「シリアへの攻撃は、米国内に向けて『米国の影響力の復活』をアピールする象徴的な意味合いが強い」と分析するゴロヴニン氏

4月6日、シリアのアサド政権が化学兵器を使ったとの理由で、アメリカはシリアの空軍基地に59発の巡航ミサイルを撃ち込んだ。

アサド政権を支持するロシアはアメリカの突然の攻撃を、そして「米政府の決意を支持」と表明した安倍政権をどう見ているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第72回は、ロシア「イタル‐タス通信」東京支局長、ワシリー・ゴロヴニン氏に話を聞いた――。

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─プーチン大統領は米軍によるミサイル攻撃について、「国際法違反で侵略行為だ」と強く非難していますね。

ゴロヴニン 今回のミサイル攻撃は、プーチン政権に大きな打撃を与え得るものだからです。オバマ前大統領はアサド政権の化学兵器使用に対して武力制裁をチラつかせながら、結局は何もできなかった。そして2013年以降は、国際社会における力関係で完全にロシアが米国より優位に立ってきました。トランプ大統領が指示した今回のミサイル攻撃は、この「ロシア優位」の状況を揺るがすものだったのです。

─確かに、オバマ大統領の対応は国際社会での米国の存在感を大きく失墜させましたね。そして2014年にはロシア軍がウクライナに展開し、ウクライナ領だったクリミアがロシアに併合されました。

ゴロヴニン 中東でも米国の伝統的な同盟国だったイスラエル、サウジアラビアがオバマ政権の消極姿勢に疑問を持つようになり、ロシアとの関係改善、より密接な関係を構築する方向に傾いていきました。今回のミサイル攻撃は、こういった中東での米国のプレゼンス低下を打開しようというものでもあり、それに対し、2013年以降、米国とのパワーゲームを優位に展開してきたロシアが不快感あるいは憤りを持つのは当然といえるでしょう。

しかし、ミサイル攻撃を指示したトランプ大統領の思惑としては、国際社会における事情以上に米国の国内事情が大きく働いたと推測できます。ひとつには、2016年の大統領選で勝利して以降、米国内には「トランプの側近には“ロシアに近すぎる”人物が多い」という批判が根強く存在しています。今回、ロシアが支持するアサド政権の空軍基地を攻撃したことで、こういった批判を封じ込めようとしたと考えることもできます。

トランプ政権に対する支持率は今年2月のCNNの世論調査で40%、4月のIBD(インベスターズ・ビジネス・デイリー)とTIPP(テクノメトリカ・マーケット・インテリジェンス)の調査では34%と下落を続けています。この現状を憂慮して選択したのが今回のミサイル攻撃だったという見方もできるでしょう。

つまり、今回のミサイル攻撃は、国際社会に向けた軍事的意味合いよりも、国内に向けて「米国の影響力の復活」をアピールする象徴的な意味合いが強いものだった。そして、パフォーマンスとしては一定の効果を持つだろうというのがロシア側の見方です。

─シリアへのミサイル攻撃で、ロシア国内でのトランプ大統領個人に対する評価に変化はありましたか?

ゴロヴニン ロシアは2016年の米大統領選の段階からトランプ氏に対して概(おおむ)ね好意的な印象を持ってきました。その理由は対立候補だったヒラリー・クリントン氏が「ウクライナ問題」を取り上げ、ロシアへの非難を自分への支持に結びつけようとしたのに対し、トランプ氏はロシアを非難しなかった点がまず挙げられます。そしてもうひとつ、トランプ氏がプーチン大統領の「強いリーダーシップ」に対して高い評価を表明していたことも挙げられます。

こういったトランプ大統領に対するロシア側の印象は、確かに今回のミサイル攻撃によって悪化しました。しかし、オバマ前大統領との比較でいうと「オバマほどの悪ではない」というのが現時点でのトランプ大統領に対する評価だと思います。

─しかし、トランプ大統領は大統領選の段階から「世界の警察官はもうやめる」といった米国の孤立主義を主張してきました。今回のミサイル攻撃はこの主張を180度、覆したものです。

ゴロヴニン トランプ大統領の思考や行動は非常に予測しづらい。そもそも、明確な政治的戦略を持っているとは思えません。ただし、その点はオバマ前大統領も同様だったといえるでしょう。

安倍首相が築こうとした親密な関係がムダにならなければ…

─今回のミサイル攻撃に先立ち、大統領選の段階からトランプ氏を支えてきたスティーブン・バノン氏が国家安全保障会議(NSC)のメンバーから更迭されました。バノン氏こそが、トランプ大統領が主張してきた米国の孤立主義の理論的裏づけでしたが、どう見ますか? なにかウラがあるようには思いませんか?

ゴロヴニン ロシア国内にも「バノン更迭にはウラがある」という見方が存在します。「ミサイル攻撃に対する国際社会の非難からバノンを守った」と考えることも可能です。

─シリアへの攻撃が結果的にトランプ政権にマイナスになっても、そこからバノンを復権させればリスタートを切ることができる。今回の更迭はそういった保険の意味もあった?

ゴロヴニン 先ほども言ったように、トランプ大統領に明確な政策ヴィジョンがあるとは思えませんが、同時に非常に勘の鋭い人物であることも事実です。そういった意味合いを持った人事であった可能性は否定できないでしょう。

─ところで、ロシアがアサド政権に固執するのはなぜですか? ロシアの真の政治的目的は中東における影響力を復活させ、高めることで、そのために利用するのが特にアサド政権でなければならない理由はないのでは?

ゴロヴニン 確かにこの先、アサド政権の支持を続けたとしてもシリアで民主的な体制が確立されるとはロシアも考えていません。しかし、いったん支持したアサド政権を簡単に見捨てることはできません。今、ロシアがアサド政権を見捨てれば、2013年以降、米国への不信感を深め、親ロシアの方向性を摸索してきたサウジアラビアなどの周辺諸国が反ロシアに傾くことが予想されるからです。

つまり、アサド政権への支持はロシアとして面子に関わる問題であると同時に、中東での影響力を考えれば、現時点では必要な政策と言えます。

また、現時点でシリア国内にはロシアの大規模な軍事基地が2ヵ所に存在します。ロシア軍がすぐにシリアから撤退することは現実的に考えられません。今日(4月12日)は、これから米国のティラーソン国務長官がロシアのラブロフ外相と会談します。会談のテーマは当然、シリア問題ですが、合意や妥結は非常に困難でしょう。

米国はロシアに対し、ミサイル攻撃を容認する姿勢を示せば、ウクライナ問題以降、資格停止の状態が続いているサミット(主要国首脳会談)への復帰を認めるといった譲歩の条件も示す可能性がありますが、サミットへの復帰ではロシアからすれば条件として明らかに不足です。

最初に言ったように今回のミサイル攻撃は、ロシア国内ではプーチン大統領の威信に関わる問題です。ロシアがそれを容認するには、例えば「旧ソ連地域への米国の不干渉」でなければ条件としてバランスが取れません。(*編集部註:ティラーソン・ラブロフ会談は平行線に終わった)

─米国はシリアへのミサイル攻撃に続いて、北朝鮮への軍事的圧力も強めています。

ゴロヴニン 北朝鮮に向けた米国の空母打撃群の展開は、明らかにシリアへのミサイル攻撃から続くパフォーマンスの延長線上にあります。しかし、実際にシリアに対して行なったような軍事行動に出る可能性は高くないと考えています。シリアへの攻撃ではサウジアラビアなどの周辺国からの支持を得られましたが、北朝鮮に攻撃を加えるとなれば、日本や韓国などは米国の同盟国であっても、少なくともホンネの部分では反対の声が上がるでしょう。

つまり、シリアと北朝鮮では周辺国の支持を得られるかどうかで事情が異なります。米国も簡単には軍事行動に出られないでしょう。ただし、繰り返しになりますが、トランプ大統領の行動を予測するのは容易なことではありません。

─安倍首相は米国のミサイル攻撃に対し、その「決意を支持する」と表明しました。

ゴロヴニン 米国の攻撃そのものではなく、化学兵器使用を許さないという「決意」を支持する。実に巧妙な表現ですね。私はこの安倍首相の発言をロシアに打電する際、その言葉通りに忠実に翻訳して伝えました。しかしロシア人はそういった微妙な言葉のニュアンスまでは気にしない国民です(笑)。

おそらく「決意を支持する」という安倍首相の言葉も、ロシアでは多くの人が「全面支持」と受け止めたでしょう。昨年12月、安倍首相はプーチン大統領を地元の山口県に招き、親密な関係を構築しようとしましたが、その努力がムダにならなければいいですね。

(取材・文/田中茂朗)

●ワシリー・ゴロヴニンイタル―タス通信東京支局長。着任は旧ソ連時代末期の1991年。以来、約四半世紀にわたって日本の政治・経済・文化をウォッチし続けている