東京ヤクルトスワローズ。その独特のチームカラーの正体を掘り下げた長谷川晶一氏の『いつも、気づけば神宮に~東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』

明るく、家族的なことから「ファミリー球団」ともいわれる東京ヤクルトスワローズ。その独特のチームカラーの正体を掘り下げた単行本『いつも、気づけば神宮に~東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社刊)がこのほど発売された。

多数のレジェンドOB、現役選手、首脳陣らを取材した著者の長谷川晶一(しょういち)氏が、前編に続き、とっておきの取材秘話を明かす。

■『一勝二敗の勝者論』で関根潤三を問いただす!?

―かつてスワローズは万年Bクラスの弱小球団でした。チームに蔓延(まんえん)しがちな負けグセの正体を当事者たちが証言する「負けグセの系譜」は、読み応えがありました。

長谷川 後に巨人、阪神でもプレーした広澤克実さん、現役時代、チームの「ぬるま湯体質」に常に危機感を抱いていた宮本慎也さん、そして80年代後半の暗黒期に監督を務めた関根潤三さん。彼らの三者三様の指摘は、スワローズに蔓延しがちな負けグセの正体を見事にあぶり出してくれたと思います。

―特に関根さんの発言は、そのひとつひとつに、とても味わい深いものがありました。

長谷川 実は関根さんは90年に『一勝二敗の勝者論』という、なんとも微妙なタイトルの本を出版されているんですが(苦笑)、当時の僕は、この本に対してかなり懐疑的な思いを抱いていました。

何しろ本の帯に堂々と「負けて、勝つ」とか「一勝二敗に耐えられる人が、真の勝者である」などと書かれていたので、僕は「何、寝言を言ってんだ!」と憤慨していたんです。指揮官自ら、借金1でいいと考えていたら、いつまでたっても優勝できないじゃないかと。この本こそ、当時の負けグセを象徴する悪書だと思っていました(笑)。

―そんな本を出版された意図を、20年以上たってからご本人に問いただされたと(笑)。

長谷川 だけど、出だしで思いきりズッコケました。開口一番、関根さんは「何これ? この本、僕が書いたの?」ですからね(笑)。

―確かに関根さんが書かれた本なんですよね?

長谷川 ええ。でも、本のタイトルを見て「何、バカなこと言ってるんだよ。1勝2敗で勝者であるはずがない!」と、30年近く前の自著に対して、軽く憤慨されてました(笑)。でもその後、関根さんがどんな思いで監督を務めていたのかを聞いていくと、その勝負への執着心や選手への温かいまなざしに、僕は一気に関根ファンになってしまいました。

別れ際まで「勝負事は、やっぱ勝たなきゃいけない。負けて勝つなんてとんでもねぇ話だ!」とおっしゃっていて、本当にカッコよかったです。あの関根さんの時代があったからこそ、次の野村克也監督による黄金時代が訪れたのだと確信しました。

「負けて、勝つ」を主題にした書籍を出版するなど、著者に“低迷スワローズの象徴”と目されていた関根潤三元監督。だが、ご本人から思いもよらぬ勝負哲学を披露されることに

スワローズらしさとは温かさと優しさ

―「IDと超二流の系譜」では、野村野球の光と影を描かれていますが、率直に野村監督にはどのような印象をお持ちですか?

長谷川 スワローズの歴史を語る上で、「野村以前」「野村以後」という分類は確かに存在していて、僕はスワローズに黄金時代をもたらしてくれたノムさんには、感謝の思いしかありません。ただ、その過程では、自分の意志を貫いたためにチームを去らねばならなかった笘篠(とましの)賢治のような選手がいたことも事実です。

反対に秦真司、橋上(はしがみ)秀樹は貪欲にアジャストして新境地を見つけていった。変化を選択する、しないはその人の生き方ですから、他者がどうこういう問題ではない。ただ、どちらの言い分も理解できるだけに、スワローズファンとしては、書いていてとても複雑な思いがありました。

■スワローズらしさとは温かさと優しさ

―最終章(「ファミリー球団の系譜」)では、取材をされたほぼオールスターキャストが登場し、それぞれが自分の考える「スワローズらしさとは何か?」に言及していきます。このあたりは、まさにこの本の主題ともいえるのではないでしょうか。

長谷川 彼らの証言を通じて見えてきたのは、スワローズは「明るく」「家族的」で「アットホーム」な球団だということです。これはとても魅力的な一面だけれども、一歩間違えるとそれが「緩さ」を生み出し、負けグセにつながってしまいます。

―実際、広岡達朗監督や野村監督が「厳しさ」を注入することで、チームに化学変化をもたらしリーグ優勝を果たしていますね。

長谷川 78年、広岡監督でのチーム初優勝は「監督への反発心でチームがまとまった」と聞きましたし、90年代の野村黄金時代は「試合の前に監督との闘いがあった」との証言も得ました。

ただ、「厳しさ」だけでもこのチームは続かない。01年には若松勉、15年には真中満の両生え抜き監督が、共に伸び伸び野球で優勝を果たしました。この「緊張と弛緩(しかん)の歴史」がスワローズ史の面白さだと思いました。

―本書の取材、執筆を通して長谷川さんの「ヤクルト愛」に変化はありましたか?

長谷川 ますますスワローズが好きになりました。時代は変わり、選手は変われども、やっぱりスワローズはスワローズなんです。同じ東京を本拠地とする巨人と比べると、地味かもしれない。

でも、、だからこその温かさ、優しさがある。戦う集団に温かさや優しさが必要なのかという議論もあるでしょうが、それがあるからこそ、僕はスワローズファンになり、今もファンであり続けているのだと思います。

―最後に、この本をどんな人に読んでほしいですか?

長谷川 もちろん、すべての野球ファンに読んでほしいです。この本にはひいきチームを持ってしまった者だけが共感できる「喜びと苦しさ」が詰まっていると思います。スワローズファンにはぜひ、感想を聞いてみたいですね。「なぜ、あの選手を取り上げていないんだ?」といった声もあるかと思いますが、本書がそれぞれの人の「ヤクルト愛」を語り合うきっかけになってくれたらうれしいです。

(取材/神田利明)

●長谷川晶一(はせがわ・しょういち)ノンフィクション作家。1970年生まれ。05年よりプロ野球12球団すべてのファンクラブに入会し続ける「12球団ファンクラブ評論家(R)」だが、知る人ぞ知る40年来のヤクルトファン。今作では「背番号1」「歴代エース」「国鉄戦士」「ファミリー球団」など9つの系譜から、スワローズ史を圧倒的な熱量、取材量で書き下ろした。『いつも、気づけば神宮に~東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社 1944円)好評発売中!