受動喫煙対策法案は見送られたものの、巷では“三次喫煙”を防ぐ新ルールが…

受動喫煙対策を強化する健康増進法の改正が見送られた。

6月中旬の記者会見で塩崎恭久厚生労働大臣は「努力してきたが、自民党と合意に至らなかった」として、今国会(6月18日終了)での成立を断念したことを表明したが、その後、「受動喫煙の被害は科学的に証明されている。その対応も科学的に行わなくてはいけない」と強調して会見を締めた。

だが、この法案見送りが判明して以降、巷(ちまた)では喫煙者の行動を縛る“30分ルール”なるものがジワジワと広がりを見せている。東京都小金井市在住の契約社員の男性(38歳)がこう話す。

「ウチには生後7ヵ月の赤ちゃんがいます。私は1日1箱ペースでタバコを吸いますが、もちろん家の中は禁煙で、吸う時は外に出ないと妻にシバかれます。これが我が家での今までのルール。でも、6月のある日を境に“タバコを吸った後、30分間は家に入っちゃダメ!”という新ルールができました。それ以降、帰宅後に喫煙する時はタバコとタイマーを持って外に出て、ピピッと鳴ってから家に戻るという日々が続いています」

一体、“6月のある日”に何があったというのか…?

「嫁がTVである報道番組を見ていました。私もYoutubeで番組の映像を確認しましたが、ひとりの偉い学者さんが『タバコを吸い終わっても30分間は呼気から有害な物質が出続けている』とコメントし、これに司会の鎌田實さん(諏訪中央病院名誉院長)も『家庭を大切に思うなら、喫煙後30分は家族に近づいてはいけない』と乗っかっていました…。その瞬間から妻の頭の中に“新ルール”ができあがったそうです」

くしくも5月31日は世界禁煙デーで、その数日後に先述の法案見送りが決定したタイミング。TV各局は受動喫煙リスクを伝えるニュースを流し、『喫煙後30分間は呼気から…』云々のコメントが複数のチャンネルで取り上げられることとなった。

子供に危害が及ぶ恐れがあるとなれば、子育てママの決断は早い。さらに、ママ友ネットワークの情報伝達は恐ろしいスピードで拡散される。かくして“喫煙後30分は子供(非喫煙者)に近づいちゃダメ!”という新ルールが子育て世帯を中心にジワジワと伝播することに…。東京都杉並区在住の雑誌編集者(39歳)も愚痴をこぼす。

「ウチの場合はタバコを吸うのは“帰宅する30分前まで”というルールができました。帰宅後は嫁に“口臭チェック”までされます。カンベンしてほしい…」

突如、降って湧いた“30分ルール”に縛られることとなった喫煙者たちが口をそろえるのは、喫煙後30分は呼気にタバコの有害成分が残るなんて「聞いたことない!」ってことと、「一体、誰が言い出したんだ!?」という恨み節にも似た声。

そこで、この情報の発信主である産業医科大学の大和浩(やまと・ひろし)教授に話を聞いた。大和氏は官公庁や地方自治体、企業に職場の禁煙化を推進する産業衛生コンサルタントを務めるなど、受動喫煙対策では権威ある研究者として知られた人物である。

 

―ご自分の仰ったコメントが波紋を広げています。

大和「5月、6月は各メディアから月7、8件の取材を受けましたからねぇ」

―子育て世帯を中心に、喫煙後30分間は家に入れない人が増え出しているようです。

大和「それは知りませんでしたが、正しい行動ですね」

会社でも喫煙後30分は職場に戻れなくなる…?

―受動喫煙のリスクについては、例えば『肺がんの発症率が非喫煙者の1.3倍』など、これまでいろいろと言われていましたが、『喫煙後、30分間は口からタバコの成分が吐き出され続ける』なんてことは聞いたことがありません。

大和「それが学術論文で初めて発表されたのは2009年で、米国・アリゾナ州立大学の研究者によるもの。比較的新しい研究結果ですから、一般的にはあまり知られていませんでした」

―その学術論文はしっかりとしたエビデンスに基づくものだったのでしょうか?

大和「もちろん。喫煙後、口内の粘膜や衣類に付着するニコチンなどの物質が空気中の亜硝酸と反応し、最終的には『タバコ特異的ニトロソアミン』という発がん性物質に変わる過程が科学的に分析されています。これは喫煙後の残留物から非喫煙者が発がん性物質を吸入する、いわゆるサードハンドスモーク(三次喫煙)の有害性を証明するものです」

―タバコの成分が喫煙後30分間、呼気に残るという話は…?

大和「この研究結果を踏まえて、大学の研究室で喫煙後の呼気に含まれるガス状物質(ニコチンなどのタバコの成分)の濃度を測定したところ、喫煙前の通常の状態に戻るまでに最短でも30分必要であるとの結果が出ました。繰り返しになりますが、このガス状物質は空気中で化学反応を起こして発がん性物質に変わる。つまり、喫煙後30分は呼気による三次喫煙のリスクが残るということになります。

三次喫煙はタバコの煙を直接吸い込む受動喫煙(二次喫煙)に比べれば健康被害のリスクは小さいものの、ぜんそくや化学物質過敏症の患者に対しては発作を誘発し、中には『安心して働くことができない』と退職を余儀なくされた事例もあります」

会社でオフィス内を禁煙にして喫煙室を設置するのは今や常識だが、それはタバコの煙を遮断する受動喫煙対策にとどまる話。今後、「官公庁や自治体、企業の職場で“待ったナシ”で進む」と大和教授が予測するのは、それよりさらに進んだ三次喫煙対策のほうである。

―となれば、“30分ルール”が職場でも…?

大和「喫煙後30分は職場に戻れないとなると、業務に支障が出るのでそれは現実的ではありません。企業が採り得る三次喫煙対策とはつまり、社内全面禁煙化の徹底です。すでに模範となる動きは出ていて、例えば事務機大手のリコーは15年1月から喫煙所を敷地内から撤廃し、出張先や外出先も含めて勤務時間中は全面禁煙に。禁煙支援のため補助薬や治療費を補助する制度も作りました。

また、星野リゾートも社内禁煙を進め、入社希望者には面接時に喫煙の有無を確認、喫煙者は入社時にタバコを断つことをその場で誓約しなければ不採用とする方針を打ち出しています。さらに東京五輪に向けて、こうした動きが広がっていくことは間違いないでしょう」

会社でタバコを吸えず、家に帰っても30分間は締め出される…。今後、ますます喫煙者の肩身は狭くなるかもしれない。

(取材・文/週プレNEWS編集部)