世界中でベストセラーとなっている『スノーマン』他で人気の作家、J・ネスポ

世界50ヵ国で3千万部を売り上げるノルウェーのベストセラー作家、ジョー・ネスボ氏。オスロ警察の敏腕捜査官ハリー・ホーレのシリーズは今年4月で11作までの刊行となり、その描写力はブームを呼ぶ人気の北欧ミステリ界随一との評価も高い。

それを決定づけたシリーズ5作目にあたる『悪魔の星』日本刊行を記念し、待望の来日が実現! 暗い情念にまみれた猟奇殺人や暴力を描く作風に加え、イカツイ表情で通る本人の風貌に怯えつつ…インタビューに臨むと、そこにはアメカジに身を包んだ笑顔のナイスガイが!

初のロングステイとなる日本滞在にさすが好奇心旺盛、周囲のスタッフが逆インタビューされつつ、人気シリーズの作品テーマにまつわる背景から執筆スタイルまで独占直撃!

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―日本にいらっしゃるのは初めてですか?

ネスボ 1度、18時間だけ来たことがあるんだ。今回は2度目だよ。

―今回、日本で『悪魔の星』が出版されました。そのハリー・ホーレ警部のシリーズは、世界50ヵ国で翻訳されているとか。そこまで世界的に受け入れられ、どんな気分ですか?

ネスボ それは単純に嬉しいよ。こうして日本にも来られたしね。実は何年も前に日本に来ようと計画を立てたことがあるんだ。雑誌の取材で、行くなら桜の時期がいいよねとかプランを立ててたんだけど、でも出発の2週間前にその出版社が潰れちゃってね(笑)。

準備した日本のガイドブックや資料は書棚にずっと置いてあって、もうちょっとで行けたけど結局叶わなかったって、眺めては思い出していた。で、僕の本が日本語に翻訳されることになった時、「よし、時が来た」と(笑)。それで今ここにいるってわけ。

―『悪魔の星』の作品中での日本的な要素では、ステレオタイプな写真を撮りまくる団体観光客しか出てきませんが、他にも何かご存知ですか?

ネスボ いや、それで全部なんだ(笑)。

―(笑)。では、今回の来日で何か見つけました?

ネスボ ああ、いくつかは。でも写真で見てきたような極端な「TOKYO」にはまだ出くわしていないんだ。つまり、他の国とは全く違う理解の範疇を超えたものっていう意味では。これは東京に限ったことじゃないけど、外国というものが30年前ほど刺激的ではなくなってきたよね。

―その刺激的というのは、何においてですか?

ネスボ 僕がまだ10代だった70年代には、それぞれの国には明らかに違う固有の文化があった。いろんな国を旅していると、匂い、聴こえてくる音楽、食べ物から衣服まで全部が違うんだ。コミュニケーションではすごく苦労したけど、でもそれが旅の醍醐味でもあったよね。いつもの場所から遠く離れた、ほとんどの人は英語を話さないっていう場所。

でも今は違う。何年か前にタクシーでウトウトしてふと目を開けた時、窓から見える町並みを見て、自分がどこの国にいるのかしばらくわからなかった。これが30年前だったらそこがヨーロッパかアルゼンチンかバンコクなのかは即座にわかっただろうけど。

―特に都会の景色はどの国も似てきているのかもしれません。

ネスボ 今はほとんどが西洋化されて同じチェーン店で埋め尽くされていて、みんな同じような洋服を着て、タクシーでは同じヒット曲が流れ、運転手も英語を上手に喋る。コミュニケーションも十分に取れるようになっていて、世界中で同じ映画を観て監督について語りあうことができる。本や音楽にも同じことが言えるよね。それはいいことの半面、残念ではあるな。

だからもちろん東京を楽しんではいるんだけど、ちょっと不完全燃焼な部分はあるんだ。来て48時間の間ずっと、いわゆる「ブッ飛んだTOKYO」を探してるんだけど、まだ出会えてないからね。見たことのないスゴい寿司とかあるハズなのに(笑)!

「ブッ飛んだTOKYO」を探してるんだけど…

―(笑)。今の外国人観光客の定番は新宿ゴールデン街とかロボットレストランですしね。

ネスボ 物や場所だけじゃなく、文化的な風習についても同じことが言えるよね。以前、株式仲買人をやっていた頃のミーティングで、もし日本に行くことがあれば、独自の規律を守るべきだとレクチャーされたことがあった。例えば、挨拶に行ったら礼を尽くしてしっかり頭を下げてお辞儀して、訪問時は手土産を持参することとか。しかもいただきものにはそれより高価なお返しは絶対にNGだとか(笑)。

そういう日本独自の規律は完全に異文化だし、すごく細かくて覚えられる気がしなくて、絶対に怒られちゃうよね?なんて話したことがあった。でもそれから何年も経った今、日本はもう西洋流の風習を受け入れていて、僕が初対面でシェイクハンドしても怒られることなんて全くない。

―外国の方ですし、そういうものだろうとは思いますが。

ネスボ まさしくそうだね。でも、今は寛容だけど、30年前だったらわからないだろ?

―確かに、礼儀正しい紳士なら眉(まゆ)をひそめるかもしれません。

ネスボ そんな風に今はお互いのカルチャーが影響し合って、文化の差異は減ってきてしまっているよね。

―そんな中、世界的グローバリズム渦中の文化や社会背景が作品にも盛り込まれていて、日本の読者が興味を持ちやすい物語になっているのではと。

ネスボ それは僕が村上春樹の『ノルウェーの森』を読んだ時に感じたことと似ているかもしれないな。そこにある彼なりの見方を感じたわけだけど、それってまさに僕が日本を違う視点で切り取るようなものだよね。もちろんそれで構わないと思うし。

僕の作品に関しては、そういうことを本の中で説明しつくしたい誘惑に駆られることもあるんだ。社会背景や登場人物の心情についてね。今や僕の作品は国内の読者はもちろん、世界中で読まれるようになっているし。特に海外の読者にとってノルウェーのことは馴染みがないので、捉え方が僅かに違ってくるだろうし。

―確かに、ノルウェーについて詳しい読者は少数派でしょうね。

ネスボ でも小説ではそんなことは説明しないようにしているんだ。そこにただ物語がしっかりと描かれていさえすれば、読者にどんな文化的バックボーンがあるにせよ、理解してもらえる知識や情報は持っていると思う。そして、より地域的なディテールを書き込むことによって、結局は普遍性が出てくると信じてるんだ。

それは作品によっても違って、特にやり方が決まっているわけじゃない。でもほとんどのケースは、たったひとつのアイデアから生まれる。プロットとか完全殺人のやり方とか、キャラクターとか。この『悪魔の星』は、最初に4個か5個のアイデアが映像で浮かんで、それらを繋ぎ止めて埋める作業の中から物語が生まれていった。

ハリーがまたバカなことをしでかすんじゃないかと読者は気を揉む

―今度、ハリウッドで映画化されるヒット作『スノーマン』も、そんな小さな思いつきから?

ネスボ 『スノーマン』に至っては最初はタイトルだけだったよ(笑)。

―主人公のハリー・ホーレ警部は、決して典型的なハードボイルドではなく人間的な弱さも持ち、しかもアルコール依存症です。11作も続くことになるシリーズの主人公をそんな危ういキャラクターにしたのはなぜ?

ネスボ 最初の作品を書いた時はまさかこんなシリーズになるとは思っていなかったし、ハリーは気の赴くままに書いたキャラクターで、何か特別な意味を込めたってことはなかったんだ。でも次の作品を書くチャンスをもらうことになって考えたのは、もう一度、ハリーを登場させたいということだった。

―いつのまにか思い入れのあるキャラクターに育っていたんですね。

ネスボ そうだね。そしてその後の長いシリーズのために主人公としての役割を担ってもらうためには、どんなキャラクターにするのか分析する必要があった。そして見つめた時に思ったのは、彼は一貫性がなくて、何をしでかすかわからない人なんじゃないかということなんだ。

―なぜそう考えるに至ったのですか?

ネスボ 19世紀の小説において、典型的なキャラクターや主人公は、いいヤツは1ページ目から最後のページまでずっといいヤツでね。例えば、司祭を登場させるとすると、それはあらゆる司祭を代表するようなキャラクターでなければいけなくて。そういう主人公は言ってみればロボットみたいなもの。どんな場面でも一貫して同じ行動を繰り返すだけ。

20世紀になると、そうじゃない主人公を使う作家も出てきた。ジム・トンプスンもそのひとりで、主人公はいい人か悪い人かわからなく行動も一貫性がない、ある意味、信用できない人物を登場させた。でも、それこそが生きている人間で面白いだろ?

ハリーもそんなキャラクターにしたかったんだ。彼には市民としてのモラルもあるけどダークサイドも内包しているから、道徳的なジレンマも出てくる。そうやってメンタルな意味での可能性を広げたかった。

善き行動を取ってくれるのか、それは吉と出るか凶と出るか…と、確信が持てないキャラクター。それがハリーなんだ。またバカなことをしでかすんじゃないかと読者は気を揉むことになるだろうけど(笑)。

◆後編⇒『スノーマン』の世界的ベストセラー作家が語る“北欧ミステリー“ブーム「そんなの関係ないね(笑)」

(取材・文/明知真理子)

●ジョー・ネスボ1960年ノルウェー・オスロ生まれ。ノルウェーの人気No.1ミステリ作家。作品は50カ国で2千万部が翻訳・出版されている。代表作でオスロ警察の敏腕捜査官ハリー・ホーレのシリーズは2月17日にシリーズ5作目にあたる『悪魔の星』(集英社文庫)が日本発売。7作目の『スノーマン』はハリウッドで映画化(今秋全米公開予定)される。