トランプ大統領によって、アメリカの外交がシロウト化してしまったと語るモーリー氏

『週刊プレイボーイ』本誌で「モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソン

これまでアメリカが良くも悪くも果たしてきた“役割”を、丸ごと放棄しようとしているトランプ政権。その行きつく先は、日本にとっては悪夢のような「多極化した世界」だった―!!

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■米外交を壊したシロウト大統領

アメリカが長年かけてつくり上げてきた、自国を軸としたデリケートな世界秩序を突然放り投げ、一斉に手を引いてしまったらどうなるかーー。就任以来、トランプ大統領はそんな危ない“実験”を続けていますが、どうやら結論は「一度壊れた世界は、もう元には戻らない」ということになりそうです。

例えば6月1日、トランプ大統領は国際的な地球温暖化対策の枠組みである「パリ協定」からアメリカが離脱すると表明しました。そもそもこの協定は、オバマ前大統領が主導して中国を巻き込み、発効したもの。駐中国米代理大使はこの決定に抗議し、辞任を表明しています。

また、6月5日からサウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)など7ヵ国がカタールに国交断絶を宣言した問題でも、アメリカの振る舞いは目を覆いたくなるほどひどいものでした。トランプ大統領がツイッターでサウジ側を強く支持する発言をしたそばから、米国防総省は「カタールの長年に及ぶ駐留米軍への支援と地域安全保障への尽力に感謝する」と、真逆の見解を表明したのです

この「断交事件」の背景は複雑です。事の発端は、カタールの首長が米政権への批判やイランへの接近をにおわせる発言をし、これにサウジが怒った…というものでした。ところが、米CNNなどの報道によれば、このカタール首長の発言自体が、ロシアのハッカーがカタールの国営通信社のシステムに侵入して発信させた“フェイクニュース”だったというのです

今回の断交に関して、ロシアが実際にどれほどの影響を及ぼしたのかは闇の中です。ただ、中東問題に関しては、これまでもあらゆるガセ情報が流され続けてきました。それに(少なくとも表向きは)動揺せず、泰然自若と構えることこそがアメリカのプレゼンスのキモであり、“賢者の選択”だったはずです。米国防総省のカタールに対するコメントは、こうした流れを踏まえたものでした。

ところが、トランプはこうした戦略を放り投げ、(ロシアの戦略に騙されたか、わかっていても乗っかった)サウジ側に露骨に肩入れしてしまった。ひとりの大統領によって、アメリカの外交がシロウト化してしまったのです

アメリカという国が世界各地で莫大(ばくだい)な投資を行ない、時に汚い工作や残虐行為に手を染めつつも、ある種の安定に寄与してきたのは紛れもない事実です。その歴史的経緯を踏まえると、トランプのあまりに粗暴なやり方は、世界各国のアメリカに対する信頼ーー特に、アメリカの発信する理念や道義に対する信頼を間違いなく破壊していく。今後、アメリカは「世界の基軸」の地位からは滑り落ち、その権益や影響力は極めて限定的になっていくでしょう。

そして、これまでアメリカが「世界の警察」として振る舞うことで微妙な安定を保ってきた中東地域などでは、ロシアや中国がその隙間に入り込んでくるはずです。カタール問題は、“トランプ後の世界”のカオスぶりを示唆しているような気がしてなりません。

なぜかアメリカの力を信じている日本人…

■平和主義も改憲論もサブカルな日本

こうした傾向は北朝鮮問題でも同様です。トランプ政権は、核ミサイル開発を進める北朝鮮にあれだけ脅しをかけたものの、結局は何もできませんでした。

少し視点を変えると、平和主義の日本人には信じたくない現実が見えてきます。それは、ロシアや中国は「北朝鮮が核保有してもいい」と考えているということです。北朝鮮問題は「アメリカの影響力減退=世界の多極化」を望むロシアや中国の戦略のために利用されている、といっても差し支えないでしょう。

なぜなら、北朝鮮の核保有が現実となれば、もうアメリカはおいそれと東アジアの問題に手出しできなくなるからです。中国は対北朝鮮制裁に一向に本気にならず、ロシアも貿易や軍事技術の供与を通じて北朝鮮を“下支え”していますが、その背景には「アメリカ排除」という共通の利害があるわけです(トランプの性急な言動が、図らずもそれを後押ししてしまったともいえます)。

アジアを捨てたアメリカは、大西洋側だけを向いてイギリスとの同盟をとにかく堅持する一方、フランスやドイツとは一定の距離を保つ。こうしてNATO(北大西洋条約機構)はますます弱体化し、気づいたときにはヨーロッパにロシアの軍事力が迫り、アジアからアフリカには「一帯一路」を掲げる中国マネーの権益が延びるーー。このあたりが、ロシアや中国の描く理想のユーラシア大陸のエンドゲーム(着地点)でしょう。

こうなると、世界のモラルも大きく変わります。“中華帝国圏”では中国共産党の意向が規範となり、ロシア圏では多様性を許さない反リベラリズムが規範となる。世界の各地域を“大きなローカルルール”が支配し、アメリカが第2次世界大戦後に啓蒙(けいもう)してきた自由や平等の精神は隅に追いやられてしまう。

そんな状況下でも、なぜかアメリカの力を信じているのがほかならぬ日本人です。「憲法9条を守れ」という平和主義は、はっきり言ってしまえば、アメリカの核を含む圧倒的な軍事力を背景にした“旧世界秩序”の中でしか成立しないサブカルです。中国が日本の改憲を警戒するのは、「平和のため」だと本気で思いますか? そんなわけがない。そのままのほうが都合がいいからですよ。

ただし、ゲームのルールが変わりつつあることを理解できていないのは保守も同じです。改憲議論は「誇り」や「尊厳」を取り戻すためではなく、あくまでも現状に対応するためにやるかどうか、という点が本筋のはず。アメリカの弱体化に備えて、最終防衛線を引くために改憲するのがベターかどうか。そういう軸となる議論が、日本にはまったくない。本当は北朝鮮の核開発が表面化した1990年代に、憲法改正や日本の核保有(アメリカとの共同保有含む)をタブーなしで議論するべきだったのですが……。

いったんアメリカの退潮が始まってしまえば、トランプの次の大統領がどんなにまともであろうと、その流れを止めることはできない。そしてアメリカが退(ひ)いたアジアには、巨大な中国とならず者の核保有国家・北朝鮮が残る。政治もメディアも核心を避け続け、いまだに安倍政権がアメリカに全力でベットしている日本に、その現実を受け入れる準備はあるでしょうか?

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)1963年生まれ、米ニューヨーク出身。国際ジャーナリスト、ミュージシャン、ラジオDJなど多方面で活躍。フジテレビ系報道番組『ユアタイム~あなたの時間~』(月~金曜深夜)にニュースコンシェルジュとしてレギュラー出演中!! ほかにレギュラーは『NEWSザップ!』(BSスカパー!)、『モーリー・ロバートソン チャンネル』(ニコ生)、『MorleyRobertson Show』(block.fm)など