「乳房に欲情するのは、それが非日常なものだから。だったら、乳房を日常のものにすれば、穏やかなエロスになると思ったんです」と語る伴田良輔氏写真集『ＢＲＥＡＳＴＳ乳房抄／写真篇』『ＨＩＰＳ 球体抄』などの著作で、乳房やお尻といった女体をクローズアップ撮影した写真で評価が高い伴田良輔（はんだ・りょうすけ）氏。
週プレでも超フェティッシュな写真を発表してくれているが、新刊『乳房のある情景』に所収されているのは写真だけではない。
乳房にまつわる自叙伝的な掌編小説も収録し、伴田氏の乳房への思いの集大成的な一冊に仕上がっている。５００人近い女性の乳房を撮影してきた、東京・神保町のアトリエで話を聞いた。
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―この小説の主人公・Ｈは伴田さんご自身？
伴田 自分の体験を書いているんですけど、一人称ではうまく表現しきれなかったから三人称にしました。でも、伴田の“Ｈ”だから、すぐわかっちゃいますよね（笑）。
―この本は幼い頃の母親の乳房の記憶に始まり、どのような女性をモデルに、どんなことを考えながら伴田さんが撮影しているのか、赤裸々に書かれています。ただ、小説ですから、事実そのままではないんですよね？
伴田 ボクの写真のモデルになってくれているのは、一般の女性なんです。撮影前にじっくり話をするんですが、ひとりひとりの経験談は物語として成り立つくらい豊かです。しかし、そのまま書いてしまうと、彼女たちに迷惑がかかるかもしれない。それと、自分の妄想を膨らませたい気持ちもありました。そこで、自分がどういう人間かを自問するかたちの小説を書いたんです。
―本書ではモデルの顔や名前を出さず、乳房の写真だけを載せていますが、文章でも、匿名性を出したかったんでしょうか？
伴田 顔や名前、プロフィールを明らかにして乳房を見せてくれるのは、それを職業にしている女優さんやタレントさんだけですよね。でも、そういう女性は人口の１％にも満たない。それ以外の９９％に近い女性たちの中にこそ、宝が埋もれていると思うんです。そんな野に咲く花、いや自然な乳房を撮りたかった。
ですから、基本的にライトを使わずに、自然光で撮っているんです。ネイチャーに姉ちゃんを撮っているという（笑）。文章でも同じスタンスですね。
“性行為ではないエロス”というかたちの幸せ
―このアトリエをスタジオにされているんですよね。
伴田 昼下がりから夕方にかけて、この部屋の北東の磨（す）りガラスの窓から、いい光が差し込んでくるんです。女のコに窓の下のソファに座ってもらって、話を聞いてから撮影を始める。自然光だと女のコの裸体に光が回って美しく撮れるし、ボクも癒やされています。
―この場所で５００名近くの一般人の乳房を見ているなんて…うらやましい！ しかも小説に登場する女性たちがまた、とても魅力的ですよね。最初に撮影したという「鏡の中のおっぱい」の１８歳の学生、「宇宙飛行士」の女子校音楽教師、「モデル志願」の編集者、「涙」の左の乳房を乳がんで切除した女性など、実際にいらっしゃったんですか？
伴田 はい。境遇や来歴は変えましたが、話してくれたことの本質は伝えたつもりです。それに、驚くほど美女が多いんですよ。
―ものすごく妄想をかき立てられます。撮影の時、欲情しないんでしょうか？
伴田 ボクも若い頃、狂おしいくらい性欲に悩まされていました。それが初期の作品のモチーフになっていたし、乳房も欲情の対象だったんですが、このシリーズは“違うもの”にしようとして撮影を始めたんです。
―どういうことでしょう？
伴田 欲情するのは、乳房が非日常なものだからです。だったら、乳房を日常にしてしまおう、と。そうすれば、穏やかなエロスになると思ったんです。今考えると無謀な企てでしたが、結果として、そういう日々を過ごせています。
―なるほど。伴田さんは日々、乳房を撮影しているし、このアトリエに写真を展示している。“乳房のある情景”が日常になっているわけですね。
伴田 ボクは欲張りなので１日中ずっとエッチでいたいと思っている（笑）。欲情しなくてもエッチでいられるはずだと。“性行為ではないエロス”というかたちの幸せも、この本で伝えたかったことのひとつです。中年以降の幸せなのかもしれませんけどね（笑）。
―乳房に囲まれた幸せですね。ただ、そこまで乳房に惹かれるのはなぜでしょうか？
伴田 元々、曲線が好きなんです。曲線の柔らかさ、視覚から伝わる触感が好きなんだと思います。ですから、触りたくなるような乳房の曲線に強く惹（ひ）かれるんです。
人間は赤ん坊の頃、おっぱいを吸うことで、視覚、聴覚、触覚、嗅覚という感覚が枝分かれするのではないかと思うんです。生まれて、最初に目にして、手を伸ばし、においを嗅ぎ、吸う。音を聴くのもおっぱいを飲みながらのことですからね。大人になっても乳房に郷愁を感じるのは、そのためだと思います。
赤ん坊の感覚で写真を撮ってる
―赤ん坊の感覚でおっぱいを見ているところがある？
伴田 赤ちゃんプレイ好きではないけど、赤ん坊の感覚で写真を撮ってることは間違いありません。亡くなる直前の母親に、指を吸われたことがあるんです。昏睡状態で食べ物をほとんど受けつけなくなっていたんですが、人差し指にシャーベットを載せて口に入れたら、強く吸われた。赤ん坊がおっぱいを吸うみたいで、立場が一瞬入れ替わった。
―谷川俊太郎さんの「やさしさにかたちがあるとしたら／それはこんなかたち／はるかなむかしからかわらないかたち」という詩に衝撃を受けたと書いていらっしゃいます。
伴田 おっぱいの本質をとらえていると思ったからです。巨乳・貧乳、釣り鐘形・お椀形とか分類があって、どういう形が好きかよく聞かれるんですが、ボクはそういう分類にまったく興味がないんですよ。
乳房の形は人それぞれ違っていて、だからこそ見ていて飽きない。バストサイズとかブラのカップ数とかも５００人撮って一度も聞いたことがないですね。でも、どの女性のものか、その女性の容姿、人柄もよみがえってくる。
今回、その一端を小説と写真で表現してみたんですが、まだまだ全然書ききれていないとも思います。２５年、乳房を撮り続けていますが、まったく飽きません。それどころか、ますます楽しくなっています。
（取材・文／羽柴重文）
●伴田良輔（はんだ・りょうすけ）１９５４年生まれ、京都府福知山市出身。上智大学外国語学部英語学科中退。初仕事は８２年、パンティートランプのディレクション（現在も販売中）。『タモリ倶楽部』のオープニングはこのトランプをヒントにしたとされる。以後、作家として『独身者の科学 愛の傾向と対策』『１００万人のよる伝説』をはじめ、エロティシズムに関する著書、編著書を多数発表。また、翻訳家、美術家、写真家などとして幅広く活躍中
■『乳房のある情景』 （シンコーミュージック・エンタテイメント １６００円＋税）「おっぱいは宇宙である」と標榜する、乳房写真の巨匠・伴田良輔氏。本書は写真専門誌『フォトテクニックデジタル』の連載を再構成し、物語でありながら、女体論、写真論でもある特異な書物だ。母の乳房、生い立ち、思春期の乳房への思い、さらに２５年間の撮影から紡ぎ出された珠玉の掌編小説２３編に加え、乳房写真７８点も所収。伴田氏は乳房を撮り続けながら、同じ手法で５年前からお尻、最近では陰毛、恥丘も撮り始めている