負けたとはいえ、国民戦線のル・ペン氏が34%の得票率を得たことは軽視できないと語るメスメール氏

「フランスのトランプ」とも呼ばれ、EU離脱や移民排斥を訴える極右政党「国民戦線」の女性党首、マリーヌ・ル・ペンが大統領になるのか…世界中が固唾(かたず)を飲んで見守ったフランス大統領選挙の結果は、既存の政党に属さない39歳の新人、エマニュエル・マクロンの圧勝に終わった。

今回の選挙結果が意味するものとは? 「週プレ外国人記者クラブ」第77回は、「ル・モンド」紙東京特派員、フィリップ・メスメール氏に話を聞いた――。

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─フィリップさん自身も、東京で在外投票に行かれたのですか?

メスメール もちろん行きましたよ。東京のフランス領事館で在外投票をするのですが、1回目の投票の時に1時間待ちの行列ができていたのと比べると、決選投票の時はちょっと人が少なかったような気がしました。

選挙結果については、とりあえずル・ペン氏が大統領にならなくてよかったというのが正直なところです。個人的にも、彼女の基本的な政策や考え方、国境を閉じる…という方向性がフランスの将来にとって良いとはとても思えない。ル・ペン大統領誕生という最悪の事態を回避できたという意味ではよかったと思います。

─フランスに極右政権が誕生し、イギリスに続いてEU離脱の方向に舵を切るのではないかと心配する声もありましたが、終わってみれば2回目の決選投票ではマクロン候補の(有効投票数に対する)得票率が約64%という圧勝でした。

メスメール ただ、逆の見方をすると、ル・ペン候補の得票率は約34%あり、これは彼女の父親で国民戦線の創始者であるジャン=マリー・ル・ペン氏が15年前の大統領選挙で得た得票率のおよそ2倍です。

そして、今回のル・ペン氏の敗因は投票日直前のTV討論会で致命的なミスを連発して自滅し、大きく票を失ったからだと言われています。つまり、彼女がこの討論会で失敗を犯さなければ、最終的な得票数はもっと多かった可能性がある。EU離脱や移民排斥を訴える極右政党の党首が、フランス大統領選挙でそれだけの支持を得たということの意味は軽視できないと思います。

─大きな注目を集めた選挙であったにも関わらず、投票所に行かなかった「棄権」が約25%と、フランスの大統領選としては投票率が異例に低かった。投票された票の中にも「白票」+「無効票」が9%近くもありました。

メスメール 今回の選挙でマクロン氏が勝利した最大の要因は、私と同じように「ル・ペン大統領誕生という最悪の事態だけは避けたい」という有権者の意志だったと思います。別の言い方をすれば、マクロン氏が多くの有権者から圧倒的な支持を得ていたというわけではない。

1回目の投票で予想を上回る健闘を見せた「急進左派」のジャン=リュック・メランション候補も、自身が敗退した後の決選投票では自らの支持者に「ル・ペン阻止」は訴えましたが、「マクロン支持」は表明しなかった。実際、マクロン大統領誕生とほぼ同時にフランスでは「反マクロン」のデモも起きていますし、従来のオランド政権路線の継承者と見る人も多い。

彼が現時点で革新的なアイデアを示せているわけではありません。低い投票率や白票、無効票の多さはそうした「本当に投票したい選択肢がない」という有権者の声を反映している面もあったと思います。

マクロンの新党「前進」は「都民ファーストの会」に似ている?

─とはいえ、フランスの政治が1960年代の終わりから実質的には右派、左派を代表する「二大政党制」に近い形で続いてきたことを考えれば、マクロン氏が「自分は右でも左でもない」と主張し、共和党、社会党という二大政党のどちらにも属さない候補として大統領選挙を戦い、同じく既存の二大政党に属さない国民戦線のル・ペン候補に勝利したというのは、やはり歴史的な出来事ですよね?

メスメール もちろんです。だからこそ、既存の二大政党に足場を持たないマクロン政権の「これから」に大きな注目が集まっています。大統領に就任したマクロン氏は早速、組閣に取りかかり、首相に共和党のエドワール・フィリップ氏を指名し、その他の閣僚には右派、左派、民間人などからバランスを取って起用しました。

これは今回の選挙によって大きく「分断」されたフランス社会の傷をなんとか修復しようという彼の意志の現れだと思います。面白いのはそれが同時に既存の二大政党内部を「分断」することにも繋がっていることです。

マクロン氏は自らの政権に「共和党の中道寄り」と「社会党の中道寄り」を引き込むことで、既存の共和党と社会党の内側に分断を生むことを狙っている。また、首相に選ばれたフィリップ氏も40代と若く、この動きは政界の世代交代を加速させることになると思います。

フランス国内の分断を修復するという意味では、彼が大統領就任後すぐにドイツのメルケル首相と会談し「EU改革」の必要性を強く訴えたことは、フランス国内の「反EU派」の声を強く意識したものだと思います。「親EU」と言われるマクロン氏も今後はこうした国内の声を無視するわけにはいかない。逆にEU諸国はこうした動きに対して、一定の警戒感を持っているはずです。

─6月にはフランスの総選挙が行なわれます。マクロン大統領の誕生でどのような影響を与えると思いますか?

メスメール うーん、予想不能ですね…。マクロン氏は自らが立ち上げた新党「前進」から多くの新人候補を擁立して6月の総選挙に臨もうとしていますが、それが大きな「波」を引き起こすのか、現時点では全くわかりません。国民戦線についても、今回の大統領選挙における敗北の影響で失速するのか、それとも再び存在感を示すのか…。

既存政党に関して言えば、共和党は一定の存在感を維持することができるのではないかと見ています。大統領選挙で共和党候補のフランソワ・フィヨン氏が負けたのは彼の個人的なスキャンダルが主な原因で、それさえなければ彼が決選投票に進んでいた可能性もあったと思います。一方、社会党はオランド政権で国民の信頼を大きく失っており、6月の総選挙では大きく議席を失うことが予想されます。その状況は日本のかつての民主党、今の民進党が凋落した時に似ているかもしれませんね。

─似ていると言えば、既存政党に属さないマクロン大統領が勢いに乗って新党から多くの新人候補を総選挙に擁立するという構図は、小池百合子・東京都知事が「都民ファーストの会」を立ち上げて既存政党に挑む夏の都議会選挙とも似ていませんか?

メスメール それはどうでしょう? ここ数年で急激に頭角を現した新人のマクロン氏と違って、小池氏は長年、政界を渡り歩いてきたベテランです。「都民ファーストの会」を立ち上げて勢いづいているとはいえ、やはり日本では自民党の力が強すぎる。

この先、小池氏の動きは大阪維新の会のような現象を引き起こすかもしれませんが、それがフランスのように国政にまで及ぶとは考えづらいのではないでしょうか? そうなる前に自民党が潰しにかかるという動きが既に始まっているように思います。

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)

●フィリップ・メスメール1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している