DV加害者向け教育プログラム「アウェア」に6年間通っている赤林さん(仮名)。妻を殴る、物を投げつけるなど激しいDVを繰り返していたという

11万1630件。2015年4月からの1年間で、全国の配偶者暴力相談支援センターに寄せられた相談件数だ。

年々増加し、社会問題化するDVは、もはや人ごとと切り捨てられない。本誌は、DV加害者の更生を支援する団体を通じて、実際に妻に暴力を振るってきた男たちに接触。彼らは言う――「こんなはずじゃなかった」と。

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東京・飯田橋にある雑居ビルの一室に男たちがひとり、またひとりと集まってきた。

30代から60代くらいの8人が輪になって座った。少しぎこちなく、他人と視線を合わせないように机を見つめる者、笑顔であいさつする者、ノートをパラパラとめくる者などさまざま。

ただひとつ彼らに共通する点は、温厚そうでごく普通の人に見えるのに、皆、妻やパートナーに暴力を振るった経験があるということ。DV加害者向け教育プログラム「アウェア」のグループセッションに参加するため、毎週1回ここに集まるのだ。

2015年に内閣府が発表した「男女間における暴力に関する調査報告書」によると、約4人に1人の女性が配偶者からDVを受けた経験があり、約10人に1人は何度も被害を受けているという。それに先立つ2001年にはDV防止法が施行され、その後の改正により身体的だけでなく精神的・性的・経済的暴力なども罰則の対象となった。

アウェアが活動を始めて15年、これまでに700人以上の加害男性がそのドアを叩いてきた。参加者の職業は多種多様で、会社員から教師、弁護士、裁判官、警察官、医者、僧侶までいる。ワーカホリックな人が多いという。

セッションでは参加者が輪になり、まずは1週間の「ふり返り」を共有する。妻に対して暴力的になったときのエピソードをおのおのが発表するのだ。

「同じ問題を抱える男性から『それはひどいですよ』などと指摘されると、『そうかもしれない』と素直に聞ける。この効果が一番大きい」と、アウェアの山口のり子代表は言う。

その後、過去のDVの事例を紹介するなどさまざまな教材を用いて、2時間のセッションは終わる。平均すると2年9ヵ月、長い人では7、8年かけてDV体質を克服していくというが、その道のりは険しい。

「友達の前でオレに恥をかかせるな」

「アウェア」の山口のり子代表。これまでアウェアに参加した加害男性は700人以上で、会社員から教師、弁護士、裁判官、警察官、医者、僧侶までいた。ワーカホリックな人が多いという

アウェアに通い始めて6年になる赤林さん(仮名・42歳・会社員)は、妻(52歳)から「アウェアに通うか、離婚するか」迫られて参加した。このように、パートナーから二者択一を突きつけられてしぶしぶ参加を決める人が多いという。

赤林さんは、セッションには誰よりも早く席に着くほどまじめな性格だ。時折、はにかんだような笑みを浮かべ物静かに話す様子からも、暴力を振るう姿など想像つかない。

妻と出会う以前に交際した女性には、DVをしたことはないという。初めての暴力は、結婚前に妻と同棲(どうせい)を始めて1年ほどたった頃、妻と友人をクルマに乗せてサーキットに出かけたときだった。

スピードを出しすぎていた赤林さんに、交通事故のトラウマによりうつ病を抱えていた妻が「ちょっと怖い」と告げると、クルマを降りるなり「友達の前でオレに恥をかかせるな」と馬乗りになって妻をボコボコに殴った。

妻にそのときの話を聞くと、殴られる痛み以上に「一番守ってもらいたい人に、今殴られているという状況に硬直して助けを呼ぶこともできなかった」とふり返った。しばらくして赤林さんは目に涙をためて「そんなつもりじゃなかった」と謝ってきたという。

以降、赤林さんのDVは頻発していった。妻のうつ病が悪化し仕事ができなくなり、世帯収入が激減したことを心配すると、「そんな心配するから病気になんてなるんだ」とまた殴った。冷たい布団に入って「寒いね」と妻が言っただけでヘルメットを投げつけたこともある。

しかし、赤林さん本人はこうしたDVの詳細をあまり覚えていない。「恥ずかしい話ですが」と前置きをして、「暴力が日常化しているので忘れてしまっているんです」と言う。毎回DVをした直後には「またやっちゃった」という反省もあり、サーキットの場でそうしたように、涙を流して謝罪したり、優しく接することもある。

だが、これは「ハネムーン期」と呼ばれるDVの典型的なサイクルだと山口代表は説明する。一方、妻にも「もしかしたら暴力がなくなるかもしれない」という期待がその都度芽生え、「本当は優しい人なのに、私が怒らせているんだ」と思ってしまう。

DV被害に遭いやすい女性のタイプ

育った家庭環境の影響もあるようだ。赤林さんの妻の母親はキレやすく、物を投げたりする人で、彼女は幼い頃からそれにただ耐えていた。そして、「この経験から、私には『我慢する』という土台があったのかもと思います」と語る。

山口代表によると、DV被害に遭いやすい女性は「まじめ、面倒見がいい、責任感が強い、負けず嫌いな人」で、「女はこうあるべき」という意識が強く、夫から理不尽なことを言われると逆に、さらにがんばってしまう人が多いという。

一方で、赤林さんの父親は、家族で食事をするときも“不機嫌オーラ”を出し続ける人だった。駐車場で父が母を殴っていた情景が鮮明に残っている。そして、気がつくと、「絶対にこうなりたくない」と思っていた父親の姿に自分が重なっていた、と赤林さんはふり返る。

妻が自分の期待に沿わないと、毎回爆発する。台所に立つのは母や嫁、妻は夫を立てるのが仕事――。アイロンがけがあまり得意でない彼女に「なんでちゃんとできねぇんだよ」と言ってテーブルをひっくり返したこともあった。

山口代表によると、加害男性の60~70%は、親のDVを見て育ったという。しかし、「厳しく育ててもらったおかげで自分は立派な大人になった。親には感謝している」と言う人も多い。

また、赤林さんは次のような自己分析もする。

「DVしている人は、暴力的になったときに『頭が真っ白になった』とよく言いますが、それは嘘。少なくとも私は『前回ここまで許してくれたから、次はここまでやっても大丈夫だろう』と計算して行動していた。だからエスカレートするんです」

アウェアに通うことで身体的暴力はなくなったが、今でも気に入らないことがあると言葉や態度が荒くなり、物を投げてしまうことがある。

それでも、今では妻と共にアウェアの教材で勉強し、少しでも彼女の傷を癒やそうとしている。抵抗はあったが、共通の友人たちには自分のDVを明かした。彼をまじめで穏和とばかり思っていた人たちは皆驚いたそうだが、赤林さんは、周知することで暴力の抑止力にしようとした。いずれ両親や親戚たちにも伝えようと考えている。

●この続き、後編は明日配信!

(取材・文/松元千枝 撮影/ロバート・ギルフーリー)