昨シーズンについてふり返り語る、江夏豊氏と高橋由伸監督

就任1年目の昨季は首位カープに17.5ゲームの大差をつけられ、CSファーストステージで3位のベイスターズに敗北。リベンジに燃えるジャイアンツは今オフ、実績十分の新外国人、史上初の「FA選手3人獲り」など久々に大型補強を敢行した。

肌寒い2月の宮崎で、巨人軍の若き指揮官・高橋由伸監督がレジェンド左腕・江夏豊氏と熱く語り合った!

■監督1年目に戸惑ったこと

江夏 監督1年目の昨シーズンはいいときもあれば、苦しいときもあったと思う。そのなかであなた自身、何を学び、何を勉強した?

由伸監督 ひと言で言えば、全体を見ながらの試合運びです。正直、現役時代は自分のプレーにだけ集中していればよかった。しかし、監督になれば当然、ピッチャーのこともチーム全体の攻撃のことも考えないといけません。でも、思っていた以上に試合がスピーディでどんどん展開が変わっていく。ついていこうとしても、初めはなかなか追いつかないこともありました。

江夏 現役時代は外野手として打つことに専念してきた。これがあなたの野球人生だよな。一選手の立場から、どういう感覚で監督を見ていた? そして実際に自分自身が監督になってみて、どう感じた?

由伸監督 選手として第三者的な目で試合を見て、「本当はこうしたらいいんじゃないかな?」と思うのは簡単でしたし、甘かったなと監督になって初めて気がつきました。実際に自分で采配するとなると、「このほうがいいかもな?」「あのほうがいいかもな?」なんて迷っている時間はありませんでした。正解は終わってみないとわからないですけど、瞬時の判断が求められます。とにかく監督の自分が最終的に決断しなければなりません。責任の重さを感じましたし、采配の難しさも感じました。

江夏 何よりもチームが勝つために戦っているわけだから。ただ、選手のときだったらチームが負けたとしても、自分がヒットを2、3本打てば責任は全うできたよな?

由伸監督 そうなんです。そこが監督と選手の一番違うところですね。今、監督として、選手がいい成績を残してくれたらもちろんうれしいですけど、それ以上にチームの勝ち負けが重要ですから。

ただ、私が現役のときは「やっぱり自分の成績も大事だ」と思っていましたので、選手たちにははっきりと「自分の成績も勝敗と同じぐらい大事だよ」と言い聞かせています。

優勝したカープとの差

■17.5ゲーム差の最大の原因は?

江夏 今さら終わったことを言っても仕方ないんだけど、昨年は1位のカープに17.5というゲーム差をつけられて2位だったよな。これに関しては、どう思っている?

由伸監督 そうですね。カープにはそれだけの大差をつけられて、クライマックスシリーズでも結局、3位のベイスターズに負けてしまった…。そこはもう重く受け止めなきゃいけないですし、チームに力がないからこその結果であったと思います。

江夏 大きな目で見たら、力がないと感じるのは打つことかね? それとも守ることかね?

由伸監督 どちらもでしょう。どちらも足りないから、大きな差になったと思います。

江夏 何が足りなかった?

由伸監督 うーん、挙げたらキリがないですね…。まあでも、あともう1点、2点を取り切れていたら違っていたかもしれません。

江夏 フッフッフッ。

由伸監督 その1点、2点を取れないから勝てないんです。逆に言えば、終盤にピッチャーが1点、2点、取られるから負けるんです。そうならないように、私はじめ首脳陣がもっと工夫できなかったのか、ほかにやりようがなかったのか、何度も考えました。たとえ勝ったとしても「もう少しこうしたほうがよかったのかな」と常に反省点を考えていましたね。

江夏 考えてばっかりで、オフは面白くなかっただろ?

由伸監督 あっ、それも選手のときと違いました。現役時代は球場を離れると、頭の中から少し野球が消えていたので。

江夏 選手はそういう頭の切り替えが大事だもの。

由伸監督 はい。でも、今はなかなか切り替えられないですね。常に、頭の中に野球が残っています。休みの日でもずっと。それが当たり前なのか、自分が切り替えべたなのか、監督になってまだ日が浅いのでわかりません。でも、「監督というのはこういうものなのかなあ」とこのオフに感じましたね。

江夏 いい野球人生だよな、これも。考えて、考えて、勉強できるんだから。

由伸監督 本当にそうですね。終わったときに自分の中に何が残っているかわかりませんが、いい経験をして、いい勉強になっているかなと思います。

ジャイアンツは勝つことを義務づけられている

■勝利を義務づけられた巨人軍の責任感

江夏 2年目を迎える今年は心機一転、チームが大補強を行なった。このへんはどう?

由伸監督 私はもうジャイアンツしか知らないですし、ジャイアンツで育ってきた人間ですから、大補強は当たり前だと思っています。これは選手のときもそうでしたし、監督になった今もそうですが、勝つために足りなかった部分を補うのは当然のことだと考えています。

だからといって若い選手にチャンスがないかといったら、そういうわけではないでしょう。私自身も、そういった環境のなかでレギュラーを獲ってきましたから。二岡(智宏)も阿部(慎之助)も坂本(勇人)も長野(久義)もみんなそうです。ジャイアンツというのは、そういうチームなんだと。

江夏 特にジャイアンツというのは、勝つことを義務づけられているから。

由伸監督 はい。でも、それは決して悪いことではなくて、私はいい環境で野球をさせてもらったなと思っているんです。周りから見れば「厳しい環境」でも、われわれは「当たり前の環境」として育っていますから。「常に優勝しなくちゃいけない」と言われながら野球をやるのは、ある意味、選手たちにとっても悪いことではないのかなと思いますね。

江夏 確かに、絶えず周りから注目され、見つめられているっていうのはとってもいいことだと思う。プロとしての責任感も出てくるしな。

由伸監督 責任感が出て、励みにもなります。もともと私は責任感を持たなくちゃいけないと思ってプレーしてきました。今の選手たちも責任を感じながら野球をやっていると思います。

(構成/高橋安幸 撮影/五十嵐和博)

◆この対談の続きは『週刊プレイボーイ』11号「江夏豊のアウトロー野球論 春季キャンプSPECIAL対談」にてお読みいただけます!

●江夏 豊(えなつ・ゆたか)1948年生まれ、兵庫県出身。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍し、年間401奪三振、オールスター9連続奪三振などの記録を持つ、レジェンド左腕。通算成績は206勝158敗193セーブ

●高橋由伸(たかはし・よしのぶ)1975年生まれ、千葉県出身。桐蔭学園高校では甲子園に2度出場。高校通算30本塁打を放ち、慶應義塾大学へ進学。1年生からレギュラーを獲得。通算23本塁打は東京六大学野球の最多本塁打記録。97年、巨人からドラフト1位指名を受け、翌年入団。以来18年間、チームの中軸を担う。2015年オフ、球団から監督要請を受けて引退。16年から、第18代巨人軍監督としてチームを率いる。就任1年目は71勝69敗3分けでセ・リーグ2位