「対象となる犯罪を従来の676から277と大幅に絞り込んだ」と主張している安倍首相だが…

政府・与党が「テロの資金源となる国際組織犯罪への対応として、国連が求めるパレルモ条約(別名:TOC条約)批准のために不可欠」と主張し、2020年の東京オリンピックに向けたテロ対策の強化を訴えて、今国会での成立を目指す「組織犯罪防止法改正案」。

2003年以降、今回と同じく「パレルモ条約の批准」を主な理由に国会に提出されながら、これまで3度に渡って廃案となった「共謀罪」に代えて、政府は今回の法案に「テロ等準備罪」という「通称」を用い、対象となる犯罪を従来の676から277と大幅に絞り込んだ」と主張している。

だが、政府が大幅に絞り込んだと主張する法案の中身を検証すると、この「テロ等準備罪」が現実には「共謀罪」でしかないということ、そして「テロ防止とパレルモ条約批准のためにはテロ等準備罪の新設が欠かせない」という政府の主張にはほとんど根拠がないことが浮かび上がってくるという。

刑法が専門で、4月25日に行なわれた国会の参考人招致でも証言した京都大学高山佳奈子教授に聞いた。

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─過去3度も廃案になった「共謀罪」法案の審議で政府は一貫して「パレルモ条約の批准には、条約に示された『重大な犯罪=刑期が4年を超える刑法犯』すべてに対して共謀罪を適用することが必要だ」と主張してきました。今回、政府は「テロ対策を目的に共謀罪の構成要件を大幅に絞り込んだ」としていますが、半分以下に減らしても条約を批准できるなら、これまでの主張がウソだったということになりませんか?

高山 その通りです、それに、そもそも政府が「共謀罪の新設が必要だ」とする主な根拠としてきた「パレルモ条約」(TOC条約)は安倍政権が主張するような「テロ対策」を目的としたものではありません。

これについては、国連でこの条約の「立法ガイド」の作成に携わった米ノースイースタン大学のニコス・パッサス教授も先頃、日本メディアの取材に対して「条約はイデオロギーに由来する犯罪のためではない。犯罪の目的について『金銭的利益その他の物質的利益を得ること』と敢えて入れているのはその表れで、思想信条に由来した犯罪のための条約はすでに制定され、国連安保理の決議もある。テロを取り締まるためには、これらが国際基準となっている」と明言しています。

─その上で、今回「277に絞り込んだ」とする共謀罪の適用範囲についても、多くの疑問や問題点があるそうですが…?

高山 テロではなく、マフィアや暴力団といった国際的な組織犯罪防止というパレルモ条約の目的を考えれば、政府がこれまで676もの刑法犯を共謀罪の適用対象としてきたこと自体が問題なのですが、それを「277に絞り込んだ」という今回の法案も実際にその中身を見てみると、絞り込みの基準に一貫した合理性があるとは思えません。

対象犯罪の見た目の数を減らすための単なる数合わせ

─今回、どんな犯罪が「共謀罪の適用」から外されているのでしょうか?

高山 大きく3つのグループに分けられると思います。ひとつめは合理的に考えれば「除外が当然」と思われるもので、例えば、誤って罪を犯してしまった「業務上過失致死傷」や「過失運転致死傷」などの過失犯で、そもそも「過失が」原因なのですか、複数の人間が「過失を計画する」ことなどあり得ません。これは犯罪の準備をした「放火予備」や「殺人予備」などの「予備罪」の類型も同様で「殺人予備を計画する」というのもあり得ない。

ですから、これらの犯罪を「共謀罪の構成要件から除外する」というのは、むしろ当たり前の話で、その意味ではこれまで、こうした「過失犯」や「予備罪」も含めた共謀罪法案を国会に提出し「これが無ければパレルモ条約は批准できない」と主張してきた政府や法務省、外務省などの「異常さ」が際立つと言ってもいいでしょう。

─なるほど、その意味では「合理的な理由」で今回の法案から外されたものもあるということですね。

高山 第2のグループは法律用語でいう「加重類型」の除外です。「加重類型」とは簡単に言うと、例えば「横領」と「業務上横領」とか「背任」と「特別背任」といったように、同じ種類の犯罪でも悪質性の高い犯罪に対して、より重い刑罰を科しているタイプのものですが、今回の絞り込みでは先ほどの例で言うと「業務上横領」や「特別背任」など、より罪の重い「加重犯」の多くが共謀罪の対象から除外されていて、通常の「横領」や「背任」に対する共謀罪の適用でカバーできるというのが、その理由のようです。

ただし、こちらもパレルモ条約の目的である「悪質な犯罪」の防止という観点で考えれば、より悪質性の高く、刑期も長く設定されている「加重犯」を除外するというのはどうかと思いますし、一般的に言って悪質性の高い「加重犯」のほうが「組織的」であったり「営利目的」であったりという場合が多い。

しかも、すべての「加重犯」が共謀罪の対象から外されているわけではなく、例えば「殺人罪」の加重犯である「組織的殺人罪」は今回の法案でも共謀罪の対象に含まれているので、除外の基準に「一貫した合理性」があるとは言い難い。私はこの第2のグループを、対象犯罪の見た目の数を減らすための単なる数合わせではないかと考えています。

適用対象となる犯罪の選択には条約の目的とかけ離れたものが多い

─最後に残った「第3のグループ」は…。

高山 「組織的犯罪集団が行なうことを想定しにくい」と言いながら、なんらかの理由で共謀罪の適用対象から「恣意的に外した」と思われる犯罪です。特に目立つのが政治家や官僚などによる「公権力の行使」に絡むような犯罪で、代表的なものとしては「公職選挙法」や「政治資金規正法」「政党助成法」が、今回の法案ではいずれも共謀罪の適用から全面除外! 警察の権力の乱用を禁じた「特別公務員職権乱用罪・暴行陵虐罪」も除外となっています。

それ以外にも「会社法」で民間の企業間での汚職などを禁じる「商業収賄罪」がピンポイントで共謀罪の適用対象から除外されていたり、国会でも話題に上がった森林法で定められた「不正なキノコ採取」が共謀罪の対象になっているのに、アフリカなどで国際的な犯罪組織の大きな資金源となっている「不正な鉱物採取」が除外されていたり…と、こちらも除外の基準に一貫した合理性がないばかりか、その過程で「政治家や財界などの『意向』が恣意的に反映されているのでは」と疑いたくなるものが少なくありません。

─だとすれば、これは一体、誰のための、なんのための「共謀罪」なのでしょうか?

高山 法律に詳しくない人たちは「東京オリンピックに向けて『テロ等準備罪』が必要だ」と言われれば納得してしまうかもしれません。また、「国連の国際条約批准に欠かせない」と聞けば、信じてしまう人もいるでしょう。しかし「パレルモ条約」はテロを対象とした条約ではないことは明らかですし、今、国会で審議されている法案の内容も共謀罪の適用対象となる犯罪の選択には条約の目的とかけ離れたものが多く、その基準にも一貫した合理性がありません。

そのような法案の成立をなぜ政府はこれほどまでに急ぐのか? その本当の狙いはなんなのか? 国会の議論などを通じ、より多くの人たちにそうした疑問を持ってほしいと思いますね。

『週刊プレイボーイ』21号「共謀罪はソンタク官僚・政治家に適用できるのか?」では、刑法学者も「共謀罪」法案を徹底検証! そちらもお読みください。

(取材・構成/川喜田研 写真/時事通信社)