これまで7兆円の賠償金を支払ってきた東電。被災者が国の機関に仲裁を申し立てた件数は2万件を超える

福島第一原発事故後の2011年9月から始まった、東京電力による被災者への損害賠償。その総額は7兆円を超えている(4月時点)。

その一方、賠償金が支払われないなどとして、国の開設した原子力損害賠償紛争解決(ADR)センターに被災者が仲裁を申し立てた件数は2万件を超えるなど、すんなり解決に至らないケースも多い。

賠償の現場では何が起きているのか。実際の業務に携わっていた元東電社員に話を聞いた。

■裁判を起こされても負けない程度の最低限の基準

今回インタビューに答えてくれたのは東電社員として、賠償業務に携わった一井唯史(いちい・ただふみ、36歳)氏。原発事故前まで、東京の本店や首都圏の支店で営業などを担い、社長表彰を受けた経験もある。

一井氏は原発事故後、賠償業務がスタートしたのに伴い、個人事業主や法人の賠償を行なう部署に配属された。しかし、連日深夜にまで及ぶ激務でうつ病になり、13年9月から休職。昨年11月に東電の定める傷病休職期間を過ぎたとして退職に追い込まれた。

一井氏は退職を受け入れたものの、「うつ病になったのは過重労働による労働災害。それを東電はいっさい認めようとしない」として中央労働基準監督署に労災認定を申請している。一井氏が見てきた東電の賠償業務とはどんなものだったのか? 驚きの実態が語られる。

―元社員の立場から、なぜ告発をするのでしょう?

「表向きは『親切親身な賠償』をうたいながらも、実際には賠償額を少しでも抑えようという姿勢が見られました。そのため、ADRセンターへの申し立てがされるのです。また東電は、社員を限界まで働かせて病気になっても、それは『個人の問題』だとして労災を認めようとしません。こうした体質を、多くの人に知ってもらう必要があると思いました」

―一井さんと賠償業務の関わりから教えてください。

「私は賠償業務に関わる第一陣として、2011年9月から翌年の4月まで『産業補償 協議グループ』という部署に配属されました。東京・日野市にある研修所内で賠償内容に納得いただけない法人や個人事業主の方に、電話で応対していました。

しかし、協議といってもこの部署には金額や内容を変える権限はありませんでした。基本的には電話口でひたすら謝り続け、『ご主張に沿えない』とお断りをするしかないのです。また、問い合わせを受けて審査過程のファイルを確認しても、審査内容がちゃんと書かれていないことも少なくありませんでした」

―なぜ、そうしたことが起こるのでしょう?

「審査をする人が圧倒的に足りないからです。2011年11月、国の第三者委員会(東京電力に関する経営・財務調査委員会)から年内に最初の賠償金を払いなさいとの指示があって、賠償審査のノルマがいきなり2倍になりました。でも審査担当者の人数に変わりはありません。そのため、いいかげんな審査やミスが増えました」

会社は賠償業務に力を入れる気がなかった

―一井さんは賠償部門に配属されるまで埼玉支店で営業の総括担当をしていました。ほかには、どういった人たちが集められたのでしょう?

「東電管内の各支店からの寄せ集めです。昨日まで電柱に上って電線などのメンテナンスしかしたことがない人や、設計図面だけを見てきた人など、コミュニケーションスキルや事務作業能力の点で不安のある人もいました。電気事業などから優秀な人材が来ることはなく、上司との折り合いが悪い人たちなどが賠償部門に駆り出されていました。

事故対応と同様、賠償業務も被災者と誠心誠意向き合い、失った信頼を取り戻すための重要な仕事のはずですが、精鋭部隊というイメージはなかったですね。会社は賠償業務に力を入れる気がなかったのだと思います」

―会社の対応に疑問を感じた賠償もあったそうですね。

「事故直後、奥会津の旅館に被災者の方たちが避難してきて、宿側が泊めるしかない状況でした。命からがら逃げてきたわけですから、もちろんお金は取れない。宿からは後日、そのときにかかった食費だけでも賠償してもらえないかと請求がありました。

私はそれはもっともだと思いましたが、会社は『被災者を泊めたのはボランティア精神や経営判断からで、賠償の範囲ではない』としました。つまり、あんたが勝手に泊めたのだから知らんということです」

―ほかにもありましたか?

「おかしいと思うことはいろいろありました。ある福島県内の会社では従業員が自主避難したことで、事業が立ち行かなくなってしまった。そこで、経営者がその分の損害と新たに人を雇い入れるためのコストを請求しましたが、東電は自主避難による影響は賠償の範囲ではないとして拒否しています。

あと、個人事業主のケースですが、例えば習い事の先生など、月謝をもらって生活していた人たちは、生徒との間で月謝の領収書などの証票類を交わさないこともあります。ところが、こうした事情は考慮しません。収入を示すものがないという理由で原則、賠償を認めなかったのです」

―個々の事情より、証票のあるナシを優先していたと。

「また、法人の賠償は3ヵ月から6ヵ月ごとに行なう場合が多いのですが、事故前と比べてたまたま減収がない期間があると損害がなくなったと見なされて、それ以降、どんなに原発事故の影響による損失があっても審査しないケースもありました」

―賠償基準のベースは国の定めた中間指針ですが、それをもとに社内で基準をつくる際にどんな考えが根底にあったのでしょうか。

「基準を作成するグループが、外部経営コンサルティング会社の協力を得て賠償基準をつくっていました。私は基準のほぼすべてに目を通しましたが、その根底には『もし裁判を起こされても負けない程度の最低限の基準にしておけばいい』といった考え方があるように感じました。まず、『被害に遭われた方にきちんとした賠償をしよう』ではないのです」

元社員が実名で暴露! 東電原発事故、賠償業務のヒド過ぎる実態【後編】

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(インタビュー・文・撮影/桐島 瞬)

●一井唯史(いちい・ただふみ)2003年に東京電力入社。原発事故後の11年9月から賠償部門に異動。うつ病を発症し、13 年9月から休職、16 年11月に退職に。労災認定を申請中