「写真集を“読み慣れてる”人って相当マイノリティだと思うんです。だからこそ、この作品は読み物として読んでもらいたい」と語る東出昌大氏

『ごちそうさん』で一躍名をはせ、最近では『聖(さとし)の青春』で棋士・羽生善治役を好演した俳優の東出昌大(ひがしで・まさひろ)。2015年に女優の杏と結婚し、翌年には双子を授かるなど、公私ともに絶好調だ。

そんな彼がこのたび、初写真集を発売した。女性ファン向けでセクシーなカットもあったり…なんて想像していたら大間違い。実物を手に取ったら、予想を大きく裏切られるはずだ。

『西から雪はやって来る』は群馬、新潟、山形、青森への8日間の旅をドキュメンタリー撮影したもの。ある日はイノシシを狩り、ある日はタコ漁に出かけ、またある日は先人たちに思いをはせる…。

彼自身による文章もあるが、なかには顔がはっきり写っていないカットもある。若手俳優の初写真集とは思えない、極めて異質な構成だ。しかし、そこに収められた写真と文章からは「生」のエネルギーが感じられ、ファンならずとも惹(ひ)き込まれてしまう。「男の人にこそ読んでほしい」と語る彼が、現代を生きる若者としての葛藤を明かしてくれた。

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―率直に聞きますが、なぜこのような仕上がりに?

東出 まず初めに、ディレクターの町口覚(さとし)さんが「残るものを作ろう」とおっしゃいました。もうひとつ、与えられたテーマが「感じる」だったので、行く先々で起こる目の前の事象を、素直に感じてみようと思いました。その精いっぱいがこのような仕上がりになったのかと思います。

―男5人、たばこの煙の充満したハイエースで過ごしたらしいですけど、どこに行くか、何をするかは把握していました?

東出 どういうことをしてどういう人に会うのかを知っていたら答えを予想しちゃうし、見つけようとしちゃうと思ったんです。だから、「明日山形に行って文化人類学の先生に会うんだっけ」と漠然(ばくぜん)と思っていて、行ってみたら「山伏だった」というような。頭の中で整理しないで向かう感じでした。

―ドキュメンタリー要素が強いからこそ、自然な姿が出せたと。結果、男が見ても色気を感じる写真も生まれたんですね。

東出 ありがとうございます。そもそも「何を撮るか決めない。行ってみて何かがあれば撮る」という体当たりな企画が成立することがいまだに信じられませんが、写っているすべてに演出や、被写体としての意識、嘘はなく、答えとして提示しているものもありません。ただ、問いばかりがあるような。

この作品は読み物として読んでもらいたいんです

―確かに、読み手に「問いかける」写真集だと思います。イノシシを解体する写真の横には東出さんの言葉で「命の重み」について書かれているし、俳優の写真集では味わえないヒリヒリ感があります。

東出 以前、写真家の佐内正史さんに初めてお会いし、写真集をいただいた際に「読んで」とひと言、言われました。ディレクターの町口さんも、「写真は読むもの」と旅の途中教えてくださいました。写真集を“読み慣れてる”人って相当マイノリティだと思います。そして受け取り手が「見る」から「読む」に変わった瞬間、写真の発する主張は、何十倍にも膨れ上がるのではないかと思います。だからこそ、この作品は読み物として読んでもらいたいんです。

―見るのと読むのは違う……。深いですね。今回の旅の舞台は東北でしたが、プライベートで行くのと違いはありましたか?

東出 今までは旅行は旅行というか、東北も「同じ日本国内だ」と、知ったつもりになっていた気がします。現地の人と語らうことも少なく、旅館に泊まって温泉に漬かって、ホクホクと帰ってくるのが常だったので。だからこそ、今回は命を日常から考えていらっしゃるたくさんの人と出会い、感銘を受けました。

―それは特別な経験ですよね。

東出 あと、不思議な感覚があって、だだっ広い原っぱとか、巨木の乱立する山中にいて「今」を感じようとすると、さまざまな考えが浮かんでは押し寄せ、その波にのみ込まれ、恐怖を感じる瞬間が幾度もありました。思い返してみると、最近は安っぽい情報で納得したつもりになっていたけど、精神的にも時間的にも「余白」があるからこそ、気づけるものもあるのかなって。

―確かに、余裕がないと情報に左右されがちな気がします。

東出 最近、興味があろうとなかろうと、情報がいや応なしに飛び込んできて、その問題の真意はなんなのか、発端はなんなのかを考えないうちに、与えられた一方的な印象をわかった気になってのみ込んでは、また次を探している自分に怖気(おじけ)づきました。

SNS、ネットニュース、メール、不在着信。一度でも煩わしさを覚えたことがある方は、多いのではないかと思います。情報は、広い世界を見せてくれているのか、はたまた画一化を強要され、思考を停止する引き金になってしまっているのか。

―とはいえ、20代や30代の働き盛りの男性は、情報を遮断する余裕がないのが現実です。

東出 そうですね。僕の周りの友人もみんなまじめで、本当に頑張っています……。

「余白」とか「幸せ」についてまじめに考えたい

―余裕があるとは言い難い?

東出 はい。例えば、僕の周りの友人は、なかなかプロ野球のナイター中継が見られるほど、早くに帰宅できないんです。お金の面でも余裕はありません。同年代の友人で朝食も夕食も職場で取るくらい働いているのに、手取り25万円もらえないってザラにあるので。僕自身、もらえないだろうと思いながら年金保険料を払っていますし。

―どれもすごくわかります。

東出 この前、平日がお休みだったので、お昼からうなぎ屋に行ったんです。そしたら引退したであろう70代くらいのおじいさんたちがうなぎを食べながらビールを飲んでいたんです。先輩たちは頑張ってきたんだろうなあと思いつつも、自分たちの世代があの年代になったらそこまでの余裕はないだろうなと。

逆に下の世代に負担ばかり残して「あんたたちが好き勝手やったせいで」と白い目で見られる結末だけは、絶対に迎えたくありません。だからこそ、今のうちから「余白」とか「幸せ」についてまじめに考えて、生き方を変えていく必要があるんじゃないかなと思うんです。

―東出さんがなんだか修行僧に思えてきましたよ! 写真集に興味が出た男性読者もかなりいると思います。

東出 でもスルーされちゃいますよねえ(笑)。「リリー・フランキー大絶賛!」って書いておいてください。読んでいただいてないけど。そうしたら読んでもらえるかもしれない(笑)。

(取材・文/テクモトテク 撮影/井上太郎)

●東出昌大(ひがしで・まさひろ)1988年生まれ、埼玉県出身。俳優。2012年に映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。同作で第36回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。羽生善治役を演じた映画『聖の青春』では第40回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞

■『西から雪はやって来る』 (造本:町口覚 写真:田附勝 宝島社 2980円+税)デビュー以降、順調に出演作を積み重ねている印象の俳優・東出昌大。しかし、自身を取り巻く現状に違和感を覚え、昨年11月に初写真集撮影の旅に出た。向かったのは群馬、新潟、山形、青森。雪山での狩猟や太平洋でのタコ漁など、大自然の中に身を置いて自身と向き合い、気鋭の写真家・田附勝氏のもと普段は見せない素の表情を重ねていく。東出の考える「男の持つカッコよさ」が表現された本作は、女性だけでなく男性にも響くはずだ