過去の大ヒット作品を振り返る有森也実

5月13日公開の映画『いぬむこいり』(片嶋一貴監督)が話題を呼んでいる。4時間という長時間のこの作品は、まさに“怪作”だ。

ストーリーは、突然「神様のお告げ」を聞いたイケてない小学校の女教師・梓(有森也実)が衝動に従い学校を辞め、宝探しの旅に出るところから始まる。梓の一族には「敵の大将の首を獲った犬がお姫さまと結婚する」という謎の言い伝えがあった。そんな伝承と重なるように“ある島”に向かった彼女を巡る奇妙な道行きが果てしなく試練を与えていく。

超ベテランの柄本明、石橋蓮司、緑魔子、ベンガルらに型破りジャズバンド「勝手にしやがれ」のドラムボーカル・武藤昭平、伝説のロックバンド「頭脳警察」のPANTAなどひと癖もふた癖もある…どころじゃない「クセモノ」ばかりのキャストが勢揃い。

そんな濃すぎる面子に対し、主演・有森もまさに体当たり! 全裸、コスプレ、放尿シーン…さらに“犬男との交わり”というトンデモない展開まで演じ切ったあっという間の4時間。そこで、今回の作品への思いをこれまでの女優人生について振り返ってもらいつつ、前編「終わった後、女優を辞めようと思いました」に続きロングインタビューで直撃した!

* * *

―先ほど「梓の人生とシンクロする」という話が出ましたけど、それこそ有森さんはデビューの頃から様々な冒険をしてきましたよね。世の中では、26年前の大ヒットドラマ『東京ラブストーリー』での関口さとみ役のイメージが強い人も多いでしょうし。その後、ヤクザの女とか様々な体当たりをしていったわけで。

有森 犯人役とか、かわいそうなお母さんとかね。

―ヌードも濡れ場も経験してきて。そんな中、この作品ですから。まさに大きな集大成的な「冒険」をしてきたのではと。

有森 でも、私的には全然足りてないんですよ。冒険はしてますけど、まだまだ鬱積したものがあり続けてる感じがあって。岸谷(五朗)さん主演の『仁義』(『新・仁義の墓場』)とか、ああいう映画に出会うと本当にすごい嬉しくなるんです。

『檸檬』(『たとえば檸檬』)や『TAP』(『TAP 完全なる飼育』)とか「なんのために女優をやっているのか?」っていうと「人間を演じたい」からなんですね。だから、いろいろと悩んだ時期もありましたし。

―そもそも、『東京ラブストーリー』で一躍、名前が売れて。その影響を引きずった悩みはありました?

有森 終わってしばらくしてからですね。「このバランスだと違うんじゃないかな」っていう悩みはありました。

―あのドラマで演じた関口さとみは、主人公の永尾完治(織田裕二)をもうひとりのヒロイン・赤名リカ(鈴木保奈美)と取り合う存在でした。しかも、恋も仕事もできてサバサバなリカに対して、潔癖でおしとやかな優等生…。当時から、役とイメージを重ねていた人も多かったですよね。

有森 ですね。そのイメージを払拭できなかったっていのうは後悔ですよね。そういうチャンスはありましたし、私もチャレンジしてきたけど、なかなか払拭までには至らなかった。

―その後、「恋愛には肉食系」とか「お酒好き」みたいなイメージも加わって「なんだ、本人は全然違うキャラなんだ!」って意外だった人、続出みたいな(汗)…。

有森 …名演技だったんですね(笑)。

(C)2016 INUMUKOIRI PROJECT

ツイッターで「有森也実、大嫌い!」って

―超~名演技ですよ!(笑) でも実際、あの役がきた時はどう思われたんですか? 「自分と全然違う役だ!」とかって?

有森 最初、本当にイヤでした!(笑) やりにくくてしょうがなかったです。だからもう、関口さとみを一生懸命好きになろうと思いましたもん。インタビューでよく言ってたんですけど「『東京ラブストーリー』は関口さとみの成長を描くものだって思えば、自分は納得できる」「その成長の過程が楽しかった」って。

あと、ちょうどあの時代、女性がだんだん社会進出してきて、赤名リカ的な女性に対して、男も女もみんなが憧れてた時代だったんですよね。だから尚更、攻撃が(笑)。

―ですね。正直、“関口さとみアンチ”は多かったです。

有森 いまだにそのイメージはあって。でもそれって逆にすごいことなんですよね。裏を返せば嬉しいことですよ。だって当時はネットもないのにアンチっていうものが広がって。いまだにツイッターとかでつぶやかれてますからね。「有森也実、大嫌い」って(笑)。

―いまだにですか! それだけ本当に影響力があったんですね。

有森 もちろんファンレターもいっぱいきましたよ。男性ファンも『東京ラブストーリー』で増えましたから。「お嫁さんにしたい女優さんベスト10」みたいのに、何年間かずっと入れてもらえてましたし。やっぱり赤名リカみたいな奔放な女性と対比して、古風な日本女性っていうイメージを好む方も多かったって思うんですけど。

―わかります。正直、自分もさとみ派でした。

有森 ふふ。そうでしょ? 日本の男性はね、多いと思いますよ。でも、さっき「名演技」なんて言ってましたけど、ああいう古風な部分もあるんですよ、私。全部が違うわけじゃないから(笑)。

―そうなんですか? なんか、恋愛は肉食系でガツガツいかれるのかと。

有森 今はもう全然。それに、この『いぬむこいり』ですべて落ちちゃいました。今は“人類愛”みたいな感じです(笑)。

―大きすぎですから(笑)。では、ご自分の恋愛ではどんなスタンスなんですか? 公開前から話題になっている“犬人間との濡れ場シーン”もですが…梓は男性の熱い思いをすべて受け入れる感じですよね。

有森 あー、近いかも。受け入れる感じかもしれないですね。でも、そのシーンって、アレは恋愛じゃないと思うんですよ。どちらかというと「解放」って感じ。

自分と違う、人間じゃないものに触れることで解放される喜びというか。男と女の好きとか嫌いじゃない。お互いが背負っていたものに対しての解放と充電みたいな交わりの仕方もあるっていう。

(C)2016 INUMUKOIRI PROJECT

エロスは女優として、ひとつのテーマです

―有森さんも、そういう「解放」的なおつきあいってありました?

有森 なんで過去形の問いかけなんですか!(笑) まぁ、それはあります。解放の関係性…さすがに犬とはないですけど。

―そりゃあそうですよ!(汗) でも役からの解放という意味では、先ほどの赤名リカのイメージをね、『仁義』や『完全なる飼育』みたいな払拭する作品にも出られて、それこそ冒険が激しくなっていったんですかね。

有森 そうかもしれない。時代背景や社会も含めて、人間を深く描く作品にやりがいを感じましたし。特に『新・仁義の墓場』は衝撃でした。三池(崇史)監督はすごかったですから。本当に楽しそうに映画を撮られる方で、毎回現場に行くと台本と違うことになってしまうんです。「その瞬間に生まれるもの」をみんなが信じてやっていくっていうか。

私が演じた智恵子っていう女性も本来、不幸な女なんですよね。シャブ中になって死んでしまうわけですから。だけど、不幸な感じがしない。そういうところが素敵だなって思うんですよね。

―『TAP 完全なる飼育』での、エロエロなシーンもインパクトありましたが。

有森 本当? あれは「エロくない!」って評判だったんですけど(笑)。シリーズの中ではあっさりしたほうなんじゃないかな。まぁ、アレはアレでよかったんじゃない?(笑) エロスは女優として、ひとつのテーマですから、挑戦できてよかったです。

―自分の中で「こういう役をやれるようになったんだ」「これで女優としてやっていける」とか、どこかで分岐点があったりは…きっかけというか。

有森 まぁ、35歳ぐらいから常に崖っぷちだったんですけどね。徐々にこの10年ぐらいで『いぬむこいり』をやりたいと思えたというか…。きっかけっていうより、今までの流れすべてですよね。

『東京ラブストーリー』で関口さとみっていう役がなければ、こういう私もいなかっただろうし。いろんな役をやって、いろんなフィールドで女優として充実していたら「この作品はたぶん受けてなかったんじゃ」って思うし。今、“ここ”にあるものを基準にして考えたら、「すべてよかった」って。

―それを経て今回の作品に辿(たど)り着いたってことですね。やりきったことで、抜け殻症候群みたいになってたり?

有森 うん。でも出し終わりました!(笑) 最初に言いましたけど、撮影終わって1年は「女優辞めたいな」くらいでしたから。これは大きいウェーブでしたね。本当にダメだと思ったけど、この映画を試写で観てくださった方のコメントとか評判を聞くうちに「あ、大丈夫だったんだ」「映画の中に私も存在できてるんだ」って。本当に少しずつですけど思えるようになって。

―全部は明かせませんが、ラストも衝撃じゃないですか。夢中で走りきって、やりきった末の大団円、というか。

有森 最後、気に入ってるんですよ、私。生きるエネルギーみたいなものが満タンになるというか。私自身、「人生って、夢中に生きて、最終的にはくたくたのボロボロになって、ボロ雑巾のようになって死ぬ」っていう感じにどこかで憧れているんですけど。

(C)2016 INUMUKOIRI PROJECT

誰か私をさらってくれる人がいたら…

 

―精神も肉体も果たし尽くして死ぬ、みたいな感じですか?

有森 そうね、消滅する感じ。でも梓のようにエネルギーが満ちているのは「希望じゃん!」って。すごく素敵だなって思うんですよ。エネルギーが自分よりも大切な何かに渡されて繋がる、優しいやわらかさがある。だから、そんなことを考えさせられるラストは気に入ってます。

―確かに、どんどん本能に立ち返っていくような、動物的な原点に戻っていく感じはありました。

有森 自分の中にもそんな感覚はありますね。生き物としての存在みたいなものを感じます、今とっても。

―有森也実という女優が、冒険の果てにボロボロになりながら『いぬむこいり』という最終決戦のようなステージに辿り着いて…。女優を辞めたいって思った気持ちも映画のラストに繋がるという。もう本当に人生ですね、この作品は。

有森 自分の人生そのままっていうわけではないけれども…うん、これが有森也実の人生そのものだって言われれば、そうでもあるような気もします。

―お告げを受けて「宝物」を探して走り回った梓でしたが…自身の宝物は見つかりました?

有森 この映画が終わった時は、宝物は何もなかったです。むしろ、すべてを失った感じで。自分と向き合った結果、「私って何もないじゃん!」って思ってしまったので。1年間かけて、やっと自分を取り戻したけど。私がこんなふうに落ち込んでたら、この映画が可哀想すぎるでしょって思ったしね。

―そこまでまさに人生の縮図といえるようなものだったわけで…。しかし、そもそもこんなに長く女優をやっていくつもりだったんですか?

有森 いやいや、誰か私をさらってくれる人がいたら、すぐにでも乗っかって。結婚して、早々とお母さんになってるつもりだったんですよ! なんだか…もらってもらえなかったな(笑)。

―『東京ラブストーリー』でいえば“カンチ”がいなかったんですね(笑)。どちらかというと、恋と仕事に前のめりな赤名リカに近かったみたいな?

有森 そうですねぇ。あの最終回では、私と永尾君が結婚して、リカは仕事に…って感じだったのに。反対だったね。(赤名リカ役の鈴木)保奈美ちゃんは結婚してね…。

―逆でしたね! こんなはずじゃなかった、と?(笑)

有森 まぁ、女の幸せっていうのもちょっとは味わってみたかったなって。…まだわかんないか(笑)。

―そうですよ! ここまで『いぬむこいり』とシンクロして、エネルギー満タンなパワフルな自分がまだいることを証明したわけですから。恋においても女優としてもこれからますます冒険していかないと!

有森 チャレンジですね。本当にしていかないといけません。いや~でも本当によく立ち直れましたよ。皆さんのおかげです!(笑) 今はエネルギーがまた溢(あふ)れてきてますから。あ、そうそう。最近、フラメンコを始めたんですよ!

―まさに情熱的! エネルギー、相当溜まってきてるんじゃないですか?

有森 そうかも。今、あり余ってるんです(笑)。

(構成/篠本634[short cut] 撮影/五十嵐和博)

●有森也実(ありもり・なりみ)神奈川県横浜市出身。雑誌モデルとして活躍後、86年に映画『キネマの天地』のヒロイン役で注目されると、91年には大ヒットドラマ『東京ラブストー リー』での関口さとみ役でブレイク。その後も幅広いジャンルで活躍する。主な作品に映画『新・仁義の墓場』ほか、舞台は井上ひさし作『頭痛肩こり樋口一 葉』や最近では『あずみ~戦国編~』など。片嶋一貴監督作品には『小森生活向上クラブ』『たとえば檸檬』『TAP完全なる飼育』と3本続けて出演

●『いぬむこいり』5月13日より新宿K’s cinemaほか全国順次公開! 詳しくは公式HPにて http://dogsugar.co.jp/inumuko.html