだり、予測しづらい面もあると思いますが…。

 確かに予測困難な部分もあります。しかし先日、私がインタビューした元自民党の大物政治家は次のように言っていました。「かつては自民党の中に派閥があって、右寄りから左寄りまで幅広い政策・ポリシーが並立していた。今の自民党に派閥は存在しない。安倍晋三という“選挙で票の獲れるリーダー”に所属議員全員がついていくという状況だ」。

つまり、常識的に考えれば「予想外」と言えるような政策も、安倍首相あるいは自民党とすれば「国民の支持を得やすい」という目算の下に動いていると見ることができます。安倍首相の演説を毎回、細かくチェックしていくと「国民の皆さん」というフレーズが頻繁に出てきます。このことは、安倍首相自身が国民の支持を強く意識していることの表れだと思います。

─いわゆる「ポピュリズム」ですね。

 自民党総裁の任期は昨年10月、同党の政治制度改革実行本部の総会で現行の「連続2期6年」を見直す決定が下され、今年3月には「連続3期9年」に改訂されるはずです。おそらく安倍総裁はここで延長された任期=9年を勤め上げることになるでしょう。

“選挙で票の獲れるリーダー”として党の規約も改訂させるほどの権勢を誇る安倍首相が、改憲のための国民投票でも支持を得られるのか。中国としては「日本の国民が憲法改正をどう考えているか?」を測る意味でも注目していますが、これも予測は難しい。2016年の世界を振り返っても、イギリスでのEU離脱を巡る国民投票や、当初は泡沫候補と言われたドナルド・トランプ氏が勝利した米大統領選挙など、誰もが予想外と思う投票結果が続きましたから。

日本支局を撤収する欧米メディアも相次いで…

─昨年12月、安倍首相は真珠湾を訪問しました。これに対し、中国側から「真珠湾に行くなら、南京も訪問しろ」といった声も挙がりましたね。

 確かにそういった声がありました。しかし、現在の「史上最悪」と言ってもいい日中関係と、日本にとっての日米同盟の重要性を考えれば、現実的に今の状況では首相が南京を訪問することは極めて難しいと言えるでしょう。

真珠湾では多くの人が血を流し、亡くなりました。しかし、真珠湾攻撃で日本軍が標的としたのは軍事施設です。それに対して、南京で犠牲となった中国人は非戦闘員です。南京における犠牲者数については日中双方で様々な見解がありますが、南京で非戦闘員の中国人が犠牲になったという点に関しては、日本の外務省も公式に認めています。このことは日本の人にも絶対に忘れてほしくないと思います。

―安倍首相の真珠湾訪問の翌日には、稲田防衛大臣が靖国を参拝しました。これも中国の人たちの感情を逆撫(さかな)でしたのでは?

 中国外交部のスポークスマンは、稲田氏の参拝は「これは大きな皮肉だ」と言っていました。稲田さんの政治信条もあると思いますが、産経新聞が「真珠湾に行くならまずは靖国参拝を再開せよ」と主張していたように、保守層をなだめるための方策だったのではないでしょうか。

―国際社会における日本のプレゼンスについては、どう見ていますか?

 第2次安倍政権の発足から丸4年の節目となった昨年12月26日、安倍首相は「世界の真ん中で輝く日本を」と記者団に語っています。まず、この「世界の真ん中で輝く日本」が具体的にどのような外交政策を意味するのか、全く不明です。もっとも、こういった「具体性の欠如」は安倍首相の談話や政策の多くに共通することなので、今さら特に問題視することでもないでしょう。

問題は「世界の真ん中で輝く日本」と言いながら、史上最悪と言える現在の日中関係に対しては具体的な改善策も打ち出さない点です。この安倍首相の姿勢からは、どこまで中国を重視しているのか、疑問に思う声が多いのも事実です。

─海外メディアにおける日本の注目度は、低下しているように感じます。

 その点は日々の取材活動の中で痛感しています。例えば、東京・有楽町にある外国特派員協会のロビーには、メンバーになっている特派員の名前がプレートで掲げられているのですが、私が見ている限り、新たなプレートが増えることはなく、減っていく一方です。

欧米のメディアでは、ここ数年で日本支局を撤収するケースも相次いでいます。撤収し、あとはフリーランスの記者に任せる…そういう状況なので、私が協会で開かれる会見を取材に行くと、協会のスタッフに「李さん、どうぞ一番前に座ってください」と言われます。つまり、実際に稼働している海外メディアの日本支局がそれだけ少なくなってしまっている、ということです。

─となると、李支局長のお仕事も大変ですね。世界的に注目度が下がり続けている日本の情報をどうにかして中国に伝えるご苦労があるのでは?

 いえ、中国は欧米と違い、依然として日本への関心は高いです。今年は1972年の日中国交正常化から45周年という節目の年でもありますが、同時に「史上最悪の日中関係」が続いています。皮肉なことですが、関係が最悪な分、関心も高いのです。

●李淼(リ・ミャオ)中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。2007年にフェニックステレビの東京支局を立ち上げ支局長に就任。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける

(取材・文/田中茂朗)