著書『安倍でもわかる政治思想入門』で、エドマンド・バークら先人たちの言葉を引用しながら、安倍首相の矛盾を突きまくった適菜収氏

『安倍でもわかる政治思想入門』(KKベストセラーズ)を読めば、安倍首相の発する言葉がいかにデタラメで、政権支持率60%を超える現代社会はいかに危機的状況なのか、痛感するだろう。

多くの日本人は安倍首相個人を「保守主義者」と見ているが、著者の適菜収(てきな・おさむ)氏に言わせれば、彼は「花畑系反日グローバリスト」となる。刺激的なタイトルと共に注目を集めている本書について、適菜氏を直撃した!

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─『安倍でもわかる政治思想入門』というタイトルですが、まず驚かされるのが「安倍首相がいかに嘘つきか!」という点。丹念に過去の発言を調べ上げ、中には同じ日の内に真逆のことを言っている例まで挙げられています。

適菜 安倍首相はその場その場の都合で言葉をごまかしているので、後から見ると矛盾がわかるのですね。

最近の例を挙げれば、昨年の12月13日に沖縄でオスプレイが大破しましたが、米海軍安全センターが事故の規模を最大の「クラスA」に分類し、米軍の準機関紙『星条旗新聞』でも「crushed」(墜落)という単語が使われているにもかかわらず、政府は「不時着」として処理しようとしました。今年に入って、再び米軍ヘリが不時着する事態がありましたが、こちらは大破しなかった。言葉をごまかしていると矛盾が生じるわけです。

安倍首相の場合、政治や歴史がどうこう以前に義務教育レベルの基礎知識が欠如しています。先日も国会で「云々」を「でんでん」と読んで話題になりましたが、あの人はきちんと箸も持てないし、挨拶とかもきちんとできない。結局、大人になれなかったのだと思います。

─安倍首相の発言で、特にヒドいものを挙げるとしたら?

適菜 2016年5月16日の「私は立法府の長」でしょうか。これは「言葉のごまかし」以前の問題です。義務教育で習うことですが、立法府の長は形式的には衆議院と参議院の議長であり、総理大臣は行政府の長です。この発言は議事録で勝手に修正されていますが、要するに、安倍は自分の権限も仕事の内容もわからずに総理大臣をやっていたということです。これは驚くべきことですよ。

安倍は右翼でもないし、当然「保守」でもない

─2017年1月20日の施政方針演説で「国会の中でプラカードを掲げても、なにも生まれない」と野党を批判した件でも、議院運営委員会から「行政府の長が立法府のことに口出しするのはよくない」と注意を受けていますから、やはりよくわかってない(笑)。

適菜 もっとヒドい発言もあります。2013年9月25日にニューヨークの証券取引所で、安倍は「もはや国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました」と言っています。国境や国籍にこだわらない政治家ってなんなんですか。極左カルトが言うならわかりますが。要するに、あれが安倍の正体です。

─そんな人物が率いる内閣の支持率が直近の世論調査でも60%を超えています。この背景には彼を「保守主義者」「ナショナリスト」と見てしまっている“最大の誤解”があるように思います。

適菜 靖国問題も拉致問題も票集めに利用しているだけですよ。そもそも歴史を知らないから北方領土問題も慰安婦問題も間違える。やはり社会が病んでいるんだと思います。それで、ああいうものを担ぎ上げてしまう。

安倍がやっていることは、民主党時代の愚策の延長でしかありません。デフレ下の増税、移民政策、家族制度や農協などの中間共同体の破壊、権力の集中…。戦後民主主義の一番危険な部分、大衆社会の最もおぞましい部分が現在、安倍という形で表面化しているわけですね。

─米国では保護貿易主義を掲げるトランプ新大統領が誕生し、ヨーロッパではフランスの国民戦線をはじめとして極右政党の台頭が続いています。こういった状況も楽観はできませんが、これらの政治家と安倍首相は同類なのか、それとも違うのか?

適菜 同類ではありません。むしろ対極に位置すると言っていいでしょう。慶應大学の金子勝経済学部教授が「トランプは排外主義者であり、安倍首相も似たようなもの」と言っていたけど大間違いです。そもそも不法移民を追い出そうとしているトランプと、全力で国内に移民を入れようとしている安倍が同じなわけがないでしょう。

トランプはナショナリストですが、安倍はグローバリストです。だから、国籍や国境にこだわる時代は終わったなどと、ジョン・レノンみたいなことを言い出すわけです。左翼も冷戦時代で思考が停止している。結局、左翼は安倍に対して本質的な批判ができないんです。安倍は右翼でもないし、当然「保守」でもありません。

現在、世界的に行き過ぎたグローバリズム路線への反省が進んでいます。イギリスのEU離脱も、トランプ現象やサンダース現象もそうですよね。でも、安倍は状況を把握せずにいつまでもTPPがどうしたこうしたという話を続け、思い切り逆噴射している。このままでは日本が食い物にされるのは目に見えています。

日本の「保守」がここまで狂った理由

─どうして、悲劇的とも言える誤解が生じるのか。そもそも本当の保守主義とはどういうものなのでしょう?

適菜 安倍を「保守」だと誤認している人がまだ存在するみたいです。憲法改正と大きな声を出したり、中国や韓国に対して対決姿勢を示したりすれば、それを「保守」だと思ってしまう層がいるという話ですね。

保守主義は“主義”とはいうもののイデオロギーではありません。近代の理念を妄信しないということです。自由や平等を否定するのではなく、節度ある自由や節度ある平等を尊重する。そのためには制度を維持することが大切ですし、人間の理性を過信しないので、権力をきちんと監視する。

だから本来、安倍みたいなものを批判しなければならないのは保守の役割なんですよ。でも、保守を名乗っているメディアは今は総崩れですからね。

日本の「保守」がここまで狂った理由は、冷戦時代で思考停止しているからです。単なる反共が保守と誤認された。それとアメリカの特殊な保守観をそのまま輸入してきて信奉しているからです。ご存知のようにアメリカは完全な近代国家であり、自由が神格化されているので、それを守ることが「保守」になる。

でも、本来の保守主義者はエドマンド・バーク(1729-1797 イギリスの政治思想家)も言うように「秩序によって制御されない自由は自由自体を破壊してしまう」と考える。

─まさに「オトナの態度」と言えますね。この点でも安倍首相は真逆(笑)。

適菜 今の日本に必要なのは保守政治の復権です。まともな議員が立ち上がらないと危ない状況になっています。『安倍でもわかる政治思想入門』でも紹介しましたが、デタラメな議会運営をやったり、議事録を書き換えたり、現実はすでにフィクションを超えてしまっている。民進党もグダグダなので、野党共闘もうまくいっていない。今の自民党に自浄能力はありません。そろそろ日本もカウントダウンかもしれませんね。

●適菜収(てきな・おさむ)1975年、山梨県生まれ。作家。哲学者。ニーチェの代表作『アンチ・クリスト』を現代語訳にした『キリスト教は邪教です!』『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』(以上、講談社+α新書)『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)『日本を救うC層の研究』(講談社)『死ぬ前に後悔しない読書術』(KKベストセラーズ)呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)など著書多数。

『安倍でもわかる政治思想入門』 (KKベストセラーズ 1300円+税)

(取材・文/田中茂朗 撮影/井上太郎)