「幼い子供たちに『安倍首相がんばれ!』と叫ばせたり、中国や韓国に対する差別的なイメージを押し付けたりする教育機関を、一国の首相や政治家が応援するなんて、普通に考えればあり得ない」と指摘するマッカリー氏 「幼い子供たちに『安倍首相がんばれ!』と叫ばせたり、中国や韓国に対する差別的なイメージを押し付けたりする教育機関を、一国の首相や政治家が応援するなんて、普通に考えればあり得ない」と指摘するマッカリー氏

野党が安倍首相夫人の証人喚問を求めるなど、混迷の一途をたどる「森友学園」騒動。

国有地払い下げの問題をはじめ、安倍首相から森友学園へ「100万円」の寄付があったのか否かなど、次々に謎や疑惑が噴出しているが、海外メディアはこの問題における「もうひとつの側面」に注目しているようだ。

「週プレ外国人記者クラブ」第70回は、英紙「ガーディアン」の東京特派員、ジャスティン・マッカリー氏に話を聞いた――。

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─マッカリーさんは、この森友問題に関するここ1、2ヵ月の展開をどのように見ていますか?

マッカリー 森友学園の「瑞穂の国記念小学院」を巡る、大阪・豊中市の国有地払い下げ問題を最初に報じたのは朝日新聞だったと思いますが、それから短期間で事態がここまで拡大したことには少し驚いています。当初は各メディアの反応も限定的でしたが、少しずつ新たな事実が明らかになるにつれて、大手メディアもこの問題を大きく報じるようになり、国民の関心も一気に高まりました。

ただ、この流れが安倍政権に対して決定的な打撃を与えるかというと、僕は懐疑的です。先日の籠池氏に対する証人喚問ではいくつか新しい話が出ましたが、現時点ではそれらに決定的な証拠があるわけではない。おそらく、政府や与党は様々な疑惑を最後まで「否定」し続ければ、なんとかなると考えているのだと思います。

─政治家が賄賂(わいろ)を受け取って、特定の誰かに便宜供与を図るという贈収賄とは「逆」で、安倍首相から森友学園に100万円の寄付があったのかどうかが問題になっていて、一般的な政治スキャンダルとしては少し異質ですよね。

マッカリー そうですね。しかし僕は、この森友問題は「ふたつの側面」に分けて論じるべきだと考えています。ひとつ目の側面は、国有地払い下げの正当性と、その背景に安倍首相や首相夫人の「口利き」など、なんらかの政治的な関与があったのか、という点です。

これに関しては、政治的な関与を具体的な証拠と共に証明するのは難しい。もちろん、安倍政権のイメージにとってマイナスであることは間違いないですが、それでもこの問題で「政権が引っくり返る」可能性は低いでしょう。

そして、もうひとつの側面は、森友学園の極めて特殊な教育方針――ハッキリ言えば「極右的・人種差別的」で「戦前の日本を美化する」教育方針を持つ学校法人と、日本の首相や首相夫人、あるいは一部の与党議員、大阪維新の会などが極めて近い関係にあったのではないか…という点です。

─今のところは、ひとつ目の側面ばかりが注目を集めていて、ふたつ目の側面については、あまり議論になっていないように思えます。

マッカリー 辞任したとはいえ、首相夫人の安倍昭恵さんが名誉校長に就任したことは事実です。そして彼女は、幼い園児に教育勅語を暗唱させたり、中国や韓国を敵視するようなことを言わせたり、児童虐待と言われても仕方がないことを繰り返していた塚本幼稚園を何度も訪れている。安倍首相自身も、そんな森友学園のことを「教育への熱意は素晴らしい」と以前は褒(ほ)めていました。

国有地の払い下げや学校設立認可の過程でなんらかの便宜供与があれば、当然それは大きな問題ですが、僕は「それ以前の問題」として、こうした極右的な思想を持つ学校法人と安倍首相や一部の政治家が親しい関係にあるのなら、それは深刻な問題である気がします。ところが、一部の週刊誌などを除いて、野党や新聞などの大手メディアはこの問題にはあまり重点を置いていないように見えますね。

「戦前回帰」への流れと安倍政権がリンクしてくる

─今、ヨーロッパでも極右政党が台頭したり、人種差別的な勢力が支持を広げたりといった流れがありますが、先日行なわれたオランダの総選挙では、移民排斥を訴える極右の自由党は結果的に政権を取れませんでした。いわゆる先進国のリーダーがこうした「極右思想」と近い関係にあるという例は、今のところはないですよね。

マッカリー 海外のメディアが森友学園に注目したのは、昨年、ロイター通信が塚本幼稚園で行なわれている「戦前回帰的な教育」の実態を紹介したことがきっかけでした。森友学園の問題は同じく昨年、海外の各メディアでも報道された「日本会議と安倍政権の関係」と同じ文脈で注目されているのだと思います。

つまり、もうひとつの側面を「日本の首相と極右思想の政治団体、その思想が色濃く反映された学校法人のつながり」という文脈で捉(とら)えると、今、日本で広がりつつある「戦前回帰」への流れと安倍政権がリンクしてくる。

ちなみに日本会議は、籠池氏はメンバーではないと言っているようですが、塚本幼稚園や籠池氏の語る教育方針は多くの部分で日本会議の教育に関する主張と重なっているし、大きな方向性という意味では、第一次安倍政権が打ち出した「教育改革」の方針とも重なる部分が少なくありません。

このように与党の党首が極右思想と近い関係にあり、その強い影響を受けた学校法人と近い関係にあったのだとすれば、その点はもっと議論されるべきでしょう。まだ何もわからない幼い子供たちに「安倍首相がんばれ!」と叫ばせたり、中国や韓国に対する差別的なイメージを押し付けたりする教育をしている幼稚園や学校があれば、普通は問題視されるはずで、一国の首相や政治家がそれを応援するなんて、普通に考えればあり得ないことです。

そうした人たちと政治の中枢が「近い場所」にいるということの意味を、この機会にもっと多くの人たちが考えたほうがいいと思います。

─今後、森友学園問題はどのような方向に進展すると思いますか?

マッカリー 繰り返しになりますが、土地取引への便宜供与について確かな証拠が出てこない限り、安倍政権が引っくり返ることはないと思います。しかし、依然として民進党をはじめ野党への支持は低いものの、この先、与党内の安倍政権に対する支持がこれまでのように盤石でいられるかどうかは疑問です。

―自民党の石破茂氏も、国有地払い下げ問題に関しては「野党に言われるまでもなく、政府・与党として解明すべきものだ」と述べています。

マッカリー 自民党は総裁の任期を従来の「連続2期6年」から「連続3期9年」に延長しましたが、今回の問題をきっかけに政権支持率が下がるようなことになれば、党内に「この先も安倍政権のままではもたない」と考える勢力が出てきても不思議ではありません。長い間、高い支持率を維持してきた安倍政権ですが、党内での求心力が少しずつ失われるようなことになれば、なんらかの影響が出る可能性はあるでしょうね。

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)

●ジャスティン・マッカリー ロンドン大学東洋アフリカ研究学院で修士号を取得し、1992年に来日。英紙「ガーディアン」「オブザーバー」の日本・韓国特派員を務めるほかTVやラジオでも活躍