スマホも持っていないという矢口史靖監督。「電気を止めてしまえば、もっと世界が楽になるのに(笑)」

『ウォーターボーイズ』(01)、『スウィングガールズ』(04)など次々とヒット作を送り出してきた矢口史靖(やぐち・しのぶ)監督の最新作『サバイバルファミリー』が2月11日に全国公開される。

常に意表を突くテーマで話題を提供する矢口監督だが、今作の題材は「もし、電気がなくなったら」――。

現代社会で当たり前となったスマホも家電も使えない世界で、サバイバル能力ゼロの家族が必死になって生き延びようとする、滑稽でドン臭さ満載ながら家族の再生にじわっと胸アツなヒューマンムービーだ。

小日向文世(父)、深津絵里(母)、泉澤祐希(長男)、葵わかな(長女)演じる鈴木一家のダメっぷりにはイライラ、ヒヤヒヤしっぱなし! そしてリアルなロケハンを経ての役立つサバイバル豆知識も満載、実生活でも役立つこと間違いなし!?

その独特の着想を得る思考の源は? 作品にこめられた意外な意図とは? 小説『サバイバルファミリー』も上梓し、新境地を切り拓いた矢口監督の素顔から過酷な撮影の裏話までたっぷりと迫った!

* * *

―「電気が全く使えない」という着想はかなり前に得られていたとか…。

矢口 そうなんです。『ウォーターボーイズ』の次にやろうとしていました。元々、僕が機械やパソコンが苦手だったので、電気を止めてしまえば、もっと世界が楽になるのにという(笑)、逆恨みのような感じですね。

―(笑)。2003年に北米大停電の報道を見たのも直接のきっかけだとか?

矢口 ニューヨークのオフィスビル街の電気が全て消えちゃって、エアコンも効かず電車も動かず帰りようがないので、ブルックリン橋をぞろぞろ人が歩いているそのビジュアルにすごく惹かれて。都市部の電気が止まるだけでこんなことになるのが、僕としては映画になると確信を得た事件で、どうしても映画化したいとその時思ったんです。

―しかし実現にはずいぶん時間がかかりましたね。

矢口 すごい世界になると確信してプロットを書き始めたのですが、スケールがでかすぎて難しいと言われて。その後、他の映画を撮る間もずっとやりたいと思っていたんです。企画会議のたびにいつも後回しにされてたんですが、今回初めて制作会社の社長から「あの電気のやつ、そろそろどうだろう」と言ってもらえて。

―なぜ、このタイミングだったんでしょうね?

矢口 たぶんCG技術が凄く上がってきて、このシナリオがCGで実現できるようになったというのがあったんでしょうね。それでOKと言ったつもりが、僕が全部ロケでやりたいと言ったんで、みんなひっくり返ったと思います。「話が違う」って(笑)。

―矢口監督としては、3.11でさらにイメージが広がったというのはありますか?

矢口 いえ、それはほぼないです。逆にあの地震の時に、もうこの企画は二度と作れないと思いました。あまりに痛みが深く、被災者も死者も行方不明者もたくさん出て、当事者の方々のことを考えると、とてもじゃないけど内容が近すぎる気がして…。

ただ、それが2年ぐらい経ってみると、当事者以外の人たち、例えば東京に住んでいる僕とかさらに西の人間にとっては、備蓄とか災害に対する準備や意識がものすごいスピードで薄れているなと。意外とみんな早く忘れるんだと思って、作るならさらに時間が経つよりは今だろうと。

僕も実はスマホを持ってないんで…

―この時代、スマホやネットへの依存もさらに進み、より面白さや現実味が増してる気が。

矢口 はい、それは特に思います。中学、高校に上がればスマホを持たせてもらえたりして、友達同士のツールでもあるし、何かを調べるのもスマホで済むから、家族の中でも「お父さん、あれどうやるんだっけ?」「お母さん、あれは?」という会話すらない。僕はそこをすごく歪(いびつ)に感じていて。

だけど、それを正す方法はないんですよ。今さら捨てられないし、「月に1回電源オフDAY」とか誰かが運動でやっても、早くONにさせてくれないかなとソワソワするだけでしょう。だったらもうこれぐらい天変地異が起きないと、130年前の電気のない状況には戻れない。なので、SFチックな設定ではありますが「もしかしたらあるかもよ?」と。

―130年…そう考えると意外と近いですよね。

矢口 そう、恐竜とか戦国時代とかじゃないんです。それでもみんな普通に生活してたんで。でも今、そんな状況が突然来たら、次の日から「どうしよう」って生きるか死ぬかの瀬戸際に追い詰められちゃう。便利すぎる道具に囲まれて、当たり前になっちゃってるからですよね。…って言ってる僕も、実はスマホを持ってないんで。

―えっ、そうなんですか!? 

矢口 苦手なんです。そのくせアウトドアも苦手。しかも普段、電動アシストなんですよ、自転車が(苦笑)。

―それ、作品の中でもNGって話じゃないですか(笑)。

矢口 あれは絶対ダメ! 電池が切れたら逆に重たいんで。

―撮影では、そのオールロケにこだわって。一家が自転車で九州をめざすロードムービーにもなっていますが、中でも、一家が川を筏(いかだ)で渡るシーンはなんと11月に敢行されたとか…過酷すぎです。

矢口 過酷なのは俳優さん達だけなんですけどね。後で水温は7度だったと聞いて。カメラマンや照明さんも辛そうにしてるなぁとは思ってましたけど、僕は温かい格好をして安全なところから「いい画が撮れている!」とニヤニヤしてました。

―(笑)。それをものともせず演じている俳優さんたちはすごいです。

矢口 そうですね。あのシーンは初夏の設定なので、絶対に寒そうに見えちゃいけなかったんです。だから、もし息が白くなるようなら氷を口に入れてくださいとお願いしていました。もうすごい目で睨(にら)まれましたけど(笑)。

―小日向さんなんて、若々しく見えて実はもう63歳ですし。

矢口 ですよね。キャスティングした時は50代半ばのつもりで。全然60代には見えないから酷使しても大丈夫、いける、と! まぁなんとか生きて帰ってきてくれたんで(笑)。でも豚を追いかけるシーンが一番辛かったみたいですよ。頑張りすぎて振り落とされて、アバラにヒビが入ったって。小日向さんの自己診断ですけどね!

(C)2017フジテレビジョン 東宝 電通 アルタミラピクチャーズ

ルールは一切なしって解放感が大好き

―小日向さん、完成披露試写でもそれをネタにしてましたけど(笑)。

矢口 まぁ100キロ以上ある食肉用の豚ちゃんでデカいんですよ。普通は俳優さんが動物と絡む時はトレーナーさんがいて、言うことを聞かせられる犬や猫を連れてくるんですけど、豚にはトレーナーもへったくれもなくて、単独で豚だけがきたんです。何するかわからないから「とにかく捕まえてください」としか僕もいいようがなくて。

―演出どころじゃなく(笑)。そんな危険を伴うロケだと、役者さんの保険とかもしっかり?

矢口 僕は知らないなぁ…(笑)。でも4人は入ってるんじゃないですか? 豚も噛むかもしれないと言われてましたし、踏まれるかもしれないですし…会社に聞いときます(笑)。※後日確認したところ、役者は保険に入っていますとのこと。

―契約までは監督も関知してないと(笑)。脚本を書かれる前には実ルートのロケハンも行かれて。その経験からバッテリー補充液を飲料水代わりにするアイデアも?

矢口 鈴木一家が辿るコースをなぞって車で移動したんです。まずは高速道路を静岡方面に向かうと、このあたりで水がなくなる。売ってもいない…。じゃあホームセンターに行ってみようと、それで見つけたのがバッテリー補充液。精製水なのは知っていましたけど、ラベルにはどのメーカーも「飲めません」と書いてある。じゃあみんなで飲んでみてお腹を壊さなかったら採用しようということで。同じ調子で猫缶も食べて。

あと、雑草ですね。サバイバル研究家の方に取材をして食べられる草を聞いていたので、それを食べたりして、よしこれも大丈夫だと。そうやってアイデアを練っていったんです。きっとここで川に遭遇する、線路に上がるみたいな景色も反映されています。

―日本坂の2キロのトンネルでのエピソードは、確かにあり得る!と思いました。

矢口 あれも実際に通った時に浮かんだアイデアで。こんなに深いトンネルは絶対に光は届かないよねという話になり、じゃあどうやって行くんだろう。戻るのか? いやいや、ここに例えば、こんな人たちがいて稼ぎにしてたら…とか。行ってみないと思いつかないことがいっぱいありましたね。

―高速道路を自転車で楽しそうに走るシーンなんかは、緊急時らしからぬ解放感もありました。

矢口 あれは僕がホントにやりたかったことです。ゾンビ映画とか隕石衝突とかそういう映画って、公開されるとつい観に行っちゃうんですね。なぜかというと、あの解放感が好きで。縛られるルールもない。守んなきゃいけない信号もない。危ないけど、ルールは一切なしで何してもいいっていう状況が大好きなんです。

本来だったら大パニックですけど、この映画では敵もいないし災害も起きていない。主人公一家はだんだん食料もなくなって大変な目に遭っていきますけど、それに気づくまでは「なんて自由なんだ」という解放感がある。その気持ちよさって大好きなんですよね。

―何にも囚われてないという、日常から解放された逃避行なんですね。

矢口 ただ、鈴木家は計画性がなさすぎて、どんどん危険な目に遭いますけどね(笑)。

後編⇒スマホも家電も使えない世界でダメ家族がサバイバル!? 矢口史靖監督「ヒーローよりも凡才に光が当たる瞬間が好きなんです」

(取材・文・撮影/明知真理子)

●矢口史靖(やぐち・しのぶ)1967年5月30日生まれ。大学で自主映画を撮り始め、『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』など数々のヒット作を生み出す。オリジナル脚本にこだわり、ユニークな題材をコミカルでヒューマニティーあふれる独自な作品に仕立て上げる日本を代表する映画監督。

【左】映画『サバイバルファミリー』2017年2月11日全国ロードショー (C)2017フジテレビジョン 東宝 電通 アルタミラピクチャーズ 【右】原作小説『サバイバルファミリー』(集英社 1000円+税)

■映画『サバイバルファミリー』2017年2月11日全国ロードショー 公式サイトをチェック! 

■原作小説『サバイバルファミリー』(集英社)(1000円+税)