新体制発表の記者会見で、意気込みを語った中村俊輔

Jリーグのストーブリーグは、久々に熱かった。

3年連続J1リーグ得点王(2013~2015年)の大久保嘉人が川崎フロンターレからFC東京に移り、セビージャ(スペイン)に所属していた清武弘嗣が4年半ぶりに国内復帰するなど、“ビッグネーム”の移籍が相次いだ。

中でも最大の驚きと期待と共に注目を集めたのが、中村俊輔のジュビロ磐田への加入だろう。

計13年間所属した横浜F・マリノスを離れ、「完全燃焼して悔いのない終わり方をしたい」という思いで、かつて日本代表で共にプレーした名波浩監督のもとに飛び込んだ。

サックスブルーの10番のユニホームに初めて袖を通し、名波監督の隣に立った1月13日の新体制発表記者会見から約1ヵ月。“俊輔効果”はすでに様々なところに表れている。

チームの始動日は雪に見舞われるあいにくの天候だったにも関わらず、例年をはるかに超える700人のファン、サポーターが練習場に詰めかけ、新10番の一挙手一投足を見守った。新デザインとなったユニホームの売れ行きも好調で、オフィシャルショップ1店舗の売上が、販売受付の始まった初日だけで1千枚を突破。シーズンチケットも続々と売り切れた。

もちろんピッチ内でも、その効果は至るところで見て取れる。

全体練習が終わった後、率先して居残り練習に励むチーム最年長に触発されて、若手選手はもちろん、ベテランと呼ばれる年齢の選手まで自主練習をするようになったという。名波監督が目を細めるようにして打ち明ける。

「これまでも居残り練習をする選手はいたけれど、今はその塊が2ヵ所、3ヵ所と増えている。『居残って練習したいやつは20分間ね』ってみんなに話すんだけど、それは俊輔に言っているようなもの。何も言わなかったら1時間くらいはずっとやっちゃうからね」

チームの中で最も実績があり、最も技術レベルの高い選手が今なお人一倍ボールを蹴っている。その姿から若手選手は学ぶこと、気づくことがたくさんあるはずだ。

今シーズン、昌平高校から加入した針谷岳晃も俊輔からプレーのヒントやプロの心構えを学んでいるひとりだ。名波監督が「昔の自分を見るようだ」と賞賛する高卒ルーキーは、2月8日のニューイヤーカップのギラヴァンツ北九州戦でトップ下を務めたが、ハーフタイムにこの日はメンバー外だった俊輔からこんなアドバイスを送られたという。

「相手の嫌がるところにもっと入っていかないと。あとはボランチとの関係性を意識できるようになれば、もっと簡単にパスをさばけるようになる」

経験に裏打ちされたアドバイスのひとつひとつが、磐田の未来を背負う若者の頭の中をクリアにしていくに違いない。

プレーに込められた俊輔のメッセージ

俊輔のメッセージは言葉だけでなく、プレーにも込められている。

2月5日、同大会のロアッソ熊本戦で開始5分、両チームを通じて最初のシュートとなるミドルをやや強引に放った俊輔は、1分後にもショートコーナーのリターンを受けてシュートまで持ち込んだ。そのプレーにはこんな意図があった。

「シュートを打ったり、ボールを持ったりして、時間を作って味方に自信を与えたかった。少し無理をしてでも、『こっちがゲームを支配しているんだよ』と示すようなプレーを意識していた」

明確な狙いを持ったプレーに、これから毎試合のように接することになるのだから、同じピッチに立ってそれを感じ取れた若手は「サッカーインテリジェンス」をぐんぐん伸ばしていくはずだ。

実は磐田は昨シーズン、シュートに結びついたスルーパスの本数がたった4本しかなかった。シュートが決まった本数ではなく、1試合平均の本数でもない。全34試合、年間で4本しかなかったのだ。「その数字を知った時は驚愕したよね」と名波監督は苦笑する。

1トップを務めたジェイは身長190cmを誇るターゲットマンで、スルーパスに抜け出すタイプではなかったが、それを差し引いてもチーム内にスルーパスで崩してゴールを狙う意識が低かったのは確かだ。

「そういうサッカーをやりたかったわけじゃないけど、ジェイのストロングポイントを生かさないといけない。でも、あまりにそっち(空中戦)に寄りすぎてしまった。今シーズンは俊輔が加わったんだから、それだけで何が変わるか一目瞭然。ラストパスの精度がさらに上がるだろうね」

もちろん、名波監督も俊輔ひとりに頼ったチームを作る気は毛頭ないはずだ。

その点でカギを握るのが、トップ下の俊輔の後方にポジションを取るボランチの人選だ。攻撃センスを備える松本昌也や川辺駿がボランチに入れば、俊輔が左右に流れたり、降りてきたりして空いたトップ下のスペースに飛び出していく。俊輔と同じレフティで、プレーメーカーの上田康太が入れば、ダブル司令塔として、時には俊輔を囮(おとり)に使ってボールを動かしても面白い。

また、守備力が高いウズベキスタン代表のムサエフがボランチを務めるなら、俊輔の守備の負担を減らすために後方支援に徹したい。俊輔の背後に誰を置くかで磐田は多彩な色を放つことになる。

「チームメイトといい関係を築ければ、1+1がそれ以上のものになる。それがどれくらい計り知れないものか、皆さんに見ていただきたい」

1月13日の新体制発表記者会見で名波監督は、こう宣言した。「俊輔+α」でチームがどのような輝きを放つのか。稀代のレフティを触媒とした新生ジュビロの化学反応を楽しみにしたい。

(取材・文/飯尾篤史 撮影/藤田真郷)