「世界情勢が混沌として複雑になってきたときほど、『いっそ全部単純化してしまえ!』というリーダーが世界中で登場する」と語る橋本治氏

イギリスのEU離脱、ドナルド・トランプのアメリカ大統領就任など、世界は今、これまでの常識では理解することができない混乱の渦に巻き込まれている。

私たちはその状況をどうとらえ、どんな未来を描けばいいのか? 今回、次世代へのメッセージも込められているという、初めての語り下ろし形式の著書『たとえ世界が終わっても その先の日本を生きる君たちへ』を出した橋本治さんに、乱世の見取り図を示してもらいました。

* * *

―橋本さんにとって初の「喋(しゃべ)った本」ということで、50代のライター・カワキタ君と“バブルを知らない若者代表”の編集者・ホヅミ君(30代)のふたりに、諭すように議論を展開していく様子が、ライブ感もあってすごく新鮮でした。

橋本 私は基本的に、ある程度年を重ねた大人にいまさらものを言ってもしょうがないと思ってる人なので、ホヅミ君のように何かにつけて「それはなぜ?」という疑問を発する人がいてくれるのは、複雑な世の中を説明するには、かえっていいんじゃないかと思ったんですね。

―「天の配剤」ともいうべき存在だと書かれていましたね。

橋本 でも、いざ始めてみたら話を進めやすいどころか、死ぬほどしんどかった(笑)。「なぜ?」がごまんとあるもんで、全部納得させるためにはどうしても話が長くなっちゃうの。

―イギリスのEU離脱を読み解くにあたって、まさか紀元前のアレキサンダー大王の東方遠征から話が始まるとは、いち読者としても驚きました(笑)。

橋本 それは、EU離脱が「経済圏が大きいほうが有利」っていう考え方の限界、つまり“大きなものの終焉”を象徴する出来事だとしたら、もともとその考え方が生まれた頃の話から始めるのが私のやり方なんで仕方ない。ちなみに喋った内容の3倍、加筆したりもしてますが。

―とはいえ、世界が新しいタームに突入したと感じながら、そこであえてイチから歴史をふり返る理由というのは……?

橋本 未来は過去から生まれるし、過去は未来を考えるためのデータの山なんです。歴史をふり返らないと理解できないぐらい世の中が複雑になったといってもいい。なのに、みんな歴史を知らないで適当なことばっか言ってんだもん。それこそバブルを知らない世代にとっても、「日本にバブル期があった」こと自体は歴史上の事実でしょ?

でも物事を「既知の事実」にしてしまうと、「その実体はなんだったのか?」を考えなくなる。その必要がないから。つまり「知っている」ということは「実は知らないままでいる」という事実を隠してしまうんです。それってトランプが自分の知らない話を「フェイクニュースだ!」って言うのと表裏だから。

トランプ大統領と安倍首相は似ている

―トランプ大統領は選挙演説で「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」と繰り返し、安倍晋三首相は「強い日本を取り戻す」と言っていましたが、確かに彼らが歴史を深く学び、ある時期や状況を想定して「アゲイン」とか「取り戻す」と掲げているようには思えません。

橋本 似てるんです、トランプ大統領と安倍首相って。意気投合してるのは、ふたりともアメリカファーストな人だもん。クラスで誰からも相手にされない生徒が「やっと自分にも友達ができた」って、転校生の手を握ってるみたいなね(笑)。

そしたら、ふたりの会談翌日、隣の国の人が「なんで自分は仲間に入れてもらえないんだ!?」と憤ってミサイルをぶっ放す。世界情勢を、そういう中学生たちに任せておいていいのかねぇ。

―中学生って(笑)。

橋本 それにトランプを支える反知性主義の実態って、欲求不満なオジサンたちの集まりなんです。日頃のウサ晴らしに激烈な演説でも聞いて騒いでたようなもんで。彼らって、「難しいことはわかんないけど、トランプが『不景気だけど雇用を増やす』って言ってるから、自分にも仕事が来るぞ」って感じで短絡的に支持したわけね。

で、見事に勝利したら今度は「グレートアメリカは達成された」「これからはアメリカファーストの時代だ」って。そんなに単純なのかって思うけどねぇ。

―うーん……。

橋本 実はこれ、日本だと「日の丸」に全部預けちゃえば話が単純になるのと一緒です。要は、世界情勢が混沌(こんとん)として複雑になってきたときほど、「いっそ全部単純化してしまえ!」っていうリーダーが世界中で登場するって話。だけど、物事ってそんなにシンプルなはずないから。

―そうですよね。

橋本 さらに厄介なことに、政治家や官僚たちの答弁が典型例なんだけど、複雑な物事を説明するとき、自分の知ってる論理だけで話を組み立てる人が多くて、彼らは肝心なことを平気で落っことすの。でも、本人の頭の中だけでは論理的な接合ができるから、はたから見れば訳のわかんない説明を堂々と繰り返す。

すると、話を聞いてる側は論理の穴をどう攻めていいのかすらわからない状況になるんです。つまりね、世の中の複雑な問題と、それが自分たちとどう密接に関係してくるんだろうかっていうのを、つなげて説明してくれる人が、どこにもいないってことが問題なんです。

―だから橋本さんがそれを引き受けた部分もあるんですね。

橋本 その因果関係を説明しようと思うと、ご案内のとおり話が長くなるんだけどね(笑)。

今の日本に正義はない

―ちなみに、本の中で「損得で物事を判断しないことを正義と呼ぶ」とも言われていますが、今の日本に正義はありますか?

橋本 ないでしょ。だって、モラルがどこにもないんだもの。森友学園の一件にしたって、野党が総理に「恥を知りなさい」と言ったら、たぶん、「私は知ってると思いますよ」と答える。そういう意味で恥を知らないんだから、モラルもないやね。それに、森友学園で「教育勅語」を使って子供たちを教えようとしているけど、実は理念なんてないの。

―というと?

橋本 そこにあるのは、「明治時代にできた教育勅語というものを唱えさせておけば人間は立派になれる」って、昔の人が言ったことを本気で信じてる人がいるってだけの話。そもそも教育勅語の中身って普通はみんな知らないでしょ?

実際に読んでみると、やたら漢字が多くて、何を言いたいのかもよくわかんないの。道徳的には当たり前のことが書いてあって、「そして天皇に仕えなさい」だもの。でもね、誰も中身を知らないからこそ無条件に正しいというのがまかり通っちゃうってことがあるんです。

―なるほど……。

橋本 それに安倍首相は「妻は私人です」って答弁してたけど、そもそもファーストレディが公人じゃない国ってあるんだろうか? 個人と国家の線引きができていない上に、ものを知らないから、「それ言って恥ずかしくないの?」ということが普通に起きるんです。

今、良識的な人たちが何に困っているかというと、その良識的な頭ではもう理解できないことが起きてるということなんでね。

―そうした混沌とした状況を踏まえた上で、「若い人にバカじゃねえのって言うのは年寄りの仕事」としつつ、「ちゃんと自分の頭で考えたほうがいい」とメッセージを投げかけるのは、やはり橋本さんが若い人に期待してるからなんでしょうか?

橋本 期待もへったくれもなくて、若い人が次の日本をつくるんだから、ちゃんとしてもらわないと困る。私は「考えてみれば?」と言っているだけで、答えなんて簡単に出ないし、いつか思い出して何かの役に立てばっていうぐらいなもんです。簡単に答えが出せたら、トランプなんかが大統領にならないよね。

(取材・文/畠山理仁 撮影/村上庄吾)

●橋本治(はしもと・おさむ)1948年生まれ、東京都出身。東京大学文学部国文学科卒業。77年に小説『桃尻娘』でデビュー。以降、小説、評論、エッセイ、戯曲など縦横無尽な創作活動を行なう。本作とも関連のある現代社会論、時評集に『その未来はどうなの?』『バカになったか、日本人』『二十世紀』『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』などがある。現在、文芸誌『群像』で『九十八歳になった私』を連載中

■『たとえ世界が終わっても その先の日本を生きる君たちへ』 集英社新書 760円+税イギリスがEU離脱を決め、ドナルド・トランプがアメリカ大統領選に当選した2016年―。その衝撃のなかで“資本主義の終わり”を確信した著者が、「西洋人の領土拡大」や「日本のバブル経済がもたらしたもの」などの歴史をひもときつつ、この先の世界を生きる世代のためのビジョンを示す。30代の編集者と50代のライターを相手に対話形式で議論を展開する、著者初の「語り下ろし」本