インディアンウェルズ・マスターズでベスト8に進出した錦織圭も、「僕がやるにしてもかなりタフな相手」と、成長著しい西岡をたたえた

気温38℃に達する猛暑のなか、21歳の西岡良仁(よしひと)が世界ランキング14位のトマーシュ・ベルディハを2時間22分の死闘の末に破ったとき、彼のフィジオ(理学療法士)の馬木純也(うまき・じゅんや)氏は何度もタオルで顔を覆った。

選手の体の状態を熟知するフィジオの涙は、連日“巨人”たちと戦う西岡の肉体が、極限状態に達していることを物語っていた。

3月9日から12日間にわたり、米・南カリフォルニアの砂漠の町で開催された、テニスのインディアンウェルズ・マスターズで、西岡は211cmのイボ・カロビッチと196cmのベルディハを立て続けに撃破し、ベスト16に進出。大男をなぎ倒す小柄なアジア人の快進撃は、地元メディアでも「巨人ゴリアテに立ち向かうダビデのようだ」とたたえられた。

西岡の身長は、錦織圭よりも8cm低い170cmだが、彼とほとんど同じ体格の兄が「170cmはない」と話しており、その数字にも多少のゲタが履かされているかもしれない。

いずれにしても、彼がトップ100内の選手の中で、最も小柄な選手のひとりであるのは確か。「このスポーツでは、正直不利だと思うことも多いです」と当人もハンディを認めるが、「ま、勝ってるんでいいかな」と、屈託(くったく)のない笑みをこぼした。

小柄な彼を、日本人選手で錦織に次ぐ世界58位(3月20日現在)まで導いたのは「僕、速いですし、ミス少ないし」と、本人も絶対的な自信を持つスピードと正確性。ただ、おのずと試合時間は長引き、相手より長い距離を走ることになる。

それでも彼は、2月からひと月半でタフな15試合を戦い抜き、今大会で世界3位のスタン・ワウリンカにも勝利にあと2ポイントまで迫った。それが、ここ数年のフィジカル強化の賜物(たまもの)であることは間違いない。

プロに転向したばかりの18歳の頃、彼は「連戦が続くと肘に痛みが出る」と言い、今後の課題を「やっぱり体づくりが第一です」と明言した。その言葉どおり、西岡は長時間の試合を連日戦い抜くための体を、計画的につくり上げてきた。

2015年末、西岡が“チャレンジャー”と呼ばれる下部大会で優勝したとき、フィジカルトレーナーの浜浦幸広氏は満面の笑みを浮かべて拳(こぶし)を振り上げた。このとき、西岡とスタッフたちは、大会中にも肉体強化のトレーニングに打ち込み、なおかつ勝ち上がることを目指していた。過酷なツアーで連勝することを、彼は常に視野に入れていたのだ。

昨年末は、肘に痛みが出たため2週間ほどテニスができなかったが、その間に取り組んだ1日6時間のリハビリとトレーニングが「肩の可動域が広がり、ストロークやサーブが打ちやすくなった」というケガの功名をもたらした。

逆境を好機に変えることも、西岡の類いまれなる能力のひとつ。今回のインディアンウェルズでも、彼は予選決勝で敗れたものの、本戦に欠場者が出たため“ラッキールーザー”として繰り上がる僥倖(ぎょうこう)をモノにした。

現在の西岡には、コーチに加えて肉体強化を助けるフィジカルトレーナー、そして強化した体をケアするフィジオもいる。羊飼いの少年ダビデがやがてイスラエルの王になったように、西岡も自らの王国を築きつつある。

(取材・文/内田 暁 写真/Getty Images)