「極右のル・ペン氏がフランス大統領に選ばれる可能性は排除できなくなってきた」と語るメスメール氏

世界を震撼させた“トランプショック”がフランスで再現される? 4月に始まるフランス大統領選挙で極右政党・国民戦線の代表、マリーヌ・ル・ペン氏が急激に支持を伸ばしているのだ。

「週プレ外国人記者クラブ」第67回は、仏「ル・モンド」紙の東京特派員、フィリップ・メスメール氏に注目すべき候補や大統領選の行方について話を聞いた。ル・ペン大統領が誕生したら、世界はどうなる!?

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─トランプ大統領が就任して以来、アメリカ国内はもちろん、世界中が大変なことになっています。今年はヨーロッパでもフランスの大統領選挙や国民議会選挙、ドイツの連邦議会選挙など、重要な選挙が次々と控えています。フランス大統領選挙は今、どんな状況になっているのでしょう? やはり“トランプ旋風の余波が及んでいるのですか?

メスメール フランスの大統領選挙は2回に分けて行なわれます。まず4月末に1回目の投票があり、上位2名による「決戦投票」が5月上旬に行なわれる予定です。最終的な立候補の締め切りは3月16日ですが、既に出馬を表明している主な候補を紹介しましょう。

まずは極右の国民戦線(フロント・ナショナル)代表のマリーヌ・ル・ペン氏。彼女はフランス第一主義を掲げる、いわば“フランスのトランプ”ともいうべき存在で経済政策は保護主義、反移民受け入れ、反イスラム…といった面でもトランプ氏と共通する部分は多い。EUに対しても非常に批判的でEU離脱を訴えていて、急激に支持を伸ばしつつあります。

次に伝統的な右派、共和党のフランソワ・フィヨン氏。彼は経済政策では市場原理を優先する自由主義者で、社会保障や公共サービスよりも民間部門を重視する「小さな政府」を志向していますが、ル・ペン氏のように反EU主義者ではありません。非常に不人気なオランド政権によって、現与党である社会党が信頼を大きく失う中、これまで極右のル・ペン氏に対抗しうる現実的な有力候補と目されていましたが、夫人とふたりの子供たちに対して実体のない「架空雇用」で給与を支払い続けていたというスキャンダルが発覚して批判に晒(さら)されています。

そのフィヨン氏と共に、ル・ペン氏の対抗馬として期待されたのが、自ら「右でも左でもない」と主張する元銀行家のエマニュエル・マクロン氏で、彼は社会党・オランド政権のアドバイザーや経済相を務めた後、政権を離れて今回の大統領選に立候補しました。既存の右と左の両方を批判していますが、大まかに言って経済政策ではフィヨン氏に近く、社会保障や公共サービスに関しては社会党などの左派に近い。ただ、今のところ、ハッキリとした公約、マニュフェストを発表しておらず、その政策には曖昧(あいまい)な部分も多い。また、右派からも左派からも組織的な支援を受けられない点が難しいところです。

一方、社会党の候補となったのがブノワ・アモン氏。伝統的な左派で、社会保障や公共サービスの充実、労働者の保護などを訴えています。今回の大統領選挙では国民ひとりあたり月額600ユーロ(約7万2千円)の「ユニバーサル・ベーシックインカム」(全国民向け最低生活保障)導入や年金受給年齢の引き下げ、労働時間短縮の導入を訴えている点で注目されていますが、社会党は今のオランド政権があまりにも不人気で、信頼も大きく失われているため、苦しい戦いは避けられない。

そのアモン氏よりさらに「左」には、こちらもかつては社会党に所属していた急進左派のジャン=リュック・メロンション氏が立候補。共産党からも支持を受ける彼は、現在のEUのあり方を強く批判。EUが自由貿易優先の経済政策で加盟国の主権を犯し続けるのなら、フランスはEU離脱も考慮すべき…という立場です。

ル・ペン大統領誕生は、「EU崩壊」の序章?

─なるほど、本来なら真逆の立場である極右の国民戦線のル・ペン候補と、急進的左翼のメランション候補が共に「EU離脱」の可能性を訴えているあたりは、やはり対照的な立場のトランプとバーニー・サンダースが共に「反TPP」だったのと似ている気もします。そこで、ズバリ伺いたいのですが、極右のル・ペン候補がフランス大統領になる可能性は、どの程度、現実味があると思いますか?

メスメール うーん…。今から3ヵ月前に同じ質問を受けたら、いや、1ヵ月前でも「それは現実的にあり得ない」と答えていたでしょうね。しかし、今は残念ながら「その可能性は否定できない」と言わざるを得ません。

国民戦線のル・ペン氏は40%近い支持率を得ていて、世論調査での人気は断然1位。それ以外の候補が残りを分け合っているので、このまま行けば4月末の第1回投票では確実にル・ペン氏が首位に立つことになるでしょう。そこで問題になるのが2回目の投票で、1回目の投票で2位以下だった候補を支持した有権者が「反ル・ペン」で一体化できるかどうかです。伝統的保守のフィヨン氏から左派急進派のメランション氏まで、彼らの立場や政策にはそれぞれ違いも大きく、仮に「反ル・ペン」で結集するとしても、それがどこまで支持を伸ばせるかはわかりません。

ル・ペン氏は既に選挙公約を発表していて、その内容は私から見れば「バカげている」と感じるけれど、国民戦線の支持は減っていない。右派のフィヨン氏がスキャンダルで躓(つまづ)く中、国民戦線がさらに支持を伸ばし、それに加えて決選投票で投票率が下がるようなことがあれば…恐ろしいことですが、フランスの大統領に選ばれるという可能性は排除できなくなってきたと感じています。

─もし、ドイツと共にEUの中心国であるフランスに「反EU」を掲げる大統領が誕生したら、それは文字通り「EU崩壊」、あるいはその「始まり」を意味するのでは?

メスメール ル・ペン氏が大統領に選ばれたとしても、6月に予定されている国民議会選挙(フランスの総選挙)で極右の国民戦線が多数を占めることは難しいと思います。当然、彼女は難しい政権運営を強いられることになるでしょう。その中で本当にEU離脱を主張し「国民投票」まで行なうのかどうか…。今ここでフランスがEUを離脱して、ユーロから「フラン」に戻せば、経済界が大打撃を受けるのは確実ですから、私はいきなりEU離脱を実行に移すことはないのではと思っています。

ただし、ル・ペン氏がEU域内の「移動の自由」を認めた「シェンゲン協定」の見直しを強く求める可能性は高いでしょう。今回の選挙でも有権者の関心はEU離脱ではなく「移民問題」です。そうやって、彼女が各国の主権に基づく国境の管理や移民の排斥、フランス第一主義に基づく保護主義的な経済政策などを実現しようとすれば、必然的にEUを支えている基本的な理念や構造が壊れてゆくことになる…。

今年はフランスだけでなく、ドイツやオランダなどでも総選挙が予定されており、どの国でも反EUを訴える極右政党やポピュリスト政党、保護主義を訴える候補者などへの支持が高まりつつあります。そうした傾向が続き、ヨーロッパの他の国でも政権の方向性が大きく変わるようなことになれば、これから「イギリスの離脱」について具体的な議論に入ろうとしているEUにとって、大きなダメージとなることは間違いありません。

大統領選挙後、フランス社会も「分断」される

─アメリカでも当初「泡沫候補」と言われていたトランプが大統領になりましたが、それと同じようなことが起き得るとは、正直、思っていませんでした。アメリカ人に比べれば、フランス人のほうが「民主主義」への意識も高いと思っていたのですが。

メスメール 結局、アメリカで起きたことも今、フランスで起きていることも問題の根っこは同じなのだと思います。その根底にあるのはいずれも自由な市場経済の原理を優先してきた結果としての「格差の拡大」や「貧困」の問題です。その犠牲になった、見捨てられた人たちが右派・左派を超えて既存の政治にウンザリしているし、それを支えてきたメディアへの信頼も失われている。

そういう「見捨てられた人たち」の心の虚(うつ)ろに「既得権益を持つエスタブリッシュメントこそがお前たちの敵だ!」と訴える、あるいは「移民やイスラム教徒が脅威をもたらしている」と訴えて、怒りや憎しみの気持ちを利用するトランプ氏やル・ペン氏のようなポピュリストが現れると、人々の心は一気にそちらの方向に流れてしまうのです。

─その意味では世界中どこで起きても不思議なことではないし、ここ数年、この日本で起きていることも基本的には同じだといえるかもしれませんね。

メスメール そう思います。いずれにせよ、フランスの大統領選挙については、現時点でまだ不確定な部分も多く、正直、どうなるのか予想ができません。ル・ペン氏と共に決戦投票に残るのは、スキャンダルへの批判がやや下火になってきた右派のフィヨン氏か、依然、公約を明らかにしていない中道のマクロン氏か…。

決選投票で反ル・ペン陣営がどこまで結集できるのか…。ハッキリしているのは、アメリカと同様、大統領選挙後のフランス社会がその結果にかかわらず、様々な意味で「分断」されるということでしょうね。

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)

●フィリップ・メスメール1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している