ドゥテルテの実妹、ジョセリンさん。DDSの存在については「見たことがない」としつつも、フィリピンの麻薬汚染の深刻さを訴え、麻薬撲滅戦争の正当性を強調した

フィリピンのドゥテルテ大統領が「戦争」と呼ぶ麻薬撲滅作戦。そこで暗躍する“暗殺部隊”の源流が彼の地元ダバオ市に存在する。

報復を恐れて、口を閉ざす多くの関係者に直撃し、謎に包まれた組織の正体に迫る渾身の現地ルポ!(前編記事→「ドゥテルテ大統領が操る謎の暗殺組織『ダバオ・デス・スクワッド』の元構成員を直撃!」参照)

■ドゥテルテの妹が語る麻薬汚染のリアル

昨年9月、上院議事堂で開かれた公聴会にDDSの元メンバーを自称するエドガー・マトバト氏が出席した。彼は「かつて殺害した遺体を遺棄(いき)した場所」としてある場所の名を挙げたのだが、この証言は衝撃的だった。なぜなら、この場所に遺棄された遺体のなかに、なんとドゥテルテの実妹であるジョセリンさん(68歳)のダンスインストラクターを長年務めた男性も含まれていたというのだ

私は、ダバオ市中心部からクルマで西に数十分走った幹線道路沿いのその場所に行ってみた。だが、赤茶けた鉄製ゲートは南京錠で施錠され、「私有地につき進入禁止」と英語で書かれた札が取りつけられていた。近隣住民に聞いても、この場所がDDSに殺害された遺体の遺棄現場だったのかどうかは判然としない。

そこで、私は関係者を通じてジョセリンさんに連絡を取り、取材の承諾を得た。

マトバト氏が「遺体を遺棄した」と証言した現場。鉄扉の奥は枯れ葉が散乱した砂利道がカーブしながら下っていた

ジョセリンが語るDDSとは

ダバオ市内の高級ホテルに付き人の若い男と一緒に現れた彼女は、真っ赤なブラウスに純白のパンツという華やかで上品な装いだった。

ある程度、世間話をした後、私がマトバト氏の証言について話を切り出すと、ジョセリンさんは微笑を浮かべる余裕を見せてこう語った。

マトバト氏の証言はウソよ。そもそも私のダンスインストラクターは生きているわ」

隣にいた付き人がスマホを取り出し、私に液晶画面の画像を見せて言った。

「この男性がインストラクターだよ」

そこには白いワンピース姿のジョセリンさんと、黒いTシャツを着た筋肉質のフィリピン人男性が並んで写っていた。確かに、マトバト氏の証言は過激な内容が多かったため、国会議員の間でもその信憑性が疑問視されていたのだが…。

インストラクターの問題はともかくとして、DDSは実在するのか、しないのか? ジョセリンさんはその問いかけにこう語った。

「麻薬密売人が殺害されたという実態はあるかもしれない。でも、組織されたグループが暗躍しているのを目撃したことはない」

大統領となった兄は麻薬撲滅戦争を続行中(取材時)で、人権団体や国際社会からはやり玉に挙げられている。その現状を踏まえて彼女は続けた。

「何百万人という中毒者がいるこの国の麻薬問題は深刻。子供の中毒者もいて、家庭崩壊にもつながりかねない。人権侵害だと非難されているが、対象はあくまで違法行為に手を染めた人たちだ。一体、誰のための人権なのか!

確かに、私が取材をしたマニラの薬物中毒者更生施設でも、10代の入所者はザラで、これまでの最年少入所者はなんと7歳だった。フィリピンでは薬物中毒者の低年齢化が大きな社会問題になっており、ジョセリンさんの言葉はひとつの真実を突いている。

息子4人がDDSに相次いで殺害されたと涙ながらに訴えるクラリタさん。息子らは窃盗やシンナー吸引などの軽犯罪の容疑をかけられていたという。手にした写真には生前の息子たちが写っていた

DDSについて触れたがらない人々

■現在の「自警団」もDDSと同じ構造

私はダバオ市内の飲み屋で、再び現職警官のアレックスと向き合っていた。前回、約束の時間が終わる頃に、「実は機密部隊(DDS)に一時期、所属していたことがある」と漏らし始めたからだ。もう一度、じっくり話を聞きたかった。ところが…。

彼は部隊での自身の立場を、「遺体の遺棄場所を探す役回りだった」と説明した。だが、それ以上突っ込むと詳細をはぐらかす。容疑者の暗殺に何回関与したのかと尋ねると「20回以内」と答えたが、過去のケースをひとつひとつ指を折って数えているわけではなく、出任せで言った感じだ。それ以上の具体性はなく、すぐに話を逸(そ)らそうとする(後日、改めて確認すると「5回以内かな」と発言が一貫しなかった)。挙句の果てには、

「私には子供もいるし、守るべき家族がいる。話してしまえば自分の身を危険にさらすことになるかもしれない。だからケースの詳細については話すことはできない」

と言ったきり、貝のように口を閉ざしてしまった。

警察内部に暗殺もいとわぬ“グレーゾーン部隊”が存在するのはどうやら事実だ。だが、加害側・被害側問わず、直接関係した人々はなんらかの報復を恐れ、DDSについて触れたがらない。今回の一連の取材でも、ドゥテルテの妹ジョセリンさん以外はほぼ全員が「安全上の理由から名前の公表は控えてほしい」と匿名を希望した。

一方、メディアで「DDS」の名が持ち上がり、人権団体から批判されるたびに、野党や反体制側の勢力はそうした声を利用して政争の具にしてきた。それが結果的に、この部隊を実態以上に大きく見せてきたのかもしれない。そしておそらく、この構造はドゥテルテが大統領として手がける麻薬撲滅戦争の「自警団」でも変わらない。

ドゥテルテは1月末、韓国人殺害事件に絡む警察の不祥事を理由に「撲滅戦争を一時中断する」と発表したが、再開後は任期終了の22年まで続行すると明言している。

国民からは「自分も超法規的殺人の犠牲者になるのでは」と不安の声が上がる一方、撲滅戦争自体は支持するとの意見が大多数。この国には複雑な感情が交錯している。日本の常識では想像できないことかもしれないが、「貧困、犯罪、汚職といった悪循環が染みついた国を立て直すには、ドゥテルテのような独裁主義のほうが効果的だ」という見方にも一定の説得力を感じてしまう。それほどまでに、フィリピンという国は正常に機能していないのだ

「DDS」の謎に迫ろうとすればするほど、実在するのか否かという表面的な問いかけは空虚に映る。それよりも、長年続いたマルコス独裁政権が1986年に崩壊して以降、フィリピンが目指してきた民主化とはなんだったのか―という根本的な問いが、私の胸に突きつけられるのだった。

(取材・文・撮影/水谷竹秀)