鈴木宗男氏(左)×佐藤優氏の東京大地塾レポート。今回は、金正男暗殺事件の謎に迫る!

鈴木宗男・新党大地代表と、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏による対談講演会「東京大地塾」

今回のテーマは、金正男暗殺事件。北朝鮮が画策したとされるこの暗殺劇はいまだ謎に包まれた点が多い。

なぜ、ネットアイドルが実行犯なのか? なぜ、あえて目立つ公共の場で犯行が行なわれたのか? 未曽有の暗殺劇に隠れた北朝鮮の暗殺の流儀と金正恩の狙いに迫った。

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鈴木 今日は、2月13日にマレーシアで起きた北朝鮮、金正恩・朝鮮労働党委員長の異母兄・金正男氏の暗殺事件について、佐藤さんの見解をお聞きしたいと思います。

佐藤 わかりました。まず、あの捕まった暗殺の実行犯のふたりの女性について説明していこうと思います。

彼女たちは、振り込め詐欺でいう“受け子”みたいなものと考えればいい。ターゲットから金を受け取ることが仕事の受け子は詐欺グループの中でも一番末端の人間なので、司令塔が何をしているか全然知らないものです。一方の司令塔側は、お小遣いをあげるだけで何も言わずに仕事をこなしてくれるような、頭の回転がそこまで速くない人を見つけて受け子をやらせるんですね。

今回の暗殺でいうと、あのふたりの女性は報酬100ドルで「ドッキリ番組の手伝いをしませんか?」みたいな軽いノリで雇われた素人です。でも、準備期間に3ヵ月も要してるんですよ。普通の人なら「なんだ報酬と準備のバランスが崩れた仕事は」って怪しく思うじゃないですか。でも、そこまで頭が働かない人もいるんですよね。

さらに北朝鮮は、ただの素人ではなくてタレントの卵みたいな、普通の人より目立ちたがりで何かのチャンスをつかんで有名になりたいと思っている人を選んでいる。今回でいえば現地の自称“ネットアイドル”を使ってましたが、そういう人なら「テレビの企画で…」と誘えば、無理な依頼も快く引き受けてくれやすい。

このように人の心理をうまく利用して使いやすい人を選んでいるわけです。彼女たちのような人を使えば、作戦の全貌を教えるまでもなく、暗殺が決行できますから。

金正日の誉め言葉は「おまえは本当に中野出身だな」

今回、北朝鮮が何も知らない素人を暗殺の駒として使ったように、作戦の全体像を把握している人数を極力抑え、ひとりひとりに部分的な情報しか与えずに作戦を行なうことをインテリジェンス業界では「クオーター化の原則」と呼びます。

金正男暗殺作戦に関わった人の中で全体像を知っているのは、おそらく暗殺の監視役だった4人のうちのひとりだけ。しかも、そのチーフ格の人間は1日半ぐらいで平壌に帰っています。ほかの監視役もふたりは暗殺作戦実行後1時間以内に空港から国外脱出に成功している。退路の確保まで完璧に整えられた、レベルの高い暗殺です。

今後、北朝鮮人で捕まる可能性があるのは、暗殺への関与が疑われている高麗航空職員のキム・ウイクルだけ。実行犯に車を手配したなどとしてすでに捕まっている北朝鮮籍のリ・ジョンチョルも暗殺の断片しか知らないから、たとえ拷問にかけられても暗殺の全体像はわからないようになっている。

この一件はオペレーションに限定していえば、人間心理の把握と技術の両方を併せた見事な暗殺といえるでしょう。そしてこの暗殺のオペレーションは、戦前の大日本帝国軍の陸軍中野学校のやり方に非常に似ているんです。

陸軍中野学校が戦時中に研究していた作戦でも、作戦の全体を把握しているのはひとりだけにして、その他は捕まってもいい末端作戦要員を採用する。そして末端の要員は、役目が終わったら主要メンバーを逃げやすくするために利用するというものがありました。

この陸軍中野学校のやり方を北朝鮮で独自に発展させたのが、今回の暗殺オペレーションなんです。

加えて金正日の料理人の藤本健二さんが著書で書いているんですが、金正日は身の回りの人が何かいい功績を立てるたびに「おまえは本当に中野(陸軍中野学校)出身だな」と言って褒(ほ)めたといいます。

また、彼はいつも市川雷蔵主演の『陸軍中野学校』の映画を見こんでいたようですし、今回の金正男暗殺はその映画の中の世界がそのまま現実になったような事件です。

つまり、北朝鮮の暗殺には今も陸軍中野学校の伝統が受け継がれているんですよ。

★なぜこのタイミングで北朝鮮は金正男氏を暗殺したのか? この続きは『週刊プレイボーイ』12号(3月6日発売)鈴木宗男×佐藤優 東京大地塾レポート 第27回」でお読みいただけます。

(取材・文/小峯隆生 撮影/五十嵐和博)

●鈴木宗男(すずき・むねお)1948年生まれ、北海道出身。新党大地代表。衆議院議員時代から長年北方領土問題の解決を目指し奔走している。現在は今年4月公民権停止満了後の立候補、議員復活に向け、全国行脚中!

●佐藤優(さとう・まさる)1960年生まれ、東京都出身。外交官時代は、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。外務省退職後は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞するなど、作家・評論家として活動中

■「東京大地塾」とは?毎月1回、衆議院第二議員会館の会議室を使って行なわれる新党大地主催の国政・国際情勢などの分析・講演会。鈴木・佐藤両氏の鋭い解説が無料で聞けるとあって、毎回100人ほどの人が集まる大盛況ぶりを見せる。次回の開催は3月23日( 木)。詳しくは新党大地のホームページへ