今、目指しているのは腕を強く振るということだと語る松坂大輔

開幕からの表の3人が和田毅、中田賢一、東浜巨。裏の3人は千賀滉大、武田翔太、リック・バンデンハークーー。

顔ぶれだけを見れば、福岡ソフトバンクホークスの先発ローテーションには谷間がない。だから、オープン戦の最後に与えられたチャンスで7回をノーヒットに抑えるピッチングを見せても、彼にローテーションへ割り込む余地は残されていなかった。

松坂大輔のことである。

思い浮かぶのは3年前のことだ。当時、メジャー8年目を迎えていたニューヨーク・メッツの松坂は、オープン戦でローテーションの座を若いピッチャーと争っていた。その最後の登板で、松坂は5回を投げて被安打5、奪三振8、無四球、無失点という文句のつけようがないピッチングを披露した。ところが松坂は、開幕をマイナーで迎えることになったのである。結果を求められてそのとおりの結果を出したのに…その直後、松坂はこう言っている。

「競争であって競争でないという感じですかね。自分がいいものを出しても、それが判断材料にならないというのが、今の僕の立場です」

いいものを出しても判断材料にならない―3年前のこの言葉は、今回は当てはまらない。オープン戦でのピッチングは間違いなく判断材料になり、松坂は開幕ローテから外れた。確かに最後のチャンスでは答えを出したものの、それまでの結果は満足のいくものではなかったからだ。

右肩の状態は安定せず、一進一退。それでも心の平穏は3年前と比べものにならなかった。それはなぜだったのか…思えば今年のキャンプの最中、松坂に「野球を楽しめているか」と聞いてみたことがあった。すると彼はこう言った。

「また楽しいなって思えるようになってきました。たぶん、ちょっと投げられるようになってきたからだと思います。今は痛いところはありません。ただ、感覚的に肩周りの状態には波があって…いいときには朝起きてすぐ、『あ、今日はいいな』と思うし、ちょっと落ちてる感じがするときは『今日はまだまだだな』と思います。手術した場所の感覚は日によって違うんですよね。でも去年あった不安というものは、だいぶなくなってきてますけどね」

松坂はメジャー2年目の2008年、初めて右肩に違和感を覚え、それ以降は痛くない投げ方を探してきた。本来の投げ方でなくとも勝ててしまうところが松坂の器用さであり、才能のゆえんでもあるのだが、結果、ヒジに負担がかかり、靱帯を損傷(2011年に手術)。股関節や肩周りにも負荷がかかって、その後は故障に泣かされ続ける。

「肩に不安を持つようになってからは、痛みの出ないフォームを探すことに時間を割かなければならなかったので、いつの頃からか、こう投げたいという理想のフォームを考えることをやめてしまったような気がします。もちろんこう投げたいというイメージはあるんですけど、それとは別に今の自分の状態に照らし合わせて、こう投げられたらいいな、そのなかで痛みが出なければいいなって考えるようになってしまいましたね」

松坂がそこまで無理をして投げ続けたのは、メジャーの厳しい生存競争を肌で感じていたからだ。

「やっぱりローテーションのポジションをあけたくない、誰かに譲ることはしたくないという気持ちが常にありましたからね。レッドソックスにいたときは、ベテランのピッチャーでもケガで調子を落としただけで簡単にローテから外されてましたし、そういうのを見たら自分はああはなりたくないと思って、痛くても我慢して投げてしまったことはありました」

野球って誰かを見返すためのものじゃない

では、現在の松坂はどんなフォームをイメージしているのだろう。こう投げられたらという痛みのないところを探す投げ方ではなく、こう投げたいという投げ方を目指すことができているのだろうか。

「そうですね……キャンプのときには自分でいろいろと取り組んでみて、最後、しっくりきそうな感じのフォームはこれかな、というところまではきました。今、目指しているのは腕を強く振るということです。そのためにはちょっとした間を取る動作が必要なんです。

ブルペンで投げているときと違って、実戦ではバッターやキャッチャーとの間合いによって体重移動しているときのタイミングの取り方が変わってきます。その間をつくる余裕がなかなか持てなかったんですよ。だから、腕も前で振れない。タイミングがうまく取れなかったんです」

腕を強く振って、ボールを前で放せば、指にしっかりかかったボールが投げられる。それができないのは心の奥に、肩に対する不安があったからなのかもしれない。それがなくなってきているからこそ、今、松坂のボールは確実に強くなってきているのだ。

松坂に対する逆風は、今もなおやむことはない。やれ年俸が高すぎる、太りすぎだ、ケガばっかりだと…そんな声はもちろん松坂にも届く。

「ネガティブなことを言う人に対しても、逆に言えば、応援してくれているんだなって思います。気にしてくれているんだなって……そうやって、いい意味での勘違いをしてればいいと思うんですよね」

スターは活躍すれば注目され、成績が落ちれば関心を持たれなくなる。しかし、スーパースターは活躍すれば世の中がひっくり返るくらいの騒ぎに巻き込まれる一方で、ダメになればとんでもないバッシングを食らう。“叩かれてナンボの世界”で逆風が吹き荒れるのは、松坂は今もなお、スーパースターであり続けている証(あかし)なのだ。

「野球って誰かを見返すためのものじゃないし、野球はそんな気持ちでやるものじゃありませんからね」

36歳になった松坂大輔はそう言って、笑った―。

●松坂大輔(まつざか・だいすけ)1980年9月13日生まれ、東京都出身。横浜高校3年時に甲子園で春夏連覇を達成し、ドラフト1位で西武ライオンズに入団。2006年のオフに海を渡り、MLB通算56勝を挙げて14年オフに日本球界に復帰した

(取材・文/石田雄太 撮影/西田泰輔 小池義弘)