「シリア内戦は『ロシアとアメリカの代理戦争』だと言わるが、現実は全く違う」と語るナジーブ・エルカシュ氏

泥沼の内戦が続くシリア。アサド政権が自国民に化学兵器を使い、それに対してアメリカがミサイル攻撃を行なうなど、今年に入っても状況は一向に改善の兆しを見せていない。

日本人にとっては「遠い場所のこと」と思いがちなシリア問題だが、内戦で国外に流出した500万人にも及ぶ難民の存在は、イギリスのEU離脱やヨーロッパ各国で難民排斥を訴える極右勢力の台頭などの一因となり、日本もまたその影響から無縁ではいられないはずだ。

シリアでは今、何が起きているのか? アメリカ・トランプ政権の誕生は内戦の今後にどんな影響を与えるのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第75回は、日本在住のシリア人ジャーナリスト、ナジーブ・エルカシュ氏に話を聞いた。

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─シリア内戦とそれに伴う難民の問題は、今や中東やヨーロッパだけでなく、世界の政治に大きな影響を与えています。しかし日本では今、北朝鮮問題に注目が集まっていることもあり、シリアに関心を持つ人は非常に少ないのが現実です。シリアで何が起きているのか? 内戦の状況はトランプ政権の誕生でどう変化したのでしょう?

ナジーブ シリア内戦はよく、「ロシアとアメリカの代理戦争」だと言われます。しかし、現実は全く違います。アサド政権の側に立つロシアはしっかりと力を入れていますが、一方のアメリカは「口だけ」でシリアの活動家を支援すると言いながら、力を「入れたり、入れなかったり」と中途半端。これはシリアで自由のために戦う人たちにとっては危険で迷惑なやり方です。

その結果、アサド大統領という「独裁者」が率いる政権はロシア、イラン、レバノンのヒズボラによる圧倒的な支援を受ける形で反政府勢力と戦っている。この一方的な状態は「代理戦争」とは程遠い。その意味では、昨年末にシリア北部アレッポの反体制地域が陥落したことは驚きではなく、むしろシリア政府軍とロシアの徹底的な爆撃を受けながら、アレッポが「長い間持ちこたえたこと」のほうが驚きだと言えます。

アメリカはオバマ政権の時代からシリア内戦に関して積極的に関与しようとはしてきませんでした。それはトランプ政権になっても基本的に変わっていません。先日のシリアに対するミサイル攻撃で「シリア問題への関与を避けていたトランプが従来の方針を転換した」と言う人たちがいますが、それは違います。

アメリカによるあのミサイル攻撃は、子供を含むシリア市民が化学兵器で殺されたからではなく、「イスラエルの脅威となるような大量破壊兵器をシリアが持つことは許さない」というアメリカのメッセージだと捉(とら)えるべきでしょう。

アメリカにとって重要なのは「イスラエルの安全保障」

─つまり、アメリカがミサイル攻撃に踏み切ったのは市民への化学兵器使用という人道問題ではなく、イスラエルの安全保障が理由だったと?

ナジーブ 私たちシリア人は以前から「オバマ政権は化学兵器の使用は許さないけど、罪もないシリア市民が殺されるのは平気なんだね!」と皮肉を言っていたのですが、トランプ政権になってもその状況は全く変わらない。その証拠にアメリカのミサイル攻撃の翌日、攻撃を受けた基地から出撃したシリア政府軍機が、やはり国際法で「非人道的」だとして禁じられているナパーム弾を使って爆撃を行なったにもかかわらず、トランプ政権は何もしていません。

つまり、シリア政府軍とロシアによる爆撃で罪のないシリア市民が何十万人殺されようと、シリアの子供たちが非人道的な「たる爆弾」や「ナパーム弾」で殺されようと、アメリカにとって重要なのは「イスラエルの安全保障」であり、それを脅かす可能性がある周辺諸国の「大量破壊兵器」の存在でしかない…というのが本音なのです。

それはアサド政権を支援するロシアも同様で、彼らもイスラエルとの関係を重視している。アメリカによるシリアへのミサイル攻撃があったにもかかわらず、ロシアとアメリカの関係が劇的に悪化しなかったのも、両国が「イスラエルとの関係を重視する」という点では立場を同じにしていたからでしょう。私はこの問題で主要なメディアがイスラエルについて正面から触れないことをとても不思議に思っています。

─ちなみに、化学兵器の使用をシリア政府は一貫して否定し続けていて、一部では反政府勢力による「自作自演」ではないかとする見方もあるようですが…。

ナジーブ 化学兵器を使ったのがシリア政府軍であることは間違いないと思います。アサドはオバマ政権の時代に化学兵器を廃棄したと言われていますが、実際に化学兵器に関する査察を行ない、ノーベル平和賞を受賞した「化学兵器禁止機関」(OPCW)の代表も、少量の化学兵器がシリア国内に残されている可能性については否定していませんでした。

今回、化学兵器が使用された直前、アメリカの国連大使が「アメリカにとってアサド政権の打倒はもはや優先課題ではない」と発言したのですが、そうしたトランプ政権の姿勢が結果的にアサド政権を調子づかせ、化学兵器の使用に繋がった可能性もあると思います。

いずれにせよ、非常に厄介なのはトランプ政権が持つネガティブなイメージや世界で広がるアメリカに対する反感が、今話題に出た「化学兵器使用の自作自演説」のような「陰謀論」に繋がっているという点です。

「アラブの春」の唯一の成功例であるチュニジアですら、独裁者のアサド政権を支持するようなデモが起こっていることに私は大きなショックを受けたのですが、その背景にもアメリカやトランプ大統領への反感がある。

「横暴なトランプ大統領のアメリカ」と戦う相手は自分たちの味方だ…という単純な思い込みが安易な陰謀論に繋がり、現実の見方を歪(ゆが)めてしまう。それはトランプ政権のイメージがもたらす深刻な「副作用」だと思います。

日本はシリアと「人材交流」を広げてほしい

─アレッポ陥落後のシリアは今、どんな状況にあるのでしょう?

ナジーブ シリアの国内は今、大きく分断されています。アサド政権の支配下ではない地域は、連日のようにシリア政府軍やロシア軍による爆撃にさらされ、罪のない市民が命を失い、生き残った人たちも家や財産を失って難民化し続けている。アサド政権は武装した反政府勢力と一般市民を区別しません。政権に抵抗する人たちだけでなく、そのコミュニティ全体に「罰」を与えることになんの躊躇(ちゅうちょ)もないから、罪もない一般市民に対しても爆撃を繰り返すのです。

一方、アサド政権の支配下にある地域では圧政が敷かれ、人々は独裁政権によって抑圧され続けています。私の故郷もアサド政権の支配下にありますが、青年の男たちは皆、兵士として戦場に送られ、棺桶に入って街に帰ってくる…。そうやって命を失った人たちは5万人を超え、反体制の疑いをかけられた人たちは拉致され、二度と帰ってこない。

─その結果、増え続けるシリア難民の問題は、難民・移民問題が社会を分断するヨーロッパを中心に世界の政治にも大きな影響を与えています。

ナジーブ これは結局、「グローバリゼーション」の問題なのです。世界は今、「モノやお金に対しては国境の扉を開く」のに「人間の前では全ての扉を閉める」という流れが急速に進んでいるのですが、現実的に考えて、それでうまくいくはずがありません。国境を越えて「モノの扉」を開くなら、当然「人の扉」も開かなくてはならない。世界で起きていることはそうした矛盾が一気に噴出しているからだと思います。

日本に関していえば、まずはシリアとの「人材交流」を広げてほしいと考えています。日本政府は中東の豊かな産油国や、それ以外でも日本が「大国」と認識しているエジプトとの関係などは重視していて、昨年、安倍首相はエジプトから2500人の留学生を受け入れる方針を明らかにしましたが、シリアからの留学生受け入れは僅か150人です。

内戦であれだけボロボロになって、将来、国の再建を担うための人材育成が重要な課題となるはずのシリアからはもっと多くの留学生を受け入れてほしいし、それはシリアの未来にとって大きな助けとなるはずです。

シリアは地中海世界と砂漠に囲まれたアラブ世界を繋ぎ、長い間、アラブ世界の交易でも大きな役割を果たしてきた、地政学的に見ても非常に重要な位置にあります。ロシアへの天然ガス依存を減らすために計画されている、カタールとヨーロッパを繋ぐ天然ガスのパイプライン計画もシリア国内を通らざるを得ない。

また、ここ150年間にわたって、あらゆる原因でシリアを出た「シリア系」は、こんな小さな国にしては驚くほど世界各地のコミュニティに貢献してきました。有名なシリア系としては、スティーブ・ジョブズやアルゼンチンの元大統領、カルロス・メネムなどがいます。

もちろん、まずは長い内戦を終わらせ、シリア市民が国の再建を始められるようにすることが何よりも重要ですが、そのように戦略的な価値を持つシリアとの関係を重視することは、将来、様々な意味で日本の国益にも繋がるのではないかと考えています。

(取材・文/川喜田 研 撮影/保高幸子)

●ナジーブ・エルカシュ1973年、シリア・ダマスカス生まれ。ベイルート、ロンドン留学を経て、1997年に来日し名古屋大学・東京大学で映画理論を学ぶ。現在、「リサーラ・メディア」、そして「アラブ・アジア・ネットワーク」の代表として、日本やアジアの情報をアラブ各国に向けて発信している