昨年、『国家戦略特区の正体』を出版したが、その後に加計学園の疑惑が浮上。「そのデタラメぶりは、私が想像していた以上かもしれません」と語る郭洋春教授

“加計学園ありき”の疑惑が深まる国家戦略特区における獣医学部新設問題。

7月10日には文科省の前川喜平前事務次官が閉会中審査に参考人として出席するなど疑惑の追及が続いているが、そもそも国家戦略特区には「制度設計の重大な欠陥」があるという。

昨年2月に『国家戦略特区の正体 外資に売られる日本』(集英社新書)を著した郭洋春(カク・ヤンチュン)立教大学経済学部教授に聞いた――。

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─『国家戦略特区の正体』では、安倍政権がトップダウンで強硬に推し進める国家戦略特区構想を、ご専門である開発経済学の視点から批判されています。この構想には経済政策として根本的な間違いがあり、日本国民にはなんの経済的恩恵ももたらさず、むしろ格差を拡大するだけだというのが批判の骨子でした。

 まず、国家戦略特区のような「SEZ」(特別経済区)は本来、工業化に向かう途上国に設置されてこそ経済的効果を生むものなのです。SEZの成功例として広く知られているのは、1979年に中国が深センなど沿海部4ヵ所に設置した「経済特区」。これらを起爆剤に工業化に成功し、2010年には日本を抜いてGDPで世界第2位になりました。

しかしその後、2013年に上海市に設置した「自由貿易試験区」などのSEZは成功とは程遠い状況です。それなのに、日本という経済的に成熟の域に達しているはずの国家で、なぜ安倍政権は国家戦略特区を推し進めるのか。その目的が謎だし、成否を云々する以前に、加計学園のような問題が浮上してしまいました。

安倍首相は国家戦略特区構想の目的を「世界で一番ビジネスがしやすい環境」を作ることだと言っていますが、2017年6月時点で認定されている242の事業のうち、外資による事業はゼロです。さらに言えば、「規制緩和によって日本の経済的風土を根本的に変える」ことも掲げられていますが、そんなインパクトを感じさせる事業はひとつもありません。

『国家戦略特区の正体』には「外資に売られる日本」というサブタイトルが付いています。今回、ほとんど“汚職まがい”のような加計学園問題で国家戦略特区構想に注目が集まったことは少し意外でしたが、評価額36億7500万円相当の公有地が加計学園に無償譲渡され、今治市と愛媛県から公費で計130億円もの寄付も渡されているわけですから、「外資に売られる日本」の「外資」が「加計学園」に置き換わっただけという見方もできるでしょう。

この経済政策には、そもそもの制度設計に重大な欠陥があります。その問題点が日本経済全体に長期的な悪影響を与えるよりも先に、加計学園問題で噴出してしまったと言えるでしょう。運用面も含めたそのデタラメぶりは私が想像していた以上かもしれません。

露骨に目立たないように広島県を無理矢理くっつけた?

─加計学園問題の舞台となっている「広島県・愛媛県今治市」という地域が特区に指定されたのは2015年12月、国家戦略特区の第3弾としてでした。第1弾、第2弾で指定されていたのは東京圏、関西圏、新潟市、養父(やぶ)市(兵庫県)、福岡市、沖縄県、仙北市(秋田県)、仙台市、愛知県。

東京圏、関西圏、愛知県という、すでに富んでいる地域にSEZを設置するという矛盾はあるものの、一般人の感覚としては納得できなくもない。福岡市にはアジアとの経済交流の窓口という特徴があるし、沖縄県は国際的観光拠点、仙台市は東日本大震災からの復興拠点という位置づけです。また、新潟市と養父市は“農業特区”としての性格を帯びている。そこに突然、国家戦略特区の第3弾として「広島県・愛媛県今治市」の1地域だけが加えられたことをどう見ていましたか?

 ちょうど『国家戦略特区の正体』の執筆中に「広島県・愛媛県今治市」が国家戦略特区に指定され、正直なところ「これは一体なんなのか?」と理解に苦しみました。なぜ広島県に今治市というひとつの市をくっつけるのか。

両エリアが「しまなみ海道(西瀬戸自動車道)」で結ばれている点が内閣府の資料には記載されていますが、それならば、なぜ広島県と愛媛県ではないのか。また、普通に考えれば「広島県を特区に指定したい。しかしもう少し地域を広げて…」というのなら岡山県でしょう。

特区に指定されてから約1年半が経過した現時点で「広島県・愛媛県今治市」では8つの規制改革メニューにおいて14の事業が認定されています。その内訳は今治市が加計学園の獣医学部新設を含めて6、広島県が7、広島県&今治市が1となっています。

今治市の事業の中には「道の駅」もありますが、これは特区でわざわざ規制緩和を行なってやる意味のある事業ではありませんし、事実、国家戦略特区とは関係のないエリアでも、全国各地で道の駅事業は行なわれています。

一方の広島県の8事業は、区域会議でも成果が上がっていないと指摘されています。言い換えれば、広島県はあまりやる気がないように見えるほどです。つまり、今治市の獣医学部新設が露骨に目立たないように広島県を無理矢理くっつけたのではないか…そう考えるのは正常な思考回路だと思います

―それを聞くと、ますます“加計学園ありき”の疑いは深まりますね。

 今治市は国家戦略特区に指定された直後に分科会を立ち上げていますが、その1回目の会合ですでに事業提案として獣医学部新設が上がっています。1回目の会合で提案があったということは、普通に考えれば「特区に指定される以前から準備が進んでいた」ということになります。

今治市の分科会に出席したメンバーを見ると、八田達夫という名前が出てきます。「民間有識者」という立場での出席ですが、アジア成長研究所所長・大阪大学名誉教授である八田氏は、実は国家戦略特区構想の制度で重要な位置を占める「ワーキンググループ」の委員でもある。この点は見逃すことができません。

ワーキンググループというのは、国家戦略特区に指定された各地域から上がってくる事業提案を審査する立場にある機関です。その立場にある人物が、各地域がどの事業を提案するかを考える分科会にワーキンググループの委員という肩書きではなく「民間有識者」という立場で出席しているのです。

事業を審査する人間が自ら事業提案している「利益相反」

─それが先ほど仰った「制度設計の重大な欠陥」だと。もう少し詳しく教えてください。

 国家戦略特区には「諮問会議」という機関が設けられていて、これがこの構想の事実上のヘッド・クォーターです。この諮問会議を小泉政権が推し進めたSEZ政策である構造改革特区の「推進本部」の構成と比較すると、問題点が浮き彫りになります。

小泉政権の構造改革特区の推進本部には内閣総理大臣、内閣官房長官、構造改革特区担当大臣、規制改革担当大臣、他の全ての閣僚、内閣官房副長官、内閣総理大臣補佐官兼内閣府副大臣を入れることが規定されていました。これに対し、国家戦略特区の諮問会議では国務大臣は内閣官房長官と国家戦略特別区域担当大臣のふたりだけでも成立するように制度設計されているのです。

そして、この諮問会議の中で事業選定のイニシアチブを握るのが「ワーキンググループ」なのですが、先述の八田氏を含めた9人の委員全てが民間人で占められています。民間人に国の経済政策の事実上の具体的進行を任せ、問題が生じた時に誰が責任を取るのか?

国民からの選挙で選ばれたわけでもないワーキンググループが中心となり、しかも例えば、労働法制の改正などを伴う規制緩和メニューを検討する際にも、厚労相の参加もないような形でプロジェクトが進められる。そこで決まった案件はそのまま諮問会議で承認されるわけです。これはとても民主的な運営とは呼べない、“お友達グループ”です。

―今治市の分科会のように、本来は各地域から上がってくる事業提案を審査する立場にあるワーキンググループの委員が自ら、地域が「どの事業を提案するか?」を決定するプロセスに参加しているケースは他にもあるのですか?

 決定プロセスに参加しているどころか、ワーキンググループの委員自らが事業提案を行なっている例を数多く見つけることもできます。それが可能な制度設計になっていることは深刻な問題です。

例えば、八代尚宏委員(昭和女子大学グローバルビジネス学部特命教授)はこれまでに「立体道路(道路と建物の一体的建設)の拡大」などを委員という立場でありながら自ら提案しています。本間正義委員(西南学院大学経済学部教授)も「農地情報(地代、農地価格等)の開示、データベース化」を提案している。

また、阿曽沼元博委員(医療法人社団滉志会瀬田クリニックグループ代表)も「ASEAN諸国等への医学教育及び医療制度の輸出」などを提案。さらに不動産協会と前出・八代委員、そして翁百合氏(日本総合研究所理事)との共同という形でも「外国人医師による外国人向け医療の拡充(特区内医療機関所属外国人医師による全国往診可能化)」を提案しています。

そして、この翁氏というのは、ワーキンググループが具体的な事業提案を吟味する場であるはずの「有識者等からの集中ヒアリング」に事業提案をする“有識者等”として参加している人物です。

このように、提案する側とそれを審査する側がグチャグチャに混同されています。これはどう考えてもおかしい。「利益相反」という概念は米国でトランプ大統領が誕生した際にも取り上げられましたが、彼も大統領の立場を自分のビジネスに利用しないという利益相反の考え方を受け入れ、自分が経営してきた会社の役員を退くという対応を見せました。

忖度で片づけられるレベルの問題ではない!

─今、森友学園、加計学園に続く“疑惑の学園・第3弾”として、すでに一部のメディアでは国際医療福祉大学の医学部新設を巡る問題が報じられています。ご指摘にあった国家戦略特区の「制度設計上の重大な欠陥」は、ここにも当てはまりますか?

 国際医療福祉大学の問題については、私も注視を続けてきました。私の立場はあくまでも開発経済学を専門とする経済学者で、安倍政権打倒のような政治的意図は持っていませんが、ここでも、特に制度設計の面で見過ごすことのできない欠陥が浮き彫りになっています。

国際医療福祉大学の医学部新設認可は、2016年に東日本大震災からの復興支援として認可された東北医科薬科大学の医学部を例外とすれば、38年ぶりのことでした。そして来年4月の医学部開学に向けて入試説明会を開催するところまで事態は進行しています。

加計学園問題では八田氏の名前が浮上しましたが、彼と同じく国家戦略特区構想のワーキンググループの委員という立場にある人物は国際医療福祉大学の医学部新設を巡る問題でも登場してきます。

今治市のケースと同様に国際医療福祉大学の問題でも、まず同大学の医学部を誘致した成田市で分科会が開かれています。この場で国家戦略特区内(成田市は「東京圏」に含まれる)の事業として医学部新設を提案することが取り上げられ、最終的に成田市は約23億円相当の土地を同大学に無償提供し、校舎の建設費用・約80億円の半分も負担することにもなったのですが、この分科会に前出の阿曽沼・八代両氏が参加しているのです。

ただし、ワーキンググループの委員という肩書きではなく、それぞれ医療法人社団滉志会瀬田クリニックグループ代表、昭和女子大学グローバルビジネス学部特命教授という肩書きで。

そして、同大学の医学部新設はすでに認可されてしまったわけですが、それに向けて阿曽沼氏はこの分科会で文科省の吉田大輔高等教育局長に対して次のように発言しています。

「東北地方の医学部のミッションやビジョンや、そして今後とるべきアクションと国家戦略特区で求めている医学部のそれは本来同じものでないわけです。とすれば、東北地方での医学部開設のスケジュールを踏まえて検討する必然性がどこにあるのか、それを踏まえなければいけない客観的かつ合理的な理由がもしあればお示しいただきたい」「今後、スピード感を上げていくためにどうされていくのかに関してのお考えをお伺いしたい」

発言にある「東北地方の医学部」というのは、先述した東北医科薬科大学のケース。国家戦略特区内でやるのだから、国際医療福祉大学の医学部新設は、それよりも迅速に進めろと促しているわけです。

─加計学園問題という個別の疑惑にフォーカスされてしまっていますが、本当に問題視すべきは国家戦略特区構想の制度設計にあるわけですね。

 去る6月19日、加計学園問題で揺れた通常国会の閉会を受けた記者会見で安倍首相は国家戦略特区についても言及し、次のように発言しています。

「国家戦略特区における獣医学部新設について行政が歪められたかどうかを巡り、大きな議論となりました。(中略)国家戦略特区は、民間メンバーが入って諮問会議や専門家を交えたワーキンググループにおいて議論を交え、決定されていきます。議事はすべて公開しています。むしろ、そうした透明で公明・公正なプロセスこそが内向きの議論を排除し、既得権でがんじがらめになった岩盤規制を打ち破る、大きな力となる。これが国家戦略特区であります」

確かに、ここまで指摘してきた今治市の分科会、成田市の分科会などの「議事要旨」は首相官邸のホームページから閲覧することが可能です。その要旨だけを読んでも特に違和感はないかもしれない。しかし、その会議の出席者が事業提案を審査するワーキンググループの委員だと知ったら、どうでしょう。安倍首相は会見で「行政が歪められたかどうかを巡り、大きな議論となりました」などと呑気なことを言っていますが、“歪んだ行政”どころの話ではありません。

むしろ、一部の事業者にとっては“思い通りの行政”が実現可能となる制度、それが国家戦略特区の実態だと言っていいでしょう。森友学園問題以降、「忖度(そんたく)」という言葉が流行語のようになっていますが、これは、もはや忖度で片づけられるレベルの問題ではありません。利益を求める事業者自身が、彼らの意思で思いのままに行政を動かしているのです。

ここまでの「国の私物化」は歴史上も例がない?

─ここまで聞いてしまうと、もはや「汚職」という言葉も適当ではないように思えてきます。もっと構造的な、かつ合法的な利益誘導のシステムがあるのでは…。

 明治維新以降の日本の歴史を振り返っても、ここまでの「国の私物化」は他に例がないのではないでしょうか。その意味で、国家戦略特区構想の闇というか暴挙は「前代未聞」のことと言っていいかもしれません。近代以降の歴史には比較する対象すら見つからない。お代官が「○○学園、お主もワルよのぉ」と言って大判・小判を受け取るような、江戸時代の構図に近いのではないでしょうか。

─どうして、これほどの構造的利益誘導のシステムが民主国家であるはずの日本で合法的に作り上げられてしまったのでしょう?

 ひとつには、国家戦略特区構想が「規制緩和のための規制緩和」になってしまっている点が挙げられるでしょう。「規制緩和」や「民間活力の導入」といったキーワードは日本の有権者たちには非常にウケがいいのです。その点では、規制緩和を掲げる国家戦略特区構想はむしろ安倍政権にとって政権維持のための道具にもなってきました。

そして諮問会議、ワーキンググループのような重要な機関のメンバーが“お友達グループ”で占められている点も、改めて強調しておきたいと思います。安倍首相は「議事はすべて公開しています」と言っていますが、それは議論のプロセスなどではなく“出来レース”の結果をなぞっただけのものと言っていいでしょう。本当の「決定」は実質的に密室の中で行なわれているのです。

─制度設計上の欠陥、構造的な問題ということは今後も加計学園問題、国際医療福祉大学問題のようなケースが出てくる、その可能性は大いにあるということ?

 つい先日も「家事支援外国人受入事業」が国家戦略特区内の事業として認定されましたが、これも日本の経済に劇的な変化をもたらすものとは到底思えない。そして、この事業を実際に進めていくのは主に人材派遣会社で、そこにも政権に非常に近い人物たちが密接に関わっています。国家戦略特区を利用して何が行なわれようとしているか、注視を続ける必要があると思います。

(取材・文/田中茂朗)

●郭洋春(カク・ヤンチュン)立教大学経済学部教授。専門は開発経済学。1959年千葉県生まれ。1983年法政大学経済学部卒業。1988年立教大学経済学研究科博士課程単位取得満期退学。1994年立教大学経済学部経済学科助教授。2001年より同大教授

●『国家戦略特区の正体 外資に売られる日本』(集英社新書 720円+税)