映画『いぬむこいり』の撮影秘話を語る有森也実

5月13日より公開される主演映画『いぬむこいり』片嶋一貴監督)が話題を呼んでいる。4時間という長時間のこの作品は、まさに“怪作”だ。

ストーリーは、突然「神様のお告げ」を聞いたイケてない小学校の女教師・梓(有森也実)が衝動に従い学校を辞め、宝探しの旅に出るところから始まる。梓の一族には「敵の大将の首を獲った犬がお姫さまと結婚する」という謎の言い伝えがあった。そんな伝承と重なるように“ある島”に向かった彼女を巡る奇妙な道行きが果てしなく試練を与えていく。

超ベテランの柄本明、石橋蓮司、緑魔子、ベンガルらに型破りジャズバンド「勝手にしやがれ」のドラムボーカル・武藤昭平、伝説のロックバンド「頭脳警察」のPANTAなど、ひと癖もふた癖もある…どころじゃない“クセモノ”ばかりのキャストが勢揃い。

そんな濃すぎる面子に対し、主演・有森もまさに体当たり! 全裸、コスプレ、放尿シーン…さらに“犬男との交わり”というトンデモない展開まで演じ切ったあっという間の4時間。そこで、今回の作品への思いをこれまでの女優人生について振り返ってもらいつつ、ロングインタビューで直撃した!

* * *

―率直な感想から言わせていただきます。…トンデモないお仕事でしたね(汗)。

有森 そうですか? …いや、そうですよね(笑)。4時間っていう長尺の映画でしたし。撮影自体は1ヵ月半あって、実際にカメラが回ったのは30日ちょっとだったんですけど。体力的にも精神的にもハードなお仕事ではありました。

―このお話をいただいた時って、どのような流れだったんですか?

有森 そもそも、片嶋監督とは2008年に公開された『小森生活向上クラブ』で古田新太さんの主演映画で初めてご一緒したんです。その1年後にたまたまお会いして「映画やりたいね」っていう雑談から始まったんですよ。で、いくつか企画を進めた中に『いぬむこいり』もあったんです。

で、当初は多和田葉子さんの『犬婿入り』という小説を映画化しようって、シナリオを起こしてたんですけど、いろいろ問題もあってダメになってしまって。でも、犬婿入りという神話をベースにした物語を映画で表現するってこと自体、興味深かったし。「このままダメになってしまうのももったいないからオリジナルで作っていこうか」って監督のほうからの提案で実現したんです。

結果、片嶋監督色の濃い作品となりました。最初、脚本がきた時は驚きました。200ページ以上ある、すごく分厚いシナリオで。

―200ページ!

有森 監督のやりたいことがいっぱい詰まったシナリオで、すごく面白いし「演りたい!」って。でも同時に「いやぁ、これは現実的に無理なんじゃないの?」と思いましたし。「もうちょっと縮めないと、すごく長くなるな」って。作ったはいいけど、上映してもらえないっていうのが一番寂しいですから。それに、これだけの物語だとお金も集めなきゃいけないし大変なことがいっぱいだなって。

―結果、その脚本からどのくらい削られたんですか?

有森 あんまり(笑)。もちろんブラッシュアップされた部分はありますけど。撮影中「今、このシーン撮ってるけど、きっとここは削っていくんじゃないかな」と思ったり。でも、シナリオに沿った作品として完成して。監督は尺についてはネックだと感じていなかったのかな…長さも含めて個性だと。

(C)2016 INUMUKOIRI PROJECT

「演じることをやめてやろう」って

―そして映画の長さもさることながら、有森さん自身も様々なことに体当たりでぶつかってますよね。まず、やたら走ってますし、食べてますし。

有森 そう! もう食べてるのよ~。食べるシーンが本当に多いの! しかもガッツリ食べるっていうね(笑)。

―もう必死というか、本気で食べてるように見えましたけど。

有森 本気です。本気! だからって、前の日から何も食べないとかはしてないですよ。なんかこう、「生きるエネルギー」とか「生命の力」、「前に進んでいくパワー」をとり込んでいるって感じ。ダメダメな女教師がいろんな人たちに会って、いろんな状況の中で食べ物をもらいながら進んでいくっていう。梓の生き様を描いた作品でもあるので。だから、上品に食べてもしょうがないし。

―さらに、予告編にもありますが、やって来た島の市長選挙に出るハメになって、なぜか80年代アイドルのようなブリブリ衣装で選挙活動をしてますよね。あの衣装のインパクト…ド肝を抜かれました(汗)。

有森 笑えるでしょ? 私もびっくりしました。衣装合わせで「ん~? 誰のだろうな~?」って思ってたら私のだった(笑)。「あ?、コッチかぁ!」みたいな。選挙だから着物とか民族衣装でいくのかなって想像してたんですけど。「まぁ、なくはないよね…」って。でも着てみたら意外と可愛かったので(笑)。

―ありでしたね~。かなりの見どころでした(笑)。

有森 まぁ、普通に選挙出てもね。…なんかこう、逸脱したものがないといけないんじゃない?っていう。梓が市長選挙に出たことだって、デタラメでインチキだから。でも、そういうのも心のどこかで信じたり、夢を持ったりするってことのほうが面白いじゃないですか。人間っぽいし。

―確かに、ただ巻き込まれて祭り上げられたワケですけど、それでスイッチが入ったようにも見えました。

有森 あんなふうにしないと、あの場所にいられないんじゃないかなって。やっぱり、どこか作り上げられるものの中にいる心地悪さと「そうでもしなきゃ自分は存在しきれない」っていう説得力のなさっていうか…。

―で、どうですか…この役とシンクロするところはあったんですか?

有森 そうですねぇ。今回、役作りっていう意味では、ほとんど準備せずに挑もうと考えていたんで。当て書きということもあるし、「個性の強い女」として演じないほうがいいんじゃないかって。今の自分で「演じることをやめてやろう」って思ってやった作品ですね。監督とも「有森也実そのままで」とハッキリ話したわけではないですけど、そういう感じでいこうって。

―では、自分の分身というか、たぶんにシンクロしていると。

有森 そうですね。それはあると思います。

(C)2016 INUMUKOIRI PROJECT

「もう、女優いいや、私…」

―梓は「宝物」を探すために、まさに「冒険」と呼ぶにふさわしい信じられない出来事に飲み込まれていきます。今のお話を踏まえつつ「本人もそういう人生を送ってきたのかな」とちょっと思いました(笑)。

有森 あ、そうかもしれないですね(笑)。確かに。

―そういう意味でも「有森也実そのまま」が映画の真ん中にいるというか。

有森 でも、撮影中は本当にそれが不安でしたね。「自分の居場所がちゃんとあるのか」「自分はこの映画の中で存在できてるのか」って。この作品は1章から4章まであるんですけど、入れ替わり立ち替わり、いろんなキャラクターが出てくるんです。クセのある個性的な役者さんばかりで。

―むしろ、クセモノしか出てきません(笑)。

有森 で、そんな皆さんの芝居を私は全部ちゃんと受けとめられてるのかっていうのが本当に不安で、辛くて辛くて…。主役をやるのも久しぶりだったので「あー、こんなに主役の“受け芝居”って辛いのか」っていうのを身にしみて感じて。ほん~っとに辛い現場でしたね。「もう、女優いいや、私…」って思っちゃったくらい。

―ええっ! そこまで思い詰めたんですか?

有森 本当に思いました! 撮影が終わって、ここ1年…『いぬむこいり』の話、できませんでしたから。

―あれだけ個性的な役者陣の中心に立つというのはプレッシャーでしょうけど。しかも、その個性を思いっきりアクセルベタ踏みで皆さん出しまくりでしたし。

有森 そう。だから梓が一番普通に見えるんですよ。過激なことをしていてもニュートラルに見える。監督の戦略なんですかね。

―当然、そんな皆さんに何か引き出された部分も?

有森 う~ん、とにかく受けるのに精一杯で。受けて蓄積できてるのだろうか?ってことを考えるんです。「何も考えずに芝居の中にいられれば、どんなに楽だったんだろう」とか思ったり…。不安になって、さらに「なんでこんなに自分は不安なのか?」ってことに腹立つんですよね。今まで長い間、ちゃんと芝居やってきたのにこんな不安になるのはなんなんだろうって。

―「なぜ不安になるのか?」答えは出ましたか?

有森 それは、やっぱ自信がないし。あと、ひとつの原因としては、これ監督のせいなんですけど(笑)、テイクが多かったんです。

―何度も撮り直す、と。

有森 普通、自分とかけ離れているキャラクターを演じる時はキャラを盛っていくんですね。例えば1回撮って、ちょっと違うってなれば「これじゃないなら、じゃあ次こっちにしよう」「あ、これとこれを掛け合わせてみよっか」とか、どんどん盛っていけばいいんです。

でも今回は「何もしない。“有森也実”でいくよ」って決めてたから。そうなると、こっちは裸で立ってるみたいなもんじゃないですか。なのにテイクが多いと「もう何も出ません…」みたいな(笑)。そのままの自分でやってるのに、一体、監督は私に何を求めてるんだろう?みたいに思えてきちゃうんです。演じるほどに「梓」が自分から遠くなっていっちゃうから。

(C)2016 INUMUKOIRI PROJECT

「こうやって、人って生きていくんだな」

―ある意味、自分自身にダメ出しをされているような気分に…。

有森 まぁ、それが監督の特徴だし、よさでもあるんですけどね。今ここで生まれてくるものの面白さっていうのをひたすら待つみたいな。だからこういう映画ができたんだと思うし。自分と向き合う時間というのは、やっぱり必要だったなって今では感謝してます。

…してますけど、もう本当に撮影の時は「じゃあ、ミスキャストじゃん!!」みたいな(笑)。「私じゃなくていいんじゃない?」って、そこまで追い込まれましたね。

―体当たりな演技もさることながら、精神的なキツさがすごかった、と。

有森 精神的な、自分と向き合う辛さ…。もちろん役作りって、自分と向き合う作業なんだけれども、最終的にはどこかで仮面をつけるんですよ。その役の衣装着て「守られてる自分」っていうのが…だから表現ができるんです。今回の場合は役としてじゃなく、私の表現だから。どこにも隠れ蓑(みの)がなくて、すべての自分を否定されているような感じだった。

―では、テイクを重ねる上で、監督から「こうやってくれ」みたいな指示は?

有森 言ってくれる時もあるし、よくわからないけど「もう1回」ってこともあって。「劇的に演じないでくれ」「熱演しないでくれ」っていうのはよく言われました。淡々と「涙とかいらないから。そういう表現じゃないから」って。

―盛っていく芝居ではなく、引いていく感じでしょうか…。そんな大変な撮影の中で、どこかに救いはあったんですか?

有森 ロケ地の指宿(いぶすき)に救われましたね。あと自然。風がふっと吹いたり、波の音がざーっと聞こえてきたり…。それは自分が表したいと思っていることの全てだったりして。だから、自然が助けてくれましたね。たくさん。

―自分が表したいこと全て、とは…。

有森 辛さだったり、切なさだったり、エネルギーだったり。書割りに囲まれてないでしょ、人間って。だからその自然の中に自分と梓っていう人間を置いてみて…撮影中でも「あ、この波の音を感じられた」って、そういう感じ(笑)。「こうやって、人って生きていくんだな」っていうふうに思えたんですよ。

―これはもう、とんでもなく「人生のターニングポイント」にならざるを得ない作品になったんですね。

有森 そうですね。本当に大事な映画です。

◆後編⇒『東京ラブストーリー』から今、有森也実が語る後悔と解放「女の幸せも味わってみたかったな…」

(構成/篠本634[short cut] 撮影/五十嵐和博)

●有森也実(ありもり・なりみ)神奈川県横浜市出身。雑誌モデルとして活躍後、86年に映画『キネマの天地』のヒロイン役で注目されると、91年には大ヒットドラマ『東京ラブストーリー』での関口さとみ役でブレイク。その後も幅広いジャンルで活躍する。主な作品に映画『新・仁義の墓場』ほか、舞台は井上ひさし作『頭痛肩こり樋口一葉』や最近では『あずみ~戦国編~』など。片嶋一貴監督作品には『小森生活向上クラブ』『たとえば檸檬』『TAP完全なる飼育』と3本続けて出演

●『いぬむこいり』5月13日より、新宿K’s cinemaほか全国順次公開! 詳しくは公式HPにて http://dogsugar.co.jp/inumuko.html