「ゲリラ的な常識のまま社会に浸透したことで、既存の一般常識との衝突が起こっている。今こそネットというものがもっと大人にならなければ」と語る藤代裕之氏

通学や通勤途中はもちろん、ちょっとした空き時間に『Yahoo!ニュース』や『LINE NEWS』などを何げなく眺めている人は多いだろう。スマホ時代になって、ネットニュースはいっそう身近なものとなったが、その情報は時に不確かで、なかには「デマ」も少なくない。

では、このネット社会のなかで、いかにしてニュースと付き合っていくべきなのか? 近著『ネットメディア覇権戦争』で、その課題に取り組んだ法政大学准教授の藤代裕之氏に話を聞いた。

―本書でも触れられている『WELQ(ウェルク)』問題(DeNAが運営する健康・医療系まとめサイトに掲載された記事内容に誤りや無断転載が見つかった)は記憶に新しいところですが、ネット上の偽ニュースに対する風当たりが強くなってきました。

藤代 今年はiPhone誕生から10年になりますが、それ以前は、インターネットはパソコンで利用するもので、ネットニュースに触れる人のリテラシーは今より高かったと思います。

ところが、昨今はスマホが普及し、ネット上の慣習や一般常識を知らない人でも、気軽にネットを利用できるようになりました。そのためニュースにしても、Yahoo!でたまたま目にした情報や、SNSで流れてきた情報をそのままうのみにしてしまうユーザーが少なくない。たとえそれが不確かな内容であったとしても、真実として受け止められてしまい、デマが拡大する。偽ニュース問題の根源は、まずここにあります。

―有名企業のYahoo!が流すニュースとなれば、大抵の人はそれだけで信憑(しんぴょう)性を感じるということでしょうか?

藤代 はい、そして多くのユーザーは、そのニュースを発信したのがどこのメディアなのかという点にまでは、なかなか頭が回りません。しかし、ニュースメディアは大まかに、自ら記事を制作して発信するメディアと他社が発信する記事を流すだけのプラットフォームに分かれています。

Yahoo!は一部、自社でも記事制作を行なっていますが、基本的にはプラットフォームとしての役割が大きく、Yahoo!で目にしたからといっても記事の発信源は別にある可能性がある。つまり、なんらかのニュースについて「Yahoo!で見た」と言うのは、「本屋で見た」と言っているのと同じことです。

―ネットニュースは、その発信源がどこかということまでユーザーが気を配るべきだ、と?

藤代 そう思います。WELQ問題を見てもわかるように、ネット上にはとんでもないデマが普通に流れています。つまり、ニュースも野菜などと同様に、ちゃんと“産地”を確認しなければ、安心は得られないわけです。いわば、よくわからない食べ物を、知らず知らずのうちに口にしているような人が大勢いるのが現状なんです。

ネット企業は、記事内容の正確性について保証していない

―なぜ、ネットニュースがこのようなわかりにくい状態に陥ってしまったのでしょうか?

藤代 Yahoo!や『SmartNews』などで見た情報、あるいはSNSで見た情報をユーザーがうのみにしてしまう状況を、プラットフォームのネット企業側が放置してきたからではないでしょうか。彼らは記事内容の正確性については保証していません。たとえ、流したニュースがデマであったとしても、自分たちはそれを右から左に流しているだけで、責任は発信者にありますよと知らん顔をして、アクセス数を稼いでいる。これを極限まで振り切ったのがWELQだったわけです。

ただ、WELQを運営していたDeNAも、これほど大きな問題になったことに驚いているのではないでしょうか。なぜなら、彼らがやってきたことはネット上では長らく常識とされていたことにすぎないからです。

―本書は非常にタイムリーな内容です。執筆のモチベーションは、これが今こそ必要な知識であるという使命感でしょうか。

藤代 というよりも、ネットというのはもともとオルタナティブでゲリラ的なものだったんですよ。ところが登場から20年を経て、そのゲリラ的な常識のままネットが社会に浸透したことで、既存の一般常識との衝突が起こっている。だから、今こそネットというものがもっと大人にならなければならないと、個人的に強く感じたんです。

そもそも、自分のスマホにどのような仕組みでニュースが届いているのか、正しく説明できる人はほとんどいないでしょう。これが新聞や雑誌であれば、記者がいて編集長がいて…と、おおよそ想像がつくわけです。しかし、何がどうなってつくられたかわからない情報を、なぜかみんな信じてしまっている。これでは偽ニュースが広がるのも当然かもしれません。

―そうした偽ニュースは、WELQ問題などをきっかけに、根絶されるのでしょうか?

藤代 いえ、偽ニュースは絶対になくならないでしょう。だから、ユーザーが自らニュースを正しく読むスキルを身につけなければなりません。これは構造的な問題も大きいです。例えば、Yahoo!のトップページを開くと、6つのトップニュースの下に、各ユーザーの嗜好(しこう)に応じたレコメンドニュースが表示される仕組みになっています(*スマホ版画面)。

つまり、レコメンド部分はユーザーによってそれぞれ表示される情報が異なっていて、それを知らず、みんなが自分と同じ情報に触れていると思い込んでいる人は多いはず。Yahoo!は、そうした仕組みの理解をユーザー側に求めているわけですが、ともすれば自分にとって都合のいい興味、関心のある情報にばかり触れることにつながりかねません。

―では、偽ニュースにダマされないためには、どうすればいいのでしょう?

藤代 繰り返しになりますが、「このネットニュースはどこが書いた情報なのか」を常に意識しておくことです。そのニュースの“生産者”がどこかによって情報の信憑性を判断することが、まずわれわれにできる自己防衛術でしょう。

また、新聞や雑誌がそのままパッケージングされた電子版を購読するのもひとつの手です。例えば、日経新聞の電子版にしても購読料がかかりますが、責任の所在がはっきりした安全な情報源といえます。無料で読めるネットニュースは多いですが、時には脳に栄養を与えるための投資と割り切ることも大切でしょうね。

●藤代裕之(ふじしろ・ひろゆき)法政大学社会学部メディア社会学科准教授、ジャーナリスト。広島大学卒業。立教大学21世紀社会デザイン研究科修士課程修了。徳島新聞社で記者職を経験した後、NTTレゾナントでニュースデスクや新サービスの立ち上げを担当。ソーシャルメディア時代のメディアとジャーナリズムをテーマに、取材、研究、実践活動を行なっている。主な著書に『地域ではたらく「風の人」という新しい選択』(共著、ハーベスト出版)、『ソーシャルメディア論 つながりを再設計する』(編著、青弓社)など

■『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』 光文社新書 800円+税インターネット上にはびこる不確実な情報=偽ニュース。この偽ニュースはいかに生まれ、いかに拡散されるのか? その背景と構造を明らかにし、Yahoo!やLINE、SmartNewsなど、5つのニュースメディアが繰り広げてきた攻防を徹底分析する

(インタビュー・文/友清 哲 撮影/岡倉禎志)