世界中で3千万部超という“ハリー・ホーレ”シリーズで人気の作家、J・ネスポ

世界50ヵ国で3千万部を売り上げるノルウェーのベストセラー作家、ジョー・ネスボ氏。オスロ警察の敏腕捜査官ハリー・ホーレのシリーズは今年4月で11作までの刊行となり、その描写力はブームを呼ぶ人気の北欧ミステリ界随一との評価も高い。

それを決定づけたシリーズ5作目にあたる『悪魔の星』日本刊行を記念し、待望の来日が実現! 暗い情念にまみれた猟奇殺人や暴力を描く作風に加え、イカツイ表情で通る本人の風貌に怯えつつ…インタビューに臨むと、そこにはアメカジに身を包んだ笑顔のナイスガイが!

初のロングステイとなる日本滞在にさすが好奇心旺盛、周囲のスタッフが逆インタビューされつつ、人気シリーズの作品テーマにまつわる背景から執筆スタイルまで独占直撃!(前編「『ブッ飛んだTOKYO』を探してるんだけど、まだ出会えてない」参照)

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―今回の『悪魔の星』も、まさしくページをめくる手が止まりませんでした。

ネスボ それはよかった(笑)。

―そんなハリーとあなたに共通点はありますか?

ネスボ それはあるね。メランコリックで少々ロマンチストな一方、皮肉屋でなんでも突き詰めて考えがち。そして時々はひとりになりたいって部分かな。それは僕の父もそうだったから。彼は社交的でパーティなんかも大好きだったけど、時に孤独を愛する人でもあった。

―孤独を愛する部分は親子でも共通しているんだなと。ちなみに、あなたはサッカー選手だった経歴も知られていますが、そういう内省的な部分でプレー面に共通することは?

ネスボ ああ、サッカーに関してはむしろ逆の部分が出ていたかもしれないな。社会性を求められるスポーツだしね。練習を重ねて18歳の時にはナショナルチームに選ばれる光栄も得た。でも僕の短いサッカーキャリアを振り返る時、思い出すのは10歳から一緒にプレーしたチームメイトのこと。ナショナルリーグで優勝した時、見渡すとチームメイトに囲まれていて、みんなで優勝カップを受け取ったんだ。その光景は忘れられないね。

―その後、ミュージシャンだったことも。

ネスボ ああ、今でもそうだよ。昔みたいに大々的にツアーに出ることはないけど、クリスマスや夏のバケーションのシーズンにはライブをするし、クラブでアコースティックで演奏したりしてるからね。

―そんな様々な経歴を経て、今は売れっ子作家です。

ネスボ 母は図書館の司書だったし父も本好きだったから、家にはいつもたくさん本があって子供の頃からよく読んでいたけど。書き始めた時に思ったのは「ああ、やっと準備してきたことが花開いているんだな」と。何年も待って、やっと自分を開放できたと実感したよ。ただ、それには偶然が重なったんだ。

学生時代の友人が出版社に勤めていて、何か書いてみないかと誘ってくれてね。僕がバンドで作詞をしていたことも知っていたから、彼女は最初、ツアーの経験とかバンドについての本がいいんじゃないかと言った。でも僕は何か別のものを書きたかった。そしてオーストラリアに行って、小説を書き始めたんだ。

その時、6ヵ月以内に仕上げてねと、彼女はきっかけと一緒に締め切りもくれたんだよ(笑)。それがなければ人は何もやらないからね。

売れようが売れまいが、本を書き続けるって仕事は一緒

―(笑)。でも元々は本好きな家庭に育って。好きな作家を教えてください。

ネスボ クライムノベルだったらジム・トンプスン。日本では知られていないかな?

―いえ、超有名です! 映画化された『内なる殺人者』も日本語で読めますよ。

ネスボ ホント? 他の国だとそれほど有名じゃないしノルウェーじゃ誰も知らないけど(笑)。日本の読者は趣味がいいんだね。アメリカで本屋に行った時、レイモンド・チャンドラーやダシール・ハメットはあったけどトンプスンはなかったから、犯罪小説を好きな人でも知らないレベルなんだなと実感したよ(笑)。あとはブコウスキーなんかも好きだな。

―そんな作家と肩を並べるほどにビッグになった今の心境は?

ネスボ ハハハ(笑)。そんなに変わらないよ。ほとんどの時間、部屋でラップトップの前に座って過ごすってことは変わらないからね。売れようが売れまいが、本を書き続けるって仕事は一緒だから。確かに旅をすることは増えたし、サイン会をしたら長蛇の列ができたりもするけど、いまだにそこで、また買ってくださいねって深々と頭を下げるし(笑)。

サッカー選手や映画俳優はファンに気付かれることも多いだろうけど、作家は違うね。一度ニューヨークのフィフスアベニューを歩いたけど、誰も僕を知らないし振り返りもしなかった。その後、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーに選ばれて、よし!No.1だぜって感じでまた歩いてみたけど、やっぱり誰も振り返らなかったよ(笑)。

―いつも読んでいるベストセラー作家がそこにいるのに(笑)。

ネスボ でもそれは作家のいいところかもしれないよね。例えば、飛行機で隣の人が僕の本を読んでいると嬉しいけど、気付かれるとちょっと気まずいし(笑)。

―到着するまで気が抜けなくなりますね(笑)。ところで、執筆はいつも同じ時間にされるんですか?

ネスボ いや、もうほとんどカオスだよ。ルーティンは決まってなくて、何もしない日があるかと思えば、午前中早い時間から勤勉に書こうとする時もある。昔は夕方から夜中にかけて書いたりしていたけど。でも早起きできて頭がスッキリしている間に書けたら、最初の3、4時間でいいものが書けるってことは確かだね。

―ちなみに、そこでBGMはかけます? 『悪魔の星』でもキャラ分けに音楽の趣味が効果的に使われています。それぞれにテーマの音楽があったりとか…。

ネスボ いや、そこまではしてないけど、いつも音楽はかけてるよ。それ、いいかもしれないね! 暴力的なシーンにはマイルス・デイヴィスなんかピッタリかもしれないな。

暴力的なシーンにはマイルス・デイヴィスなんか…

―そういうディテールの描写も微に入り細に入り書き込んであって、シーンの映像も浮かぶほどです。今秋には『スノーマン』が映画化予定で、監督は『裏切りのスパイ』のトーマス・アルフレッドソン! さらにファンを増やしそうですね。

ネスボ どうだろう、そのうちわかるだろうけど(笑)。あまり考えたことがないな。映画は大好きだし、もちろん僕の小説にも好きな映画の影響はあるよ。だけど、映画と比べてどうとか気にしたことはない。

―楽しみというより、すでに自分の手を離れたものには特に関知しないとか?

ネスボ 例えば、『ドライブ』はレフン監督の映画もジェイムズ・サリスの原作も違っていてそれぞれに面白いし、コーエン兄弟の『ノーカントリー』(原作:コーマック・マッカーシー『血と暴力の国』)もそう。原作を読んだらまた新しい事実に気づいたりするだろうし。

だけど、僕の作品が映画化されても、招待状を出すようなことをするつもりもないし、キャラクターに興味を持ってくれればいいなということ以上は考えないかな。映画はすでに僕のストーリーじゃないし、監督や俳優が僕の本を使って新しい物語を作るものなんだと思う。いいものになればいいとは思うけど、僕の手からはもう離れているね。

―いずれご自身で監督までやってしまったりは?

ネスボ 実は友人たちを集めて作ったことがあるんだ。9分の短編でタイトルは『ギターと銀行口座』! とっても有名だけど御存知ないかな(笑)? いやいや、別に観なくてもいいんだ、超名作ってわけじゃないから(笑)。

―(笑)最後に、北欧ミステリーは世界的にブームですが、『ミレニアム』(スティーグ・ラーソン)などと、ブームとしてひと括りにされることについてはどう感じていますか?

ネスボ まあ、そんなの関係ないねっていうのが正直な反応かな(笑)。でもチャンスが増えることは確かだよ。オーディションに行かないと役が得られないのと同じで、スカンジナビアの小説がブームになれば、人の目に触れる機会も増えるからね。

―実際、日本でも多くのファンに支持されています。ただ今回、このシリーズも作品の発表順に出版されているわけではなく…不本意なところも?

ネスボ 実はアメリカやイギリスでもそうなんだよ。ランダムハウスという出版社から出ているんだけど、最初は5作目で次が4、その次が6っていう風に順番はめちゃくちゃなんだ。さすがランダムハウスと呼ばれるだけあるね(笑)。

―ランダム(行き当たりばったり、順不同)だけに(笑)。まぁそこでようやく、シリーズの評価を決定的なものにした5作目の『悪魔の星』が日本でも出版されることに。というわけで、待ち望んだ読者にメッセージを!

ネスボ 売り上げアップのためのセルフプロモーションってことだね(笑)。そういうのは苦手なんだけど…(苦笑)。まあ、買っていただくには必要なことだと理解はしているよ。

僕がオスロの小さな仕事部屋で書いた本が、遠く日本にまで届いたことには大いに感動しているんだ。ノルウェーの文化的な背景まで全ては伝わらないかもしれない。でも小説の文脈は十分に読み解いてもらえると思う。

日本の読者は他の国の読者に比べて非常に理解力が高いと思うし、文化の違いにも関わらず、文化的な好奇心も旺盛だ。そんな国で読まれることは、僕にとってはとてつもない喜びだよ。

―日本人をわかっていただき盛大な“ヨイショ”を(笑)? 今回の来日、本当に嬉しい限りで。ありがとうございます!

ネスボ いや、そんなつもりでは(笑)。でも真面目な話、作家活動に関してはバンド活動とは逆のスタンスで臨んでいるんだ。というのも、演奏する時はお金を払ってチケットを買って来てくれるんだから、お客さんが聞きたい演奏はしようと心がけている。

それと本とでは違うんだ。よく、前作と同じような感じで書いてくれれば大丈夫なんて言われるけど、絶対にそんなことはしない。いつだってそれを上回る物を書こうとしている。結果、その真逆のものを書くことにもなるんだけど、それが僕の作家としての在り方だと思っているよ。

(取材・文/明知真理子)

●ジョー・ネスボ1960年ノルウェー・オスロ生まれ。ノルウェーの人気No.1ミステリ作家。作品は50カ国で2千万部が翻訳・出版されている。代表作でオスロ警察の敏腕捜査官ハリー・ホーレのシリーズは2月17日にシリーズ5作目にあたる『悪魔の星』(集英社文庫)が日本発売。7作目の『スノーマン』はハリウッドで映画化(今秋全米公開予定)される。