原泰久先生(右)と、ゆでたまご・原作担当の嶋田隆司先生による対談をほぼノーカットで!

「週刊ヤングジャンプ」連載作の中でも、押しも押されもせぬ看板作品として不動の地位を築いた感のある『キングダム』。

現在、連載12年目に突入してブームの勢いは増していく一方だが、その作者・原泰久(やすひさ)先生が漫画を描き始めたそもそものきっかけは、同じ“ジャンプ”ブランドの大先輩『キン肉マン』との出会いだったという。

そこで6月2日発売のJC最新刊『キン肉マン 59巻』で巻末特別付録として実現した原先生と、ゆでたまご・原作担当の嶋田隆司先生による対談企画をここに完全収録。白熱するあまり、誌面の限られた巻末付録というスペースでは載せきれないほどとなった濃厚かつ膨大なトーク内容をほぼノーカットで掲載!

* * *

―まず最初のトークテーマとして、原先生が初めて『キン肉マン』に出会われたのはいつの頃でしょうか?

原泰久先生(以下、) 自分の記憶としては小学生になった頃からだとこの前まで思っていたんです。でも先日実家に帰った時にすごいものを見つけてしまいまして…。これ、幼稚園の年長組の時のスケッチブックなんですけど。

嶋田隆司先生(以下、嶋田) うわ~ホンマや!

原 もうこの頃からめちゃくちゃキン肉マンの絵、描きまくってたんですよね(笑)。

嶋田 すごいなぁ。ペンタゴンやウォーズマンもいる!

原 別のページにはネプチューンマンなんかも描いてるから、もしかしたら白紙のページが余ってて小学生になってから描き足したのかもしれませんけど、それでもこんな小さな頃から好きだったんだなぁって…発見して我ながら改めてビックリしました。

嶋田 しかも上手いですね!

原 はい、『キン肉マン』の絵、上手かったんですよ、僕…(笑)。

悪魔将軍、ウォーズマン、ペンタゴン、スプリングマン、ベンキマンがいるー!

嶋田 へぇ~それは嬉しいなぁ!

 それで小学生になると、授業の間の休み時間が10分ほどあるじゃないですか。あの休み時間のたびに僕の席の前に列ができたんです。みんな自由帳を持ってきて「どれそれの超人を描いてくれ」って。それで上手に描いたら喜んでくれて。きっとその快感が僕の漫画家としての原点だったんじゃないかと思うんですね。

嶋田 それは僕としてはすごく嬉しいことですけど「原点」は言い過ぎでしょ!?(笑)

原 いや、本当にそうなんです。コミックスを買ったのも『キン肉マン』が最初でした。ジャンプは兄が買ってたので毎週、読んでたんです。でもコミックスはなかなか買ってもらえなくて…それでも『キン肉マン』だけは買いそろえてました。

嶋田 じゃあアニメからじゃなくて、ジャンプから入ってくれたんですね。

原 そうです。でもいつから読みだしたか記憶が定かではないんですが…きっと幼稚園の頃にはもう読んでたんですね。だからアニメを最初に見た時にもところどころ違和感があったのも覚えてます。「なんでウルフマンじゃなくてリキシマンなんだ!」とか(笑)。

嶋田 厳しいですね!(笑)

原先生が最も衝撃を受けたのはロビンマスクと…

原 それはやっぱり子供ながらに、いや、子供ゆえか違和感がありました。ウルフマンはウルフマンだと。他にもアニメ独自の展開だと、あのブロッケンマンがラーメンマンに倒されてラーメンにされてしまうというのも…!

嶋田 ハハハ、ありましたね~!

原 あれも僕は「違うー」と思いました(笑)。だってあれはキャメルクラッチで真っ二つにしてしまうというのがラーメンマンの怖さの象徴なわけじゃないですか。それをラーメンにするってどういうことだと!(笑)。

いや、もっとも今から考えれば子供向けのアニメでそんな描写はできなかったんでしょうけど…。ってすみません、ただのファンなんで僕だけ一方的にしゃべってしまって…。

嶋田 いやいや、嬉しいですよ。そこまで熱心に語っていただけるのは(笑)。でもあの場面は原作でも最初もう少しソフトだったんですよ、真っ二つまで行かなかった。でも当時の担当編集者の中野和雄さんという人が…。

原 ああ、あのアデランスの中野さん!

嶋田 はい、彼が「こんな程度じゃダメだよ。もっと残酷にやんなきゃ」って、それで真っ二つに。

当時の裏話を語る嶋田先生

原 いやいやいや、今だったら普通は逆かと(笑)。編集者に「やりすぎ」って止められることはあっても「もっとやれ」というのはあまり聞いたことが…(笑)。

嶋田 そうでしょ。でもそれが中野さんだったんですよ。子供の心にいかにシーンを残すかというところにこだわってた人だったんで。でもおかげで今日もこうして原さんに例として挙げてもらったように、今だにそうして語り草にしてもらえるというのは、中野さんはある意味、正しかったのかなぁとも思いますね。

原 はい、ずっと覚えてます。ウォーズマンなんかもめちゃくちゃ怖かったですよね。

嶋田 そうです。ウォーズマンがラーメンマンの脳をえぐるというあのシーンも、確か中野さんに言われたような…。

原 えええ!? 中野さん、怖すぎ!(笑)

嶋田 そういう人だったんですよ(笑)。

原 トラウマということだとアトランティスがロビンのマスクをはぎとって掲げるシーン。あれが僕としては一番の衝撃でした。まさかあのカッコいいロビンマスクがあんな目に遭うなんて想像すらしませんでしたから…鮮明に覚えてますね。

嶋田 ありがとうございます。じゃあ原さんが一番好きな超人はもしかして…。

原 はい、ロビンマスクでした!

嶋田 それは…本当にすみませんでした(笑)。

原 いえいえ、とんでもないです! でも子供時代は確かにロビンが一番だったんですけど…新しいシリーズを読ませていただくと、ブラックホールがカッコいいんですよね!

嶋田 今のシリーズも読んでいただいてるんですね。ありがとうございます。

原 はい、シンプルな造形なんですけど、キャラクターも込みですごくカッコいいです。プラネットマンも再登場して大好きになりました。もちろんロビンも今なおカッコいいし…いやぁ、新しいシリーズを読むとますます誰が一番かというのは決めづらくなりますね(笑)。

大人になってわかるテリーマンの渋さ

―原先生がお好きな『キン肉マン』のエピソードを特に挙げるとすれば、どのあたりになるでしょうか?

 それもたくさんあって、超人オリンピックや夢の超人タッグのようなトーナメントが盛り上がるというのは当然ですけど、僕はあの2回の超人オリンピックの間に挟まれた、アメリカ遠征編のあたりを推したいですね。

嶋田 珍しいですね。あれ、本当に人気なかったんですよ。

原 ええ、そうなんですか!? 面白かったですよ。

嶋田 いや、そう言ってくれるのは珍しいですよ。あの時代に『キン肉マン』の人気がどんどん下降して、それまでジャンプ読者の中では低年齢層にあたる10歳前後の子供から圧倒的な支持を集めてたのに、一気にその支持層が崩れてしまって…正直言って、打ち切り寸前まで行きましたから。

原 ええ、そんなにですか!? でも確かに子供にはちょっと難しい内容だったかもしれませんね。僕はとても記憶に残ってるんですけど、目的がちょっとわかりにくかったというのはあったかもしれませんね。トーナメントで優勝すればいいというような単純な目標で動いてたわけじゃないですし。

嶋田 はい、まさにおっしゃる通りなんですよ。キン肉マンが闘ってる理由がとてもわかりにくかった。それが一番の敗因でしたね。団体間のテリトリーの奪い合いという大人の事情にキン肉マンが絡んでいくというのでは…。

 ものすごく渋い理由です(笑)。

嶋田 はい、全く子供の心に響かなかった(笑)。それでものすごく反省して、以降のシリーズでは「闘う理由」というところにかなり気を遣うようになりました。

原 でもそのわかりやすさというところでは、そもそもトーナメント方式で様々なキャラクターが優勝を競うという、その後のジャンプの王道になったともいえるパターンを最初に始めたのも『キン肉マン』だったんじゃないですか?

嶋田 僕らとしてはあまり意識せずに始めたものですからわかりませんけど、もしそういうご評価をいただけたとしたら嬉しいことですね。

原 そういうわかりやすいパターンもありつつ、そのずっと後の『キン肉マンⅡ世』に入ってからですけど、今まであえて対決を避けてきたキン肉マンとテリーマンの親友同士で闘いの決着をつけようというような…おそらくは大人向けに描かれたああいう話もまたいいですよね。

嶋田 はい、あれは週プレにいってからでしたから大人向けでしたね。

原 そもそもテリーマンって、子供からの人気はどうだったんですか?

嶋田 なかったですね!

原 ああ、やっぱり(笑)。デザイン的にもほぼ人間の造形ですから…子供はもっとわかりやすくカッコいいほうに流れますよね。

嶋田 はい、やっぱりロビンマスクとかバッファローマンが定番でしたね。

原 今、大人になって見るとテリーマンがカッコいいんですよね。今は自然とテリーマンに目がいってしまいます。

嶋田 派手さはないんですけどね。

原 でも渋い、それが今はすごくいい。技も普通の人間が使えそうなものばかりで…それで思い出しましたけど子供の頃、一時期、みんなでテリーマンのブルドッキング・ヘッドロックをかけあうのが流行ったんですけど…あれ結構、危ない技ですよね?(笑)

超人強度という発明

嶋田 はい、危険ですね(笑)。

原 こういうことを先生に伺うのもなんなんですが、あれ、事件とか当時起きなかったんですか?(笑)

嶋田 ありましたよ。テリーマンじゃないですけど、パロ・スペシャルをかけられた子が顔面から倒れて前歯が折れて新聞沙汰になったり…。

原 ああ、やっぱりあったんですね。

嶋田 でもこういう言い方は不謹慎かもしれませんけど、そうして新聞沙汰になるほど取り上げられるというのは、社会現象になってるということでもありますから。それくらいまで僕らの作品の知名度が上がったということ自体は、正直なところ内心嬉しくもありましたね。もちろん絶対にケガはしてほしくないですが、作家としてはそれがどこか喜ばしくもあるというのは本音だと思うんです。

原 キンケシ世代だった僕らの実感としても、当時の人気ぶりははまさに社会現象でした。

嶋田 子供がマネしてくれるというのは、影響をちゃんと与えられてるということですから。なかには悪影響もあったでしょうけど、それだけでもないと思って僕らはやってましたから。

 そういうのも含めて子供が好きな要素が全部詰まってたんですよね。特に子供は強いのって好きじゃないですか。僕も今、小学校低学年の子供がいるんですけど、よく聞かれるんですよ。「お父さんの漫画で誰が一番強いの?」って(笑)。

嶋田 ええ!? もう『キングダム』を読んでらっしゃるんですか?

 はい、話の中身まではよくわかってないと思うんですけど、でも強い弱いは気になるようで聞かれます。しかも強いと尊敬するみたいで。

嶋田 わかります、僕もよく聞かれました。「この超人とこの超人が闘ったらどっちが勝つの?」って。

少年時代に戻ったようにお話をされる原先生

 まさにそれですね。でもそこを改めて聞かれると僕もすごく困るんですけど(笑)。あと子供は数字でわかると嬉しいみたいですね。それでいうと超人強度、あれもすごい発明だったと思います。ああして強さを数値化してみせたのも『キン肉マン』が最初だったんじゃないですか。

嶋田 あれは当時の担当編集者の発案でしたね。子供はきっと数字が好きだからって。それでキン肉マンが95万、ラーメンマンが97万、ウォーズマンは100万って少しずつ変化をつけて。子供ってそういうの覚えてくれるんですよ。

 僕も覚えました。そのわずかな差の付け方も絶妙ですよね。でもバッファローマンで急に1000万とかになったりして(笑)。

嶋田 はい、急にビックリするかなと思って(笑)。

 そういうの楽しいですよね。ダイヤモンドの硬度10とかも悪魔将軍で覚えましたし。『キン肉マン』という名前も子供には響くみたいです。今日もここに来る前にうちの子に「『キン肉マン』の先生に会ってくるんだ」って話をしたら、作品そのものはさすがに知らなかったようですけど「え、お相撲さんに会ってくるの?」って、すごく嬉しそうな顔して聞いてくるんですよ(笑)。

嶋田 ハハハ(笑)。すごい筋肉の人に会いに行くと思われたんでしょうね。

 それで、うちの嫁が額を指さして「ここに肉って書いてるんだよ」って説明したら「え、おでこに肉って書いてるの!?」ってめちゃくちゃビックリして。

嶋田 (爆笑)。

★続編⇒『キン肉マン』×『キングダム』が夢のコラボ! 作者対談で明かされた、両作品の「誕生秘話」と苦悩

原泰久HARA YASUHISA)週刊ヤングジャンプの看板作品『キングダム』の作者。会社員経験を経て2006年に30歳で漫画家デビュー。1975年6月9日生、佐賀県出身。

嶋田隆司SHIMADA TAKASHI) 中井義則先生との漫画家コンビ「ゆでたまご」の原作担当。18歳の時に『キン肉マン』で連載デビュー。1960年10月28日生、大阪府出身。

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(取材・文/山下貴弘 撮影/榊智朗)