「牛丼屋は松屋しか行けません。吉野家とかって後払いだから、食べてるときに『もし今、お金持ってなかったらどうしよう』って不安になってしまうんです」と明かすせきしろ氏

昨年、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で一躍、日本女性の恋人となった星野源。そんな彼が初主演したドラマ『去年ルノアールで』をご存じだろうか? 主人公の「私」は昼下がりに毎日ルノアールへ足を運び、とりとめのない妄想をひたすら繰り広げる。

前述の作品が「役に立つ」のに対し、気持ちいいくらいに非生産的な『去年ルノアールで』だが、この稀有(けう)な世界観を生み出したのが、せきしろ氏だ。

『週刊SPA!』の名物コーナー「バカはサイレンで泣く」の選者として知られ、近年ではピース・又吉との共著『カキフライが無いなら来なかった』で自由律俳句を披露するなど、つかみどころのない活躍を続けている。

そんな彼が先日、『たとえる技術』なる本を上梓(じょうし)。その名のとおり丸々一冊「比喩」について書かれた本で、日常生活でも使えるのだとか。なんだか珍しく役に立ちそうな話が聞けそう、ということで取材班が直撃した。

* * *

―出版の経緯は?

せきしろ たとえをいっぱい作ったんですよ。本を出す出さないは全然関係なくて、ただなんも考えずたとえだけをガーッて数百書いて。それを編集者の方にお見せしたら、書籍化の話が来た、ってのが最初ですね。

―ずいぶん緩いですね。

せきしろ そうですね。むしろ、作るって言って作ったことはないかもしれない。今回、本を出させてもらった文響社さんはビジネス寄りの出版社だと思うんですけど、僕、まったく働いたことないんで。まさか、そんなオファーが来るとは思わなかったですね。装丁もビジネス本っぽいし、今でも「騙(だま)されて買う人いるんじゃないか」と思ってるくらいですから。あとは国語に詳しい人とかに怒られたらイヤだなあとか。

―表現論の本を書いた人が言う言葉じゃないですね(笑)。

せきしろ いやいや、僕なんて全然書くのうまくないですもん。書くのは苦手だし、もともと理系だし。

―では、最初から作家志望だったわけではないと?

せきしろ もう全然。もともと芸人になろうと思って東京に出てきたんですけど、すぐ相方と仲が悪くなって別れちゃって、そっから今までずっと途方に暮れている状況ですけど。なんでひとり東京にいるんだろって。

―四半世紀、途方に暮れてるんですね(笑)。

せきしろ 大学も辞めてるし、高校もあんまり行ってなかったし。公園とかにいましたね。当時は若かったんで、行ってないのがカッコいいかなって思ってたんですよ。

「周りにどう見られるか」しか意識していない

―公園で何してたんですか?

せきしろ 大半はエロい妄想でした(笑)。『プレイボーイ』が川岸に落ちてたら乾かして読むとか、そういう時代です。ちなみに、小学生のとき初めて拾ったエロ本に、女のコが洋館に閉じ込められるってグラビアがあったんですけど。昔のビニ本って、思想みたいなものが入ってるから暗いのが多かったんですよ。今もたまに「あの女のコ、生きてるのかなあ」って思い出します。売ってたら買おうと思ってすごい調べたんですけど、見つからなくて。知ってる人いたら教えてください(笑)。

―他にはどんなことをしていたんですか?

せきしろ 大人になってからインタビューされたときにどう言うか、メモしてましたね。学校行かなかったってことを後で言おう、ってそのときから考えてて。だから、大学卒業する気も実際なくて、途中で辞めるほうが後々いいのかなって当時は思ってましたね。でも結局、全然言う機会もなくてびっくりしました。大学は絶対に卒業したほうがいいです。

―こじらせ少年の末路、って感じですね(笑)。

せきしろ 基本的に自分は、「周りにどう見られるか」ということしか意識していない性格なんです。学校をサボってたのも、中退したのもカッコよく思われたいから。大人になっても他人の目を気にする性格は変わってなくて、例えばコンビニに入ったら、なんも買わずに出られないんですよ。「あいつ万引きしに来たな」って思われたら怖いんで。喫茶店とかでも、店員呼んで一発で来ないともうダメっすね。「あいつ、呼んだのに来てねえ」って店にいる人みんな思ってんじゃねえかって。もう一度呼ぶのも恥ずかしいので、気づいてもらうために一回立ち上がって上着を脱ぎ直したりします。

―興味本位で聞きますけど、牛丼屋ではどう振る舞います?

せきしろ 牛丼屋は僕、松屋しか行けないんですよ。食券じゃないですか、あそこ。極力、人としゃべりたくないんで、楽なんですよね。あと、吉野家とかって後払いですよね。食べてるときに「もし今、お金持ってなかったらどうしよう」って思ったり、不安になって確認しても「さっき確認したときに小銭を落としたんじゃないか」って思ったり。食べた後に店員とのやりとりがあるってだけで、いろんなことを想像してしまうわけですよ。だから、牛丼屋は松屋が正解です。

僕みたいな子は今も日本のどこかにいる

―牛丼食べるだけでそんなにいろいろ考えるってつらい…。

せきしろ ほんと、自分でも時々頭がおかしくなるんじゃないかと思うこともありますよ。

―でも、そういうどうでもいい感情とか、妄想の暴走を見ると、せきしろさんだなあと思ってうれしくなっちゃいます。

せきしろ たぶん、今まで僕はそういう生産的じゃないことをずっとやってきただけなんです。そこに編集者が入ったりしてなんとなく生産的にしていただいてるだけで。社会的にはいらないものばかりだと思うんですけど、そういうものも使いようはあるんだぞってことを、若い人に気づいていただければと。たぶん、僕みたいな子は今も日本のどこかにいると思うんで。

―又吉さんしかり、せきしろさんは後輩のことを常に気にしている印象です。

せきしろ 自分よりも下の子とかを売るほうが得意だし、楽しいんです。たぶん自分が作るのはものすごい濃い原液みたいなものなんですけど、それじゃ売れないのも理解してるから(笑)。だから、若い子が自分なりに薄めるなり、使うなりしてもらえるのがうれしいんです。

―最後に今後の抱負を教えてください!

せきしろ なんもないんですけど(笑)。ただ死んだ後に評価されるのがカッコいいと思うんで、今は未発表原稿いっぱい書こうかなって考えてます(笑)。

●せきしろ1970年生まれ、北海道出身。主な著書に、ドラマ化された『去年ルノアールで』や『不戦勝』(ともにマガジンハウス)、『逡巡』(新潮社)、『海辺の週刊大衆』(双葉社)などがある。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(ともに幻冬舎文庫)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(文春文庫)では、それぞれ自由律俳句と短歌に挑んでいる

■『たとえる技術』 (文響社 1380円+税)『去年ルノアールで』や又吉直樹との自由律俳句集『カキフライが無いなら来なかった』などで知られるせきしろが、自身の「たとえる技術」を余すところなく明かした一冊。初心者にわかりやすいものもあれば、「肉の号泣会見だ!」というような玄人向けまで「たとえ」の質、量ともに豊富なせきしろ流ハウツー本

(取材・文/テクモトテク 撮影/山上徳幸)