「安倍政権は速やかにEVシフトの国策を打ち出すべき」と提言する古賀茂明氏

世界の自動車シーンがEV(電気自動車)にシフトするなか、日本の自動車メーカーが苦境に立たされつつあるという。

『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、EV振興の政策で各国に遅れをとる安倍政権に、危機感をつのらせる。

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トヨタの豊田章男社長が株主総会で涙ぐんだのは6月14日のことだった(東洋経済)。

世界の自動車産業は今、100年に一度の変革期。ガソリンエンジン車に代わり、EV(電気自動車)が次世代カーの主流になろうとしている。

ただ、トヨタは水素を利用した燃料電池車の開発に力を入れてきたこともあって、米テスラ社などEVで先行する欧米、中国のメーカーに比べると、出遅れ感は否めない。

本格的なEVの発売は2020年以降の予定。18年3月期の営業利益予想は前年度比20%減と、17年3月期に続いて2年連続の減益になることが見込まれている。

そのため、株主総会ではトヨタの20年、30年先の経営を心配する厳しい質問が相次いだという。ところが最後の最後になって、現経営陣を励ますかのような株主の言葉を聞いて、感極まった豊田社長が涙ぐんでしまったらしい。

世界最強の自動車メーカー、トヨタのトップが株主に涙ながらに経営説明をしなくてはならない――この出来事が教えているのは、急速にEVへとシフトする世界の自動車シーンにあって、日本の車づくりが苦境に立たされつつあるということだ。

日本には自動車メーカーが10社以上あるが、そのほとんどがEVのノウハウに乏しく、世界が本格的なEV戦争に突入すれば、半分近くは対応できずに経営を悪化させることになると予想されている。

自動車産業は日本の“米びつ”だ。本来なら、その競争力を維持させるべく、政府がEV振興のための政策を打ち、メーカーを支援しなくてはならないはず。

だが、安倍政権にその危機感は薄い。つい最近公表された17年度の「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)でも、メニュー化されているのは水素ステーションの設置要件緩和など、燃料電池車の普及を後押しするものばかりで、EV振興に結びつくものはほとんどない。今でもなお、新車の約8割を「エコカー」に認定して燃費の悪い車を減税している。

他国の政府はEVシフトを国策として打ち出している

一方、他国の政府はEVシフトを国策として打ち出している。例えば、今やEV大国となった中国は、国内の自動車メーカーに19年までに販売台数の10%をEVにすることを義務づけた。

また、フランスのマクロン新政権は40年までにガソリン車、ディーゼル車の販売禁止を宣言し、国を挙げてのEVシフトに動きだしている。そのほかにもドイツは上院のみだが、すでに30年までの販売禁止を議決しているし、オランダやノルウェーも25年度をめどに販売禁止すべく、法整備に乗り出そうとしている。いずれもEVシフトに後ろ向きな日本政府とは対照的な動きだ。

16年度の通商白書はシャープ、東芝などの電気メーカーがかつての勢いを失い、日本の輸出が「自動車一本足打法」になっていると警鐘を鳴らしている。

トヨタのトップが流した涙は、その一本足までもがポキリと音を立てて折れかねない、日本の危機的な現状を示している。

幸い、日本の自動車メーカーは余力を残している。特にトヨタの資金力や潜在的技術力はいずれも一流だ。社運をかけて反転攻勢に出れば、今ならギリギリ巻き返しは可能なはず。そして、安倍政権は速やかにEVシフトの国策を打ち出すべきだ。

●古賀茂明(こが・しげあき)業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。新著は『日本中枢の狂謀』(講談社)。ウェブサイト『Synapse』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中