「カレーは日本が世界に誇る食文化。歌舞伎のような伝統芸能やアニメのようなサブカルチャーにも引けを取らないレベルです」と語る水野仁輔氏

スパイス&カレーの専門家として約20年にわたって全国各地のイベントでライブクッキングを行ない、レシピ本から食べ歩き本までカレーに関する本を40冊以上執筆。

カレーを軸とした活動で幅広く活躍する水野仁輔(みずの・じんすけ)氏。彼が新たに書き下ろした『カレーライス進化論』は、独自の進化を遂げた日本のカレーの魅力を海外の視点から広く探求した一冊だ。

* * *

―今回、日本のカレー文化を論じた本を出すことになったのは東京オリンピックの決定が契機になったとか。

水野 そうです。4年前、たまたまテレビで決定した瞬間を見てて、これはヤバいぞと思ったんですよね。

―ヤバい? 何がですか?

水野 世界中の人々が東京に集まるにもかかわらず、もし誰も日本のカレーに関心を持たなかったらどうしよう、寂しいだろうなって。すぐにでも日本のカレー文化の素晴らしさを伝えなきゃと思ったら、じっとしていられなくなっちゃって。

そこから外国人の視点で日本のカレーを眺めるようになったんですけど、するとそれまで当たり前だと思ってた日本のカレーが実は異様なことに気づいたんです。高級レストランから街の食堂までメニューにカレーがあり、各家庭には独自の味があり、学校給食にもカレーがある。各地にはご当地カレーがあって、カップラーメンからスナック菓子までカレー味で染まる。なんて盛り上がりなんだって。

―確かに冷静に考えたら、異常なほどですよね。

水野 カレーは日本が世界に誇れる食文化。恐らく歌舞伎のような伝統芸能やアニメのようなサブカルチャーにも引けを取らないレベルだと思うんです。ただ残念なことに日本人がそれに気づいてない。そこで外国人の視点を大事にしながら、本書で日本のカレーの魅力を見つめ直そうと考えたわけです。

―実際、外国からの訪日客はカレーを食べに行くんですか?

水野 ほとんど行かないです。まだ知らないんで。これがラーメンだと向こうで大ブームになってるから「食べに行きたい」となるんですけどね。あとカレーといえば外国人はインドカレーを想像するから、そんなの俺の国にもあるよってなる。だから日本独自のカレー、ジャパニーズカレーは別モノなんだって一から説明しなきゃならない。

日本のカレーこそ“プラットフォーム・フード”

―外国人は日本のカレーを食べておいしいと思うんですか?

水野 それは絶対思うはずです。ミッシェル・トロワグロっていう三つ星レストランのシェフが「日本料理で一番好きなのはカレーライスだ」と認めるほどですから。あと以前、僕はテレビの取材でカレールウから作ったカレーをインド人に食べてもらったことがあるけど、うまいってビックリしてましたよ。

―ジャパニーズカレーのどこがおいしいんですかね?

水野 人が食べておいしいと思う要素がカレーには詰まっているんです。コクとかうまみとか。それは万国共通ですね。あとはひとつの皿にライスとカレールウが、半々に盛られるスタイルも受け入れられやすいですよね。

―それ、当たり前すぎてどこがいいのかわかりません…。

水野 シンプルなのがいいんです。そこにトッピングとして卵をのせたり、唐揚げをのせたり、何かをのせることで姿形を変える。イギリスのある学者が日本のラーメンをすしやピザと同様、一定の様式を持ち、食べる人の好みで自由にカスタマイズできる“プラットフォーム・フード”だから、世界中で愛されると解説してましたが、日本のカレーこそ、まさにそうですね。

―水野さんはニューヨークと上海を訪れ、ジャパニーズカレーが現地でどう受け入れられてるか、見てきたんですよね。

水野 ニューヨークでゴーゴーカレーが7店舗、上海でCoCo壱番屋が48店舗、それぞれチェーン展開しているんで取材してきたんですが、共にすごいにぎわいでした。ピーク時はカウンターで食べる人ばかりか、テイクアウトを待つ人がズラーッと並んでる。まだまだ店舗は増えそうだと確信しました。特にカツカレーはジャパニーズカレーの代表として人気でしたね。

―それで今回の表紙の写真がカツカレーなんですね(笑)。とにかくジャパニーズカレーは外国人もおいしいと思うと。では今後、日本のカレーがより世界的に認知してもらうためには何をすればいいと思います?

水野 インパクトのあることや大きな仕掛けは大手カレーメーカーやチェーンにお願いするとして、僕らレベルでは“レシピのオープンソース化”を図ること。そして、それを見て作ってみようという人を増やすことですね。そうすればやがておいしくするためにトライ&エラーが生じ、やがてカレー界の常識を覆すような革新的なカレーが輩出されることになります。

カレーは日本人の気質をそのまま象徴している

―昔の日本ではカレー粉が生まれたことで、おいしく作るための情報が広まり、一般家庭に普及。斬新なカレーが次々と生まれたという歴史がありましたよね。

水野 まさにそれです。カレールウもそうだし、カツカレーもそう。最近だと札幌スープカレーなんて革新的ですよね。「あれはカレーなのか?」なんて議論を生みつつも、あっという間に全国に広まっていきました。

―本書では今、最も革新的なカレーとして「カレーメシ」(日清食品)を挙げていました。

水野 カレーメシは感激しました。お湯を入れるだけでカレーライスができるんですから。しかも期間限定オープンした専門店では、唐辛子、ジャスミン、コーヒーなどのフレーバーを加えた風味あふれるお湯を入れれば、味のバリエーションを出せることまで提案した。こんな革新的なアイデアは外国人には考えもつきません。日本人の創造性を強く感じますね。

―そう考えるとジャパニーズカレーの魅力とはイノベーションにあるともいえるのでは?

水野 それはその通りです。海外に滞在していつも思うのは、日本人は探究心と執着心がほかの国に比べて人一倍あるということ。日本のカレーはインドのスパイスがイギリスから伝わったことに始まるのがよく知られていますけど、イギリスからカレーが伝わった国は日本以外にもあるんです。

だけど日本のようなカレー文化はほかに生まれなかった。もちろん日本が米の食文化圏であるとか、いくつかの理由はあるにせよ、ある意味、日本人の気質をそのまま象徴しているものがカレーライスって食べ物なんだと思います。

(インタビュー・文/大野智己 撮影/渡邊眞朗)

●水野仁輔(みずの・じんすけ)1974年生まれ、静岡県浜松市出身。AIR SPICE代表。カレースター。99年男性8人組の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。全国各地のイベントでカレーのライブクッキングを実施。2008年男性4人組の日印混合インド料理集団「東京スパイス番長」を結成、毎年インドを訪れインド料理の研鑽を積む。『カレーの教科書』(NHK出版)、『スパイスカレー辞典』(PIE BOOKS)ほかカレー関連著書は40冊以上

■『カレーライス進化論』 (イースト新書Q 840円+税)日本人の国民食・カレーライスとはいったいなんなのか? インドからイギリスを経て、日本にたどり着き独自の進化を遂げたカレーライスの魅力を紹介。ニューヨークに進出し、カツカレーで人気を集めたゴーゴーカレー、アジアを中心に世界160店舗を展開し、イギリス、インドへの進出をもくろむCoCo壱番屋などの動向を始め、カレー粉やカレールウの謎、日本独自のカレーテクニックなど、150年の歴史に至るジャパニーズカレーの世界をガイドする