「どこでも釣る、どこでも書く」の作家・夢枕獏(右)と開高健に挑戦状を叩きつける男・小塚拓矢が語り合う、現代の釣りロマン!

未踏の地やまだ見ぬ幻の魚といったものがなくなりつつある現代。冒険家は釣りにおける夢やロマンをどこに見いだすのか?

時間さえあれば世界を回り釣りを楽しむ作家・夢枕獏(ゆめまくら・ばく)と、開高健に抗い世界中の怪魚を釣り上げてきた男・小塚拓矢(こずか・たくや)が縦横無尽に語り尽くす!

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―夢枕先生は怪魚について、どのようなイメージをお持ちですか。

夢枕 本来の定義はさておき、僕の中では怪魚というのは、ゴツくてデカくて、釣るときにすごく体力がいる、そんなイメージなんです。そういうロマンがあるものだから、きっとみんな、小塚さんのやっていることを見て、「いいな」とか「自分もやりたかったな」なんて言うんじゃないですか。

小塚 怪魚といっても、それを釣る作業自体は割と大味なんですよ。その場所に行くことさえできれば、簡単に釣れてしまうこともあるので、その意味で僕は印象的に得をしている気がします。

夢枕 でも、僕らのような自由業でもなければ、そういった場所へ行く時間もなかなか取れないですからね。簡単に行けないからこそ、怪魚釣りには夢があるんだと思う。

小塚 たぶん、そういう醍醐味(だいごみ)を最初に面白おかしく世間に伝えたのが開高健(かいこう・たけし)さんで、それが『オーパ!』という作品に結実したわけですが、開高さんが訪れた当時のブラジルはまだ軍事独裁政権の国ですし、お金もたくさんかかっているはず。社会情勢的にも、ハードルが高かったと思うんです。

夢枕 うん、そうでしょうね。

小塚 僕は18歳のとき、「おそらく今が一番、釣りに挑戦できる時期だろうな」と直感したんです。年齢を重ねると、お金はあるかもしれないけど時間がなくなる。でも当時の自分は、お金はないけど時間はある。お金と時間をかけ算した“積”が、最も大きくなる時期というのが人生に何回かあって、それが大学時代だったり定年退職後だと思うのですが、その最初の機会に僕は釣りをぶつけたわけです。

夢枕 そこで、「定年してからやろう」などと言っていると、結局やらずに終わってしまいがちなんですよ。そこそこの退職金をもらったとしても、老後が心配になって、踏み出せなくなってしまったりして。だから、18歳でも30歳でも、あるいは70歳であっても、行きたいと思ったときを逃してはいけないと思う。僕自身も「変な場所で釣りたい」という欲求はあるので、今からでも行きたいところですけど、一方で楽に、できるだけ安全に釣りたいと思っているからどうにも難しい(笑)。

小型ボートに乗り込み、アマゾン川支流を進む夢枕先生。ルアーを垂らすと、さまざまな魚が獰猛に食いつくという

アマゾン流域だって、普通に携帯電話がつながる

小塚 その点、僕は先生と真逆な部分があるんです。僕は安全であればあるほど足が向かなくなってしまうので。なぜなら、俗っぽい言い方になりますけど、安全な場所では、どうしても書くに足る物語にならないんですよ。リスクなく大物を釣り上げても、単なる釣り自慢にしかならない気がして……。できることなら、道中で犬に追われたり、おなかを壊したり、あるいは強盗に狙われたりといったエピソードが欲しいです(笑)

夢枕 なるほど。僕は必ず仕事を持っていくから、やっぱりトラブルとは無縁であるに越したことはない。釣りの合間に、テントの中で原稿を書くこともあるんだけど、たいてい一緒に行っている仲間が、何か釣れるたびにいちいち「釣れたぞ」と自慢しにやって来る。これがいつもすごく悔しい(笑)。

小塚 ああ、ありますね。僕も最近は執筆の仕事が増えてきましたが、今はインターネットがあるため、どこにいても締め切りから逃げられなくなりました。最近はアマゾン流域だって、普通に携帯電話がつながりますから。

夢枕 僕も数年前にアマゾンを訪れて驚きました。

小塚 聞いた話では、むしろ辺境の地であればあるほど、電波は通しやすいそうですよ。ほかに投資をするところがないので、多少のコストがかかっても電波塔をひとつ置いてしまえば、現地の人たちもほかに娯楽がないので、手持ちのお金をどんどんスマホにつぎ込んでくれるとか。現地の人たちが、どんどんスマホ中毒になっているわけです。

夢枕 僕は手書きなので、どこでも原稿が書ける代わりに、ファクスがなければ送ることができません。ところが、今は最悪、手書きの原稿を携帯電話で撮って、写真で送れるので困ってしまう(笑)。

■開高健に挑戦状を叩きつけること

夢枕 ところで、アマゾンに生息するデンキウナギ。あれ、実際にビリビリするんですか? 以前、現地で「釣れても絶対に触るな」と厳しく言われたことがあるんですが。

小塚 何度か釣ったことがありますが、やっぱりビリビリしますよ。1匹目は現地人の勧めで糸を切って逃がしました。でも口に針を残すのはかわいそうで。2匹目は絶縁体のゴム手袋をはめ、針を外すべく触ったんですけど、それでも湿り気を伝ってやっぱりビリッときました。アマゾンは日本とは比べ物にならないほど湿度が高いですからね。

夢枕 ちなみに食感は?

小塚 食べたら舌がビリビリ痺(しび)れたという友人もいましたが、僕はそうでもなかったですね。割と普通の魚肉でした。尻尾(しっぽ)のほうだけ少し切って食べただけだから、もう少し多めに食べてみないとわからないのかも。

夢枕 開高さんみたいに、料理人を伴って現地へ行ければいいんだけど(笑)。

小塚さんがアマゾンで釣り上げた「デンキウナギ」。最大800Vの電圧を放ち、馬も殺すといわれている

30年後の釣り人として、開高さんに挑戦状を叩きつける

―おふたりとも、開高さんから受けた影響は大きい?

夢枕 僕は同業者なので、大きいんだか小さいんだか、よくわからないんです。アマゾンやモンゴルなど、開高さんが訪れた場所で僕も釣っているんですけど、きっと開高さんがいなくても、同じ場所へ行っていたでしょうし。むしろ、文章のほうで受けた影響が大きいかな。『河は眠らない』などを読んでも、開高さんは痺れるようなフレーズをたくさん残していますから。

小塚 僕は逆に、開高さんの影響を受けたくないと思っていた口なんです。それどころか、最初は若かったこともあり、開高さんを否定するために旅に出ているようなところすらありました。「あれだけお金と人を連れていけば、そりゃ釣れるに決まってるよ」と。もっとも、最近になって自分が撮影クルーと一緒に行動するようになってみると、「むしろこの態勢のほうが釣りにくいな」ということがわかってくるんですが。

夢枕 それは騒音の問題?

小塚 それもありますが、大勢いるとどうしても、安全を求める人が出てきますから、行動が制限されてしまうんです。また、撮影機器を充電するための場所が必要だったり、自由な旅にならない。

夢枕 ああ、それは確かに悩ましいところですね。

小塚 結局のところ、僕がやりたいのは、30年後の釣り人として、開高さんに挑戦状を叩きつけるようなことなんです。最近はどこへ行っても、「昔に比べて釣れなくなった」とみんな言いますけど、そんな言葉は聞き飽きました。

夢枕 それ、本当にどこへ行っても言われますよね(笑)。「10年前に来れば、もっとすごかったのに」とか。

小塚 その人の人生で一番釣れた日のことを、美化して話しているだけなのではないかと思ってしまいます。

夢枕 ただ、この年になると、そう言いたくなる気持ちもわかるんです。実際、僕もつい言ってしまうもの。どこかへ知り合いを連れていくときに、「30年前はもっとこうだったんだけど……」って(笑)。

―実際に、魚が減っている事実はあるのでしょうか。

小塚 減ってるとは思いますよ。ただ、その分こちらには、技術や情報、道具などの武器が増えているので、言い訳にはできないでしょう。

夢枕 確かに、昔の釣りの本を読んでみると、たいてい釣れないことをぼやいた内容ばかりなんですよ。それを見て、「なんだ、今と変わらないじゃないか」と思ってしまいます。もしかすると、現代の道具を持って江戸時代へ行ったら、めちゃくちゃ釣れるのかもしれないですね。

現代の釣りロマン! 作家・夢枕獏×怪魚ハンター・小塚拓矢、平成『オーパ!』対談【後編】

(構成/友清 哲 撮影/村上宗一郎[対談] 写真提供/遠藤昇 小塚拓矢)

●夢枕 獏(ゆめまくら・ばく)1951年生まれ、神奈川県出身。『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞受賞。『大江戸釣客伝』で吉川英治文学賞などトリプル受賞。ロシア、カナダ、アマゾン、日本各地での釣り体験をまとめたエッセイ『平成釣客伝 夢枕獏の釣り紀行』(1600円+税/講談社)

●小塚拓矢(こずか・たくや)1985年生まれ、富山県出身。東北大学理学部生物学科卒、同大学院生命科学研究科修了。在学時からアマゾンやアフリカを旅し、怪魚を釣り上げる。釣り用具の開発・販売も手がける。近著に『怪魚を釣る』(740円+税/集英社インターナショナル)

●『オーパ!』かつては本誌の人生相談を担当していた作家・開高健先生。アマゾン、アラスカ、モンゴルなどを舞台に、『月刊PLAYBOY』で連載していた『オーパ!』シリーズは今も語り継がれる伝説の釣り紀行だ