“洋”を着物に取り入れたものなど、男着物は広がりを見せている

人生で一度も着物を着ることがない男性も多いはず。しかし今、そんな着物を着る男性がじわじわと増えているという。

着物自体は20代、30代から注目を集めている。男女合わせての調査ではあるが、日本経済新聞のインターネット調査(2015年)によると「月1回程度」以上、着物を着る人は20代(8.0%)と30代(3.5%)だけが全世代平均の3.2%を上回る結果に。「年4~5回」以上着る人も同じく20代(12.8%)と30代(6.1%)が全世代平均(5.7%)を上回っているのだ。

「詳しいデータはないのですが、実感として着ている男性は確実に増えています。京都の街でも以前は男性の着物姿といえば、カップルで着ているだけだったのが、今では男性グループを見かけるようになりました」

と語るのは呉服業界のマーケティング調査会社「きものと宝飾社」松尾俊亮氏だ。男着物は着物市場の5%とかなり小さく、業界からもほとんど相手にされていない。しかし、都内には男着物専門店を名乗る店が近年増え始めた。

日本最大手の中古着物店「たんす屋」中村健一代表取締役社長も同意する。

「専門店以外でも、確かにここ数年で男着物を取り扱う店は増えています。男性の着物はモノが少ないのですが、弊社でも浅草店など店舗によっては力を入れていますね」

一体、なぜ着物が注目され始めたのか。大きな理由は3つある。

まずひとつは安価なモノが手に入りやすくなったからだ。着物といえば、一着数万円というイメージを持つ人が多いはず。実際、仕立てるとそれくらいはかかる。長着(着物)やその下に着る襦袢(じゅばん)、足袋、草履など一式揃(そろ)えれば10万円はゆうに越してしまう。しかし、最近は既製品や中古で揃えることで1、2万円で購入できるようになった。

「着物を着たことのない人に数万円出せと言っても無理ですよね(笑)。しかし、今では一式揃うアンサンブルが1万円以下で購入できます。また通販やオークションなどでも安い着物を買いやすくなりました」

そう話すのは都内と埼玉に4店舗を構える中古着物店「福服」福田香氏だ。“日本一敷居の低い着物屋”をコンセプトにする同店は、長着でもほとんどが1万円以下で、中には3千円代のものも。創業から15年経つが、やはりここでも徐々に男性客が増えているそう。

ネット通販でも「以前に比べ、少しずつですが男着物の売り上げは増えています」と福田氏はいう。また、別のネット通販店では女着物の売り上げを男着物が上回ることもあるそうだ。

着物の常識を打ち破った新世代着物も

そして、ふたつ目のキーワードは多様性。近年、着物好きとして知られているピースの又吉直樹など、着物姿の芸能人をメディアで目にすることも多くなった。そこで見る着物は紺やグレーなど地味な色のものばかり。

しかし、実は様々なバリエーションが増えている。デニム生地を使った「デニム着物」(既製品)やスーツ生地の「スーツ着物」などがこの2、3年で普及。また前出の福服では華やかな女着物の生地を合わせた「リメイク着物」も扱っている。

ROBE JAPONICAのカラフルな着物。デザインのアイディアは街中の看板や食べ物といった身近なもの。基盤の柄などもある

そんな中、異彩を放つのが男着物専門店「ROBE JAPONICA(ローブ ジャポニカ)」だ。15年、同店の金魚を中に閉じ込めたような透明の下駄がSNSで話題になったが、着物も個性的。上下で色柄が変わる着物や赤青黄色のカラフルな格子柄、全身にピーナッツを並べた着物など、まるでTシャツデザインのよう。既存の男着物とは一線を画す。同店を営む代表取締役でデザイナーの上岡太郎氏は「着物というよりはファッションのひとつ」だという。

「着物は好きだったけど、面白いものは少ない。着たいものがないから作ったというだけなんです。あくまで着物は着る服。着物だからこうだというルールはないと思うし、ポップであっていい。もちろんTPOを考える必要はあるし、きっちり着るのが好きな人はそう着ればいいと思います。でも着方だって好きにしていいはず」

アジアンテイストな印象だが、普通の“洋服”に羽織っているのは長着

元々、趣味で着物を着ていたものの新聞記者という異なる業界にいた上岡氏。着物業界の常識に縛られることなく、着物を楽しんでいる。

「うちは原宿という場所柄、ほとんどがファッション好き。着物が好きで来る人はひと握りです。伝統的なものをそのまま取り入れるって皆が皆、楽しめるわけではないと思うんです。それだけでは今の時代に合わない。自分もそうですが、セーターの上から長着をコートのように羽織ったりする購入者も多いです」

和をテーマにする海外ブランドの商品は多いが、同店では着物に洋の要素を取り入れているのだ。その感覚はファッションとして評価をされ、これまでもミラノのファッション・アートデザイン誌に掲載されるなど注目が広がっている。

着物は今だからこそ最先端!

そして、最後の3つ目は“日本の伝統”が受け入れられている点だ。2、3年前から浴衣がブームとなり、定着したのはその流れだと前出の3人は認識している。特に「たんす屋」の中村社長いわく“愛国心”が芽生え始めたという。

「それこそ僕らが子供の頃は、日本が好きだなんて言えなかった時代でしたが、今では日本という国や国民性だけでなく、特に若い人の間で歴史好きや歌舞伎などに興味のある人が増えて、伝統文化が見直されているように感じます」

歌舞伎や相撲、落語…様々な伝統文化が若者を呼び戻そうとしている現在。各業界の努力以外にもマンガやドラマなど別のアプローチから注目されることも。

着物は伝統文化のひとつとして手っ取り早く取り入れられ、表せるものだから女性も含めて着る人が増えているのでしょう」(中村氏)

着物業界の売り上げのピークは1981年の1兆7800億円。現在では2千億円と衰退は著しい。しかし中村氏によれば、その数字は女性が結婚する際の“お仕立て需要”によって成り立っていたもの。当時は一着何百万円もするお仕立てを多くの女性が購入していたため市場としての数字は高かったが、街で着物を着た人を見ることはほぼなく、現在のほうが着物人口自体は増えているというのだ。

日本酒と着物をコンセプトにした「いま粋バー」と歴史好きが集まるメディア「レキシズル」を主宰する渡部麗氏は「伝統文化が今の人にとっては新しいもの」だと分析する。

「歴史や日本文化をポップに共有しようというテーマでイベント活動しているのですが、歴史好きのお客さんも着物に興味を持って着始めることが少なくないですね。彼らにとっては日本古来のものがカッコよくて新しく映っているから興味があるんだと思います」

ちなみに中村氏も「着物男子はまだ決して多くはない。むしろ興味を持つ人は最先端なんじゃないかな」と話していた。

女性であればまだ身近な存在ではあったものの、男性にとっては敷居が高く目を向けられなかった着物。それが時代と共に変わり始め、じわじわと着物男子が増えているのだ。

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(取材・文/鯨井隆正)