自身は喫煙者だが、「日本は受動喫煙による健康被害を防ぐための喫煙規制にもっと真剣に取り組むべきだ」と語るマッカリー氏

他人が吸うたばこの煙を吸い込んでしまう――いわゆる「受動喫煙」による健康被害を防ぐために、喫煙に対する規制を強化、床面積30㎡以下のバーやスナック以外は原則、屋内全面禁煙とする「健康増進法改正案」が、自民党内の「規制反対派」の抵抗で結局、今国会での提出を見送られることになった。

2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向け、「屋内や公共のスペースでの全面禁煙化」という世界的な流れに合わせて規制強化に乗り出した厚労省だったが、あえなく頓挫(とんざ)…。日本ではなぜ、受動喫煙対策が進まないのか? そして、ヨーロッパなど他の先進国での喫煙規制の現状は?

「週プレ外国人記者クラブ」第79回は、年々、喫煙への規制強化が進むイギリスの出身で、ご自身は「スモーカー」でもある、英『ガーディアン』紙の東京特派員ジャスティン・マッカリー氏に話を聞いた――。

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─いきなり話の本質からは外れるんですが、喫煙を規制する法律を「喫煙規制法」じゃなく「健康増進法」と名付けるセンスって、いかにも「日本的」って気がしません?

マッカリー ハッハッハ、確かにそうですね(笑)。

─ストレートに「喫煙規制」って言うと、喫煙者から敬遠されると思ったのか…。イギリスでは受動喫煙防止の対策は、かなり進んでいるんですよね?

マッカリー はい、イギリスでは今から約10年前に屋内での喫煙が基本的に禁止されて、公共の場所ではたばこが吸えなくなりました。それより少し前、2004年にアイルランドがヨーロッパ諸国で最初に屋内での原則全面禁煙を導入して、イギリスもその「成功」を後追いする形で同様の規制を取り入れた。もちろん、当初は反対する人たちもいましたが、基本的には人々に受け入れられていると思います。

─それ以外にも、イギリスではたばこについては様々な規制があって、日本に比べるとかなり厳しいと聞いていますが…。

マッカリー そう。まず、たばこの値段がメチャクチャ高いです。20本入りのたばこ、例えばマルボロなんかが、イギリスだとひと箱10ポンドぐらいだから、今のレートだと日本円で1400円以上で、税率は77%もあります。

また、これまでもたばこのパッケージに「たばこは健康を害します」とか「たばこを吸うとガンで死ぬかもしれません」みたいな内容の大きな警告メッセージと、「がん患者の肺」など健康被害のリスクを示すグロテスクな写真を表示することが義務付けられていたのですが、今年の5月からはさらに規制が強化されて、全ブランド、全銘柄のパッケージデザインがすべて暗い緑色の地味なデザインに統一され、ブランド名、商品名も小さく同じ書体で表示することが義務付けられることになったばかりです。

受動喫煙対策について言うと、レストラン、カフェ、パブなども原則的にすべて禁煙ですが、カフェやパブなどはテラスや中庭など「屋外」に喫煙スペースを設けている場合が多いですね。あと、イギリスでは道でたばこを吸うことは禁じられていないので、全面禁煙の対象はあくまでも公共のスペースや屋内が基本で、確かに規制は厳しいけれど、たばこを吸うこと自体は不可能ではありません。

─日本ではなかなか喫煙規制、受動喫煙対策が進まないですが、その原因はどこにあると思いますか?

マッカリー 日本の喫煙規制が進まない背景には、ふたつの理由があると思います。ひとつは、日本政府が世界有数のたばこメーカー、JT(日本たばこ産業)の総株式の3分の1以上を保有しており、事実上の「国有企業」に近いこと。もうひとつは日本の「反たばこ団体」、「反たばこロビー」の歴史が浅く、彼らの政治に対する影響力や発言力は少しずつ高まっているとはいえ、イギリスなどヨーロッパと比べると、まだまだ弱いという点です。

「喫煙天国ニッポン」のイメージはポジティブなものではない

─イギリスの「反たばこ運動」には、そんなに長い歴史があるのですか?

マッカリー 僕がまだ子供だった70年代前半には、すでにASH(Action on Smoking and Health)という反たばこ団体が活発に活動していましたからね。そうした動きに反対して、喫煙者が「たばこ吸う自由を守れ」と訴えるFOREST(Freedom Organization for the Right to Enjoy Smoking Tobacco)という団体もあったけど、そうした喫煙に関する長い議論を経て、反たばこ団体の発言力が増してきたんですね。

─喫煙に対する規制の緩い日本は、海外の人たちからどう見られているのでしょう?

マッカリー 今から15年近く前のことになりますが、当時まだ子供だった僕の妹が初めて日本を訪れた時、タバコを自由に吸える場所が多いことに驚いていました。中国を除けば、屋内や公共スペースでの禁煙が多くの国で一般化した今、海外から日本を訪れる外国人にとって、「喫煙天国ニッポン」の状況は、確かにあまりポジティブなものではないかもしれませんね。

─そうした懸念の解決策が「2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて…」という、今回の規制強化案だったと思うのですが…。

マッカリー 僕もオリンピック・パラリンピック開催というのは、喫煙規制を強化するいいタイミングなのではないかと思います。東京都の小池百合子知事も規制強化には賛成の立場ですよね。ただし、麻生財務大臣が国会で肺がんについて「たばこってそんな関係あんのっ?」と公然と言ってしまうように、自民党内には喫煙規制に強く反対する人たちが数多くいて、彼らは規制強化がたばこ農家や喫煙者の反感を呼び、「選挙で不利に働く」と考えているから、規制強化に対して非常に消極的ですね。

─ちなみに、マッカリーさん自身は「スモーカー」ですが、規制強化には賛成の立場なんですか?

マッカリー そうですね。正直、僕も「たばこはやめなきゃな」と思いつつ、簡単にはやめられないし、値段がメチャクチャ高くなるのもツライですが…(笑)。屋内や公共のスペースでの全面禁煙はイギリスや他のヨーロッパの国々でも受け入れられていますし、受動喫煙を防ぐという意味でも基本的に良いことだと思います。

麻生さんがなんと言おうと、たばこによる健康への悪影響は科学的に証明されている事実ですから、喫煙の規制は「公衆衛生の問題」として真剣に取り組むべきだし、特に受動喫煙による健康被害を防ぐ対策はきちんと整備する必要があるでしょう。

ただし、喫煙者としての立場から言わせてもらえば、単に「体に悪いから」という理由で、たばこそのものを全面的に禁止するのは反対ですね。他にも体に悪いものなんてたくさんあるわけだし。

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)

●ジャスティン・マッカリーロンドン大学東洋アフリカ研究学院で修士号を取得し、1992年に来日。英紙「ガーディアン」「オブザーバー」の日本・韓国特派員を務めるほかTVやラジオでも活躍