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富士スピードウェイ50周年で伝説の名車やドライバーが集結! 輝かしい日本のモータースポーツ史とは

[2017年03月20日]

そして、その大きな節目となったのが、1976年に富士スピードウェイで開催された日本初のF1グランプリ「F1世界選手権・インジャパン」だ。豪雨の中、富士で行なわれた最終戦でフェラーリのニキ・ラウダとマクラーレンのジェームズ・ハントがこの年の世界チャンピオンを掛けて争った伝説の一戦は、後に、ロン・ハワード監督の映画『ラッシュ/プライドと友情』(2013年公開)のクライマックスに描かれるほど。

あの時の優勝マシン、マリオ・アンドレッティが乗っていたロータス77やラウダのフェラーリ312T2、そしてハントのマクラーレンM23が40年の時を超え、富士スピードウェイを走っている姿を見ると、当時、富士にF1を観に行きたくても行けなかった少年ファン(筆者・52歳)の涙は止まらないのだ。しかも、国産F1マシンとしてこのレースにデビューしたコジマ・エンジニアリングのKE007や、伝説の国産F1マシン(74年に2戦出場も予選落ち)マキF101、77年に富士で行なわれたレースに出場したウルフWR1までいるなんて、なんていう贅沢!

ちなみに、初めて日本で開催されるF1は、当時の日本のレース界にとってまさに「黒船」! コジマKE007でこのレースに挑んだ長谷見昌弘や、年式落ちのティレルで参戦した高橋国光、星野一義らの奮闘はその後、日本人ドライバーやファンたちに「F1」という目標を強く意識させ、全日本F2選手権や富士GCシリーズといった国内レースを刺激。それから約10年後、ホンダの第二期F1参戦や中嶋悟のF1フル参戦へとつながり、日本を空前のF1ブームへと導いていく…。

また、富士といえば忘れられないのが「グループC」と呼ばれる、スポーツプロトタイプカー、通称Cカーによる「スポーツカー耐久レース」の聖地としての顔だろう。特に80年代から90年代初頭にかけての「グループC黄金時代」にはトヨタ、日産、ポルシェ、マツダなどのグループCカーが数多く参戦。折からの「バブル景気」に乗って、爆発的な盛り上がりを見せていた。派手なスポンサーロゴをまとったマシンがピットガレージを埋め尽くし、セクシーなデザインのコスチュームを着た「キャンギャル」がサーキットで一気に広まったのもこの時代だ。

ちなみに、このバブル期にはCカー以外にも、フォーミュラカーの全日本F3000選手権やツーリングカーレースのJTCCも活況を呈し、全日本F3000からは鈴木亜久里や片山右京が次々にF1へ旅立った。その後、F1への「近道」として、有力な外国人ドライバーも続々と日本のレースに参戦。世界チャンピオン5回に輝くミハエル・シューマッハのほか、エディ・アーバイン、ミカ・サロ、ジャック・ビルヌーブなども全日本F3000や全日本F3で経験を積み、後にF1へとステップアップしていった…。

「バブルのおかげ」とはいえ、あの、『週刊少年ジャンプ』までマクラーレン・ホンダのスポンサーをしていた時代だからなぁ…と、思わず「遠い目」になってしまうのは、自動車レースだけじゃなく「あの時代」が今やオッサンとなった当時のファンにとって、まさに「夢のような出来事」だったからに他ならない。そのせいか、今、レイトンハウスカラーのマーチ88BやキャビンレッドのローラT90がこうして富士スピードウェイを走っているのを見ると、一瞬、あの「バブルな時代」を思い出して、ウットリしてしまうのだ。


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