テロ等準備罪の本当の目的は、テロ対策でもパレルモ条約批准のためでもなく、警察の権限拡大なのか……?

「オリンピック開催に向けたテロ対策のために必要」と訴えて、政府が法案提出に前のめりになっている「テロ等準備罪」

しかし、この法案は過去に3度も廃案になった「共謀罪」と中身はそっくりで、名前を変えただけというシロモノだ。

なぜ今、法案成立を急ぐのか? そもそも本当に必要な法案なのか? 徹底追求した!

■共謀罪として3度廃案も復活! テロ等準備罪とは何か?

「テロ等準備罪」とは、2003年、04年、05年と、これまで3度も国会に提出されながら、野党などの強い反対でいずれも廃案となった「共謀罪」の名を変えて、政府が今国会に提出している法案のこと。政府は従来の共謀罪より成立要件を絞り込むなどして、今度こそ法案の成立を図りたい方針だ。

そもそも共謀罪とは、どんな法案だったのか? 日弁連の「共謀罪法案対策本部」事務局長の山下幸夫弁護士に聞いた。

「共謀罪とは、簡単に言えば罪を犯す以前の『計画』の段階でも処罰の対象とするものです。しかし、対象とされた人たちが本当に罪を犯そうと考えたのか、実際に『共謀』や『謀議』はあったのか、という認定の基準は非常に曖昧です。過去の国会審議では、『目くばせ』だけでも共謀が認められるという法務省の見解が示されました。

そのため、この法律が警察などの捜査機関によって恣意(しい)的に運用されれば、組織犯罪を未然に防ぐという本来の目的から外れて、政府に反対する市民運動、労働組合の弾圧など、言論弾圧や人権侵害につながる恐れもあるのです」

では、今回のテロ等準備罪は従来の共謀罪と何が違うのか? 山下弁護士が続ける。

「両者に本質的な違いはありません。政府は今回、『テロ等準備罪』が適用される対象を、テロ組織や暴力団などの『組織的犯罪集団』に限定し、さらに具体的な『準備行為』がなければ処罰の対象としないとすることで、乱用の恐れはないとしています。

しかし、組織的犯罪集団の定義や、何をもって準備行為とするかは曖昧なままなのです。例えば、『食事をする』という行為を『準備行為』だと認定してしまうことも可能でしょう」

法案の名前は変わっても、以前から指摘されてきた共謀罪の懸念や問題点は内包したままの「テロ等準備罪」。

与党が圧倒的な議席を占める今、法案が提出され、世論調査でも必要という声が多ければ、今度こそ成立するのは間違いないだろう。

パレルモ条約の批准に共謀罪は必要か?

■今の法整備でもテロ対策は十分! 本当の狙いは警察の権限拡大!

ところでなぜ、安倍政権は今国会での「テロ等準備罪」の新設を急いでいるのだろうか。

政府がオリンピックのテロ対策と共にその理由として挙げているのが、00年12月に署名された、通称「パレルモ条約」の批准問題だ。

この条約は、マフィアなどの犯罪集団によるマネーロンダリングなど、国際的な犯罪に対処するため国連によって採択されたもので、日本も00年に署名している。

だが、すでに187ヵ国・地域がこの条約を締結しているにもかかわらず、署名から16年以上を経た今も日本は批准に至っていない。

それはなぜか? 前出の山下弁護士が語る。

「パレルモ条約の批准には、署名国がそれぞれの国内法における『重大な犯罪』のすべてに『共謀罪』、または犯罪集団への参加を罰する『参加罪』を整備することが求められていますが、日本政府が過去3度、国会に提出した共謀罪はすべて廃案となった。

しかし今年の夏は、条約が結ばれたイタリアのパレルモでG7(先進7ヵ国蔵相会議)の開催が予定されており、日本政府はそれまでに国内法の整備を行なって、批准にこぎ着けたいと考えているのです」

ちなみにパレルモ条約の批准のため、共謀罪の適用が求められている「重大な犯罪」は、基本的に「法定刑の長期4年以上の犯罪」(山下弁護士)だ。

そして政府は、過去に共謀罪法案を提出した際、「重大な犯罪」に該当する619の犯罪に共謀罪を適用する必要があると主張してきた。

「この基準を現在の刑法に当てはめると、その対象はさらに増え676となりますが、パレルモ条約が想定している国際的な組織犯罪、あるいはテロにつながると思われる犯罪は、その中の一部にすぎません。

そのため、このまま法案が成立すると、本来なら共謀罪の整備が必要ない犯罪にまで、共謀罪、および準備罪が適用される道を開くことにつながる恐れがあり、過去の国会審議でも『乱用の恐れがある』と指摘されてきました」(山下弁護士)※その後、政府が提出した法案では、対象は5分類277種類まで絞り込まれた

しかし、山下弁護士は次のように指摘する。

「仮にそれでパレルモ条約の批准が可能なら、『批准には長期4年以上のすべての犯罪に共謀罪を新設することが必要』としてきた、これまでの政府の主張には根拠がなかったことになります」

オリンピック開催にもテロ等準備罪は不要?

■オリンピック開催にもテロ等準備罪は不要?

「共謀罪法案の提出に反対する刑事法研究者の声明」の呼びかけ人のひとりで、京都大学の高山佳奈子教授も政府の主張に異を唱える。

「パレルモ条約に関する国連の『立法ガイド』第51項には、自国の法体系に共謀罪や参加罪を持っていない国でも、それらを導入せずに組織的犯罪集団に対して有効な措置を講ずることができればよいと記されています。

そもそも日本の法制度は、他国と異なり『予備罪』を極めて広く適用してきました。例えば、殺人予備罪、放火予備罪、内乱予備罪、凶器準備集合罪のほか、爆発物取締罰則や破防法など特別法での予備罪など、その数は実に70以上です。

こうした既存の法体系で条約の批准の条件は満たせますし、テロやその他の国際的な組織犯罪にも十分に対応できるはずなのです」

つまり、こうしたことを国連に説明すれば済む話なのに、なぜか政府はそれをせずに、新たに共謀罪を国会で通過させようと何度も試みてきたのだ。

前出の山下弁護士は次のような見方をする。

「もし、条約批准の『絶対条件』でもなかったのだとすれば、いったいなんのためのテロ等準備罪なのか? これでは単に警察の権限を拡大することが目的だと思われても仕方ありません」

また、憲法学者で慶應義塾大学名誉教授の小林節氏も、次のように話す。

「パレルモ条約の34条には、『自国の国内法の基本原則に従って必要な措置を講ずる』と書いてあります。つまり、自国の憲法を尊重し、その範囲内で必要な法整備を行なうということです。テロ等準備罪が導入されれば、人の心の中、『内心』までが捜査や処罰の対象となります。そうなれば日本は捜査当局による盗聴、監視、通信の傍受が常時当たり前のように行なわれる『監視社会』になるでしょう。

たかが条約の批准やオリンピック開催のために基本的人権の否定にまでつながる『憲法違反』の法案を許していいはずがありません」

★後編⇒「警察目線」で考えるテロ等準備罪。その本当の怖さは?

(取材・文/川喜田 研)