「ヒーローよりも凡才の人に光が当たる瞬間が好き」だと語る矢口史靖監督

『ウォーターボーイズ』(01)、『スウィングガールズ』(04)など次々とヒット作を送り出してきた矢口史靖(やぐち・しのぶ)監督の最新作『サバイバルファミリー』が2月11日に全国公開。

常に意表を突くテーマで話題を提供する矢口監督だが、今作の題材は「もし、電気がなくなったら」――。

現代社会で当たり前となったスマホも家電も使えない世界で、サバイバル能力ゼロの家族が必死になって生き延びようとする、滑稽でドン臭さ満載ながら家族の再生にじわっと胸アツなヒューマンムービーだ。

小日向文世(父)、深津絵里(母)、泉澤祐希(長男)、葵わかな(長女)演じる鈴木一家のダメっぷりにはイライラ、ヒヤヒヤしっぱなし! そしてリアルなロケハンを経ての役立つサバイバル豆知識も満載、実生活でも役立つこと間違いなし!?

その独特の着想を得る思考の源は? 作品にこめられた意外な意図とは? 前編記事に続き、小説『サバイバルファミリー』も上梓し、新境地を切り拓いた矢口監督の素顔から過酷な撮影の裏話までたっぷりと迫った!

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―作品の中盤、大阪まで辿(たど)り着いたけど、そこでも一家が絶望する。深津絵里さん演じる妻が、夫についてかねがね思っていた本心をついぶちまけてしまうシーンでは、深刻なのに爆笑してしまいます(笑)。

矢口 試写をやって面白いのは、あそこで大笑いしたのがほとんど女性なんですよ。大抵のおじさま方はグサッとくるみたいで。非常に可哀想な感じになります(笑)。僕はその家族のケンカのシーンは笑えない悲劇だと思って描いていて。たぶん、父親に感情移入してるんでしょうね。でも、お客さんはそういう風に反応するんだと。

―そういう心理はご自分でも後で気付くものですか? あまりメッセージやテーマ性を念頭に置いて作品作りされるタイプではないですよね…。

矢口 はい、その通りです。やっぱり映画はお客さんのもので「ああ、そういう反応なのか」という発見が完成した後にいろいろあります。だから、こう観てくださいとか、違いますよとかいう気持ちは毛頭なくて。同じ場面でもそれぞれの視点で反応が分かれるっていうのが、やっぱり面白いと思います。

―それもあって、小説版のほうでは家族4人それぞれの視点から描いている?

矢口 そうですね。4人分の視点で描いてますね。

―そのノベライズでは特に妻の思考回路がわかりやすくて、若い頃は旦那をグイグイ引っ張ってくれて男らしいと思っていたけど、実は無計画で主体性もなかっただけと気づいていく。ダメ人間の代表みたいな描かれ方です。

矢口 でも、大抵のお父さんってこんなもんですよ。夫婦は育った環境も違うし、元々が他人なわけで、がっちり一枚岩っていない気がします。しかも旦那が一生懸命、仕事に邁進すればするほど家族との距離は離れていきがちですよね。父親の悪口を子供に吹き込むのもお母さんで(笑)。子供と母親はなんだかんだ仲良くても、父親は蚊帳(かや)の外に出されちゃうもんだと。僕はそうはなりたくないですけど(笑)。

―そこで鈴木一家とは対照的な、サバイバル上手でイケてる一家が途中で出てきます。夫婦役を時任三郎さんと藤原紀香さんが演じて、イケすぎてるのがちょっと癪(しゃく)に障るという(笑)。それも狙ってるところだった?

矢口 はい、そうです。ダメダメな鈴木一家はみんな背も大きくなくてボロボロなんですけど、あっちは全員背が高くて、あんなに清潔で爽やかにいられる。あまりに差が激しすぎて可哀想になっちゃうんです。

ホントだったら相当早めに生き倒れてます

―小説版だと、彼らの描写やバックグラウンドも伝わって、より素直にカッコよさが共感しやすいです。

矢口 観客が鈴木一家に肩入れしてくれている証拠だとは思いますけど、あの一家こそ、理想ではありますよね。苛酷な状況でもレジャーを楽しむ余裕があって。ポジティブで精神的にアップな状態を作れると生き延びやすいと思います。逆に鈴木一家はもう完全なる反面教師で、父親のせいで和が壊れている。“最悪”“もう絶対死ぬ”って精神構造になってると、やっぱり体も弱って…ホントだったら相当早めに生き倒れてますから(笑)。

―そういう意味では、矢口さんの作品はシニカルなのに救いがあり、生きている人たちをちゃんと肯定して。サバイバルで死ぬ映画は多々あれど、決してそうしないですし。

矢口 僕、ダメ人間が好きなんですよ。スーパーヒーローの映画ってカッコいいし憧れますけど、僕は作れないんです。ダメな人とか普通の“鈴木さん”のほうが作る楽しみも観る楽しみもある。ヒーローよりも凡才の人に光が当たる瞬間が好きなんですよね。

僕自身、たぶん映画での小日向さんぐらいのサバイバル能力しかなくて、なんにもできない。そういうのって、少し光が当たるだけで「よく頑張った」「やるじゃん!」って思えるじゃないですか。ヒーローだったら地球壊滅を阻止するぐらいの大活躍をしないとダメだけど(笑)、ダメ人間ならちょっと頑張ればOKなので。そういう凡才が大好きなんで、だから名前も鈴木にしましたし。

―そんな普通のどこにでもいそうなダメ一家が再生する物語にしたのは、会話もないような今の歪(いびつ)な家族関係に対するアンチテーゼも?

矢口 うーん、でもそれは無理! 鈴木家が仲良くなれたのは生きるか死ぬかのとんでもない冒険を共有したからで。全員が同じ目に遭って、お腹が空いてという苦労を共にしたからこそ気持ちが一致するわけです。まぁこの映画を家族で観てもらって、ちょっと省みてもいいのかなとは思いますけど。

―今回は翻弄される家族ですが、初期の『ひみつの花園』(97)ではひとりでのサバイバルというか、運命に翻弄される個人の必死さと滑稽さを描いている部分がありました。そこには当然、この20年で自身の意識にも変化が?

矢口 自分自身の環境の変化もありますし、親を冷静に観られるようになったのも大きいかもしれない。若い時はもう“家を飛び出したい”“カッコ悪い”とか。近くて嫌なものだった親を、離れてみると「ちょっと面白いな」って客観的に観られるようになったんです。すると、いろんなシチュエーションを描けるぞと気付いて。自分自身が歳を取ったことでフィールドが広がったのかもしれないですね。

―ここ最近は作品のノベライズも自ら執筆されて。登場人物の心象や状況説明など細部もより理解でき楽しめますが、構想を脚本化し、小説を書いてから映画に入っているのかと思いきや、逆で撮り終わってから取りかかるという。

矢口 小説を出してから映画化するほうが宣伝しやすいと勧められるんですけどね(笑)。完全に“映画脳”なんで、映画で観るんだったらこれが面白いと、まず映像になるようにアイデアを考えるし脚本を書くんです。そうすると大体2時間ぐらいのお話になるので、小説では全然足りない。だから後から考えて、付け足し付け足しで小説にしています。

(C)2017フジテレビジョン 東宝 電通 アルタミラピクチャーズ

僕の作るものも真に受けないでほしい(笑)

―先に小説にして、細部をカチッと固めたほうが楽とかはないんでしょうか? 

矢口 欲が湧かないんです。書けって言われるから無理して書いてるという(笑)。室内犬が無理やりドッグランとか砂浜に連れて行かれているような状態で「いや、おうちに帰りたいんですけど」って最初ソワソワして。脚本で全部やり尽くしてるし書き方も違うから。

でも毎回、走っているうちに「あれ、なんかちょっと楽しい」ってなるんです。だんだんそのフィールドに慣れてきて「小説って、全然違うことができるんだ」と気づいて楽しくなって、いつの間にか文量もちゃんと足りる小説になってる感じですかね。

―やっぱりまずは映画ありきなんですね。それでいうと、長い構想の間にネタを常に仕込んでストックするのではなく、制作が決まってから取材やロケハンを始めるというのも意外でした。

矢口 長い時間をかける人もいると思うんですけど、ある瞬発力が必要なんですね。映画の撮影ってすごく長いと思われてますけど、1ヵ月か長くて2ヵ月。そこに集中するためにどれだけ段取りよくまとめるかという作業なので、いくらでも時間をかけていいとなると逆にやりづらいんです。

―普段からサバイバル的な参考資料などを集めたりもしなかったんですか?

矢口 いえ、全然。さぁやろうとなった時にサバイバル本を買ったりした程度ですね。そんなに勉強家じゃないです。どちらかというと、来たお皿の寿司を取るほうで、自分から板さんには頼まない(笑)。でも、それがいいのかなと思います。今までの題材でも、僕はその世界を完全には信じてないんで。

―信じていないとは?

矢口 男のシンクロもジャズも、飛行機もロボットも、好きな所もあればダメな所もあるようなネタが好きなんですよ。それに傾倒しすぎていると、良さを伝えたくて仕方なくなってしまう。「これ正しいよね!」ってお客さんを啓蒙するようになっちゃうと危ないなと。どこかで疑いを持って「こういうとこちょっとカッコ悪いと思うんですけど…」ぐらいのバランスでやるのが好きなんです。

―そのネタに自ら心酔しているわけではないと。確かに、ハマって美化してしまうと、ただ美しく礼賛する作品になってしまうかもしれません。

矢口 それで世に広める人もいるでしょうけど、僕はどっちかというと半信半疑の題材が好きです。

―だから第三者的に客観視して滑稽にも描けるのですね。

矢口 だから、お客さんにもこれが正しいんだと思うんじゃなく、まあいろんな見方があるよねくらいでいてほしいなと。田舎に住むのもありだし、自分だったら都会のほうがいいかもな…とか。それは自由であってほしい。なので、信頼されたくないというか、あんまり僕の作るものも真に受けないでほしいですね(笑)。

―なるほど。そこも矢口監督らしさということで。とても興味深いお話でした(笑)。いよいよ11日に公開、観客の反応も楽しみです。今日は長時間ありがとうございました!

(取材・文・撮影/明知真理子)

●矢口史靖(やぐち・しのぶ)1967年5月30日生まれ。大学で自主映画を撮り始め、『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』など数々のヒット作を生み出す。オリジナル脚本にこだわり、ユニークな題材をコミカルでヒューマニティーあふれる独自な作品に仕立て上げる日本を代表する映画監督。

【左】映画『サバイバルファミリー』2017年2月11日全国ロードショー (C)2017フジテレビジョン 東宝 電通 アルタミラピクチャーズ 【右】原作小説『サバイバルファミリー』(集英社 1000円+税)

■映画『サバイバルファミリー』2017年2月11日全国ロードショー 公式サイトもチェック!  ■原作小説『サバイバルファミリー』(集英社)(1000円+税)