国連事務総長の発言をねじ曲げ た外務省。その意図はどこに……?

6月15日、参院本会議で自民・公明・日本維新の会などの賛成多数で可決、成立した「共謀罪」法案(組織犯罪処罰法改正案)。

なんとしても今国会での成立を図ろうと強行突破を続けてきた安倍政権だが、その過程で実はこんな“待った”がかかっていた。国連人権理事会の特別報告者が、「公開書簡」で共謀罪法案を問題視したのだ。

しかしその後、日本政府と外務省は、安倍首相と懇談した国連の事務総長の発言内容を“超訳し、この問題をウヤムヤにしてしまった。

この一連の動きから見えてくるのは、政府と官僚、それにメディアまでもが三位一体となって、都合の悪いことにフタをしようとする姿だ。

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国連の人権理事会から任命された特別報告者、ジョセフ・カナタチ氏が、安倍首相宛ての「公開書簡」を国連ホームページ上で公開したのは、まだ衆議院で共謀罪の審議が行なわれていた5月18日のことだった。

その中でカナタチ氏は、組織犯罪やテロリズムとはまったく関連性のないように見える犯罪に対しても新法が適用される可能性や、「組織的犯罪集団」「犯罪の計画」「準備行為」の定義の曖昧さを指摘。共謀罪法案は、「プライバシーに関する権利と表現の自由への過度の制限につながる可能性がある」との懸念を表明した。

また、「立法が急がれることで、この重要な問題について、国民の間で広く議論されることを不当に制限する」と、性急な法案の成立にも警鐘を鳴らしている。

ところが、こうした指摘に対して、菅内閣官房長官は具体的な説明や反論は行なわないまま、「書簡の内容は明らかに不適切」と強く抗議。そして5月23日には、衆議院本会議での採決を強行してしまったのだ。

こうした政府の対応を、「あきれて物も言えません」と語るのは、共謀罪の問題に詳しい、刑法学の専門家、京都大学の高山佳奈子教授だ。

「カナタチ氏の書簡に示されている共謀罪法案への懸念は、どれも極めてまっとうで、冷静かつ論理的なものです。日本政府がこれらの指摘に正面から答えようとすれば、共謀罪法案の抱える問題点が浮き彫りになってしまう。

そのため政府は、返答を先延ばしすることで時間を稼ぎ、その間に法案の成立を強行するのではないかと、当初、私は懸念していました。

食い違う発言内容

ところが菅官房長官は、『無視』でも『先延ばし』でも『正面からの反論』でもなく、国連特別報告者の指摘に対して『強く抗議』するという、私の想像を超える暴挙に出たのです。

そもそも政府は、今回の共謀罪法案は国連の『国際組織犯罪防止条約』(通称、パレルモ条約)批准(ひじゅん)のためであり、『国際的な責任だ』と主張していたはず。

にもかかわらず、国連の特別報告者の指摘に対してなんの説明も反論もしないまま『抗議』だけをし、その上で法案の採決を強行するなど、論理矛盾もはなはだしい。その態度はまるで、国連で批判されたときの北朝鮮の対応のようで、まともな先進国のやることではありません」(高山氏)

■食い違う発言内容

参議院に舞台を移し、共謀罪法案の強行突破を続ける安倍政権だが、今度は外務省が強力なアシストをする。

G7サミットが開催されていたイタリア・シチリア島のタオルミーナで、5月27日、安倍首相は国連のアントニオ・グテーレス事務総長と懇談した。そしてなんと政府と外務省は、ここでの事務総長の発言を“翻訳詐欺”ともいえるような形で利用したのだ。どういうことか?

外務省は同日、ホームページ上で懇談内容を公表した。それによると、ふたりは約10分間話し、そこで安倍首相はパレルモ条約の締結に向けた日本の取り組みについて説明。それに対してグテーレス国連事務総長は、「人権理事会の特別報告者は、国連とは別の個人の資格で活動しており、その主張は、必ずしも国連の総意を反映するものではない」と語ったという。

まさに、先ほどのカナタチ氏の懸念を吹き飛ばすような、国連トップのコメントだ。これが事実なら、10分の懇談で、安倍首相は今の政府の立場を最大限に正当化できるコメントを、国連トップから引き出したことになる。

さっそく、朝日、毎日、読売といった新聞各紙やNHKなど大手メディアは、この発表をもとに記事やニュースをつくり、報じた。それがネットでさらに広く拡散したのは言うまでもない。

しかしその翌日、ニューヨークの国連報道官は、この懇談についてのリリースを英文で発表する。そこに記された事務総長の発言内容は、外務省の発表や日本のメディアが報じた内容とは大きく異なるものだったのだ。

まず、事務総長は安倍首相に対し、「特別報告者は国連人権理事会に直接報告をする、独立した専門家であると説明した」と書かれている。

外務省は、国連トップの発言をねじ曲げているのか?

つまり、外務省は特別報告者のことを「国連とは別の個人」とし、一方の国連は「独立した専門家」としているのだ。この食い違いはどこから生まれるのか?

考えられるのは、英語のindependentを、事務総長は「独立した権限を持つ」という意味で語り、日本政府と外務省はそれを「国連組織と無関係の個人」、つまりなんの権限もない存在という意味でとらえてメディアに流した、とこれはあくまで解釈の問題であり、政府も外務省も「ウソ」をついているとはいえない。

だが、外務省OBで駐レバノン大使を務めた外交評論家の天木直人氏によれば、「普段から外交や国連に携わる外務官僚が、この文脈でindependentをそのように解釈することは常識的に考えて、まずありえない」という。

しかも、外務省の発表にあった「国連の総意を反映するものではない」という趣旨のコメントは、国連リリースのどこにも見当たらない。これはどういうことなのか? まさか外務省は、国連トップの発言をねじ曲げているのか? そしてメディアは、それを鵜呑(うの)みにして報じているのか?

元産経新聞記者で「日本報道検証機構」の代表を務める、弁護士の楊井人文(やない・ひとふみ)氏は次のように話す。

「大手メディアが報道した国連事務総長のコメントは、外務省の発表に基づくもので、厳密に発言を引用したものではありません。国連サイドが発表したリリースも実際の発言を再現したものではない。いずれも間接話法で書かれていることから、発言の意図や趣旨について双方の認識、解釈が入っているとみるべきです。そのこと自体はおかしなことではない。

問題は、多くのメディアが、『外務省によると』というように情報源を明示することなく、懇談の場での発言を直接確認したかのように報道していることです。外交や政治の場では、それぞれが都合よく発言を解釈し、発表内容が食い違うことは珍しくない。実際にどのような発言があったかは、その場にいた人間でないとわかりません。メディアは一方の当事者の発表だけで報道するのではなく、できるだけ双方に確認取材することを心がけるべきで、伝聞情報のソースはきちんと明記しなければならない」

だとすれば逆に、グテーレス事務総長が安倍首相に対する「リップサービス」で外務省発表にあるようなコメントを実際にしてしまい、後から国連のリリースで「軌道修正」を図ったという可能性も考えられるが……。

外務省はすでに官邸の奴隷なのか!?

■「国連の総意」ってなんのこと!?

しかし、国連職員としての活動経験も豊富な東京外国語大学の伊勢崎賢治教授は、「そんなことはありえない」と断言する。

「グテーレス事務総長のコメントについては、慰安婦問題の日韓合意に関する部分でも、日本政府と国連発表で大きな食い違いがあったようですが、国連事務総長という立場は、国連の『事務方』のトップですから、日韓で議論になっている問題で、安易に一方の立場への賛意や歓迎を示すなんて絶対にしません。

そんなことをすれば、明日にでも事務総長の解任騒動が持ち上がるでしょう。また『国連特別報告者』という立場についても、外務省の発表のような、『国連とは別の個人的な見解』だなんて言い方をするわけがないのは、国連関係者はもちろん、外務省の連中だってよくわかっているはずです」

伊勢崎氏が続ける。

「そもそも『特別報告者の主張は国連の総意ではない』という言い方がおかしい。国連には総会や安保理など、多くの部局や理事会がある。なのに、何をもって『国連の総意』と言うのか?

あえて逆の見方をするなら、人権理事会を設けることが国連総会で決まった『総意』であり、その人権理事会が信頼できる専門家として任命し、独立した権限を与えたのが『特別報告者』です。だから、その立場はむしろ、国連の総意に基づいているといえるのではないでしょうか。

そんな特別報告者の意見を、一国の政府や外務官僚が『正当性のない、まるで取るに足らないもの』だと国民に印象づけようとする。しかも、そのために国連事務総長のコメントをねじ曲げて利用する。こんなこと、国際社会の常識からして考えられない話です

■外務省はすでに官邸の奴隷なのか!?

一方、この一件を「外務省は完全に官邸に乗っ取られ、もはや崩壊寸前にある証拠」とみるのは前出の天木氏だ。

「いやしくも外務省で外交に関わる人間が、国連や国際社会を相手にこれほどレベルの低い情報操作をやるなど、普通はプライドが許さない。外務省が官邸の意向に逆らえず『忖度(そんたく)』している、あるいは『無理やりやらされている』としか考えられません。その意味では、加計(かけ)学園問題で前次官の前川氏が告発した、文部科学省の問題と構造は同じです。

元外務事務次官で、安倍内閣の日本版NSC(国家安全保障会議)の初代局長を務める谷内(やち)正太郎氏が外務省に圧力をかけて、安倍首相の意向を実現させているのでしょう。彼と私はかつての同期であるだけに残念でなりません。

ただし、内政はウソやインチキでごまかせても、外交でのデタラメはあっという間にボロが出ます。その結果、国際的な信用を失うことになるとすれば、これ以上の国益の毀損(きそん)はありません」

官邸の都合に合わせて平然とウソをつく外務省と、そのウソをまったく検証せずに、「国連事務総長が語った」と垂れ流すメディア。日本の国際的な信用を傷つけてまで、なぜ安倍政権は共謀罪の成立を急いだのか……?

「カナタチ氏の書簡は安倍政権にとって、そうとう痛いところを突かれたということなのでしょう」(高山教授)

政府と官僚とメディアが一体となった国で、共謀罪が乱用されることほど恐ろしいものはないのだが。

■『週刊プレイボーイ』25号『共謀罪「国連トップ発言」を平気でねじ曲げる政府&官僚&メディアの手口がヒドすぎる!!』より